65話 強さ
「じゃあ次の戦い楽しみにしてるで」
ソウタに毒の剣を渡したハヤトが控え室を去ろうとする。
その行動に中を覗き込んでいた俺は焦った、このままでは鉢合わせする。
急いでその場を離れて近場の身を隠せそうなところに潜り込んだ。
と、同時にハヤトが控え室から出てくる。
そのまま俺の隠れていた方向と反対に向かって進み、姿が見えなくなった。
「ふぅ……」
やり過ごすことが出来て、安堵の息が漏れる。
盗み聞きをしていたのだから後ろめたくて当然だ。とはいえ仲間だから別に見つかってもバツが悪いくらいで済む話でもある。
なのに……本能が見つかるわけには行かないと叫んでいた。聞いてしまった話の内容のせいか、それとも相手がハヤトだからか。
「…………」
そもそもこの町で偶然出合った成り行きで一緒に行動しているだけで……ハヤトは本当に仲間と言えるのだろうか。そして向こうも俺たちのことを仲間だと思っているのだろうか。
「……まあいい。今気にするべきはソウタの方だ」
俺は選手控え室前まで戻る。中を覗き込むと先ほどまで見ていたときと変わらず、ハヤトから受け取った毒の剣を見て思い詰めている。
「僕は……この剣で強さを示して……そしてチトセさんと……」
「んなわけねーだろ、おまえはバカか?」
「っ……サトルさん!?」
俺は控え室の中に入り、ソウタの頭をコツンと小突いた。
「ど、どうしてサトルさんがここに?」
「応援だよ、一応な。万が一にもおまえが伝説の傭兵に勝ってくれれば、渡世の宝玉の獲得が決まる。そんなおかしなことでもないだろ」
「そうでしたか……ありがとうございます。でもサトルさんも僕が勝つ確率は万が一だと思っているんですね」
「そんなのおまえ自身が一番分かってることだろ」
「ずばずば言いますね……」
「遠慮するような間柄じゃねえしな」
「……はい。そうです。今のままじゃ勝ち目は万が一です。だから僕はこの剣を使って――」
「逆だ、逆。その剣を使うつもりなら、万が一の確率が0にまで落ちるぞ」
「え……?」
ソウタは目を見開いた。
「おまえが知らないのか失念しているのかは分からないが、竜闘士のユウカは『状態異常耐性』ってスキルを持ってるんだ。俺の絶対的な魅了スキルの効果でさえ、中途半端にする強力なスキルがな。
ユウカとガランの力はほとんど一緒だからガランも同じスキルを持っていると考えられる。つまりそんな毒なんて状態異常が効くとは思えない」
「それは……」
「別にユウカの件が無くても分かることだけどな。伝説の傭兵にそんな小細工が通用するようなら、既に戦場で散っているだろう。驚異的な存在に対策をしなかったはずがない。そしてそれを全て踏みつぶしてきたからこそ、彼は今日まで生き残っているってことだ。まさに圧倒的な力……強さの権化だな」
昼食会での様子を見る限りその精神に一分の隙も無さそうだ。
「だからこそ僕は勝ってチトセさんに強さを証明して……!」
「対して今のおまえの精神はゴミだ」
「……っ!」
容赦なく告げる。さっきも言ったが四日前この町で会ったときに初めて話したこいつに遠慮する義理もない。
「勝ったから強いんじゃねえよ。逆に強いから勝つわけでもねえ。勝ち負けは時の運で、それによって強さが変わったりはしない。
ましてや借り物の力で勝ったことで、その人が強くなったってことになるはずねえだろ。そんなことも分かんねえのか」
「でも……強い男じゃないと、チトセさんは見向きも……」
「はん、じゃあ万が一にもおまえがガランに勝ってその強さに惚れたチトセと付き合ったとするか。それで元の世界に戻ったらどうするんだ。『騎士』の力を失い、弱くなったおまえのことをどう思うだろうな? 素手のケンカに鉄パイプを持ち出して勝つのか? 相手も鉄パイプ持ち出したら、銃でも使うのか?」
「……」
「お互いへの信頼が全く存在しない、強さだけで結びついた関係でおまえは満足なのか? ならいいぞ、そこで話は終わりだ。付き合ってられねえ」
そうだ、俺はキレているのだ。
俺の恋愛における理想『お互いが心の底から愛し合う』の真反対を行くようなソウタの態度に。
だから今だって説教して諭そうとしているのではない。怒りを発散しようと喚き散らしているだけだ。身勝手であることは分かっている。
「僕は……元の世界では病弱だったんです」
「……そうか」
ソウタには俺の怒りに付き合わせてしまった。だから今度は俺が話に付き合う番だろう。
「定期的に病院に行くのが日常で激しい運動するなんてもってのほか。だから僕のことが女子みたいだといじられることも良くあることでした」
「すまんな、同じクラスだったが全く知らねえ」
「いいですよ、僕だってサトルさんのこと知らなかったですし」
「ははっ、言うねえ」
思わず笑いがこぼれる。
「そんなある日のことでした。下校時、帰宅路にて信号待ちをしていた僕は、子供がボールを追って道路に飛び出しそこに車が突っ込もうとする……大惨事一歩手前の状況に遭遇したんです。
反射的に身体が動きました。子供を助けようと飛び出し脇に抱えて……でも僕の身体はそこから逃げるだけの体力がありませんでした。
せめてどうにか子供だけでも助けられないかと覆い被さって……そんな無意味な行動をして命を諦めた僕がこうして生きているのはチトセさんのおかげなんです。
彼女が僕の後に飛び出して、僕ら二人を抱えて間一髪迫ってくる車を避けたから僕は生きているんです」
ソウタの過去を聞いて俺は一つ質問する。
「そうして命の恩人だから好きになったってわけか?」
「それも少しはあるかもしれません。でもそれだけじゃないです。咄嗟の瞬間に僕と子供二人を抱えて逃げられるだけ鍛えている……その強さに僕は憧れたんです。病気を言い訳に弱いことを僕は受け入れていましたから」
「なるほどな」
「そのとき以来僕は自分に出来る範囲で鍛えて……そんな折にこの異世界に召喚されました。女神から授かった力のおかげか、病気の影響がないどころかとても強い体になっていて……だから驕ってしまったのかもしれませんね」
「まあ無理もないさ」
俺たちクラスメイトはいきなり異世界に召喚されてその身に余る力を授かった。調子に乗ってしまうのも分かるところだ。俺だってトラウマがなければ、魅了スキルを暴走させていたかもしれない。
だが、この力は仮初めのものだ。
そのことを分かっていないやつがソウタ以外にも一杯いるはず。今後厄介な問題になるかもしれないな。
「ありがとうございます、サトルさん。僕を諭してもらって、そして話に付き合ってもらってスッキリしました」
「そんなことない。俺はただ暴言吐いてただけだしな」
「この剣を使ったところで強くなるではない。それは分かりましたが僕は準決勝でこの剣を使おうと思います」
ソウタがハヤトからもらった紫の剣を見せる。
「強さに取り付かれてたさっきまでとは違うみたいだが……どうしてだ?」
「確かにガランさんに毒は効かないかもしれません。ですが効くかもしれないですよね」
「……まあ、俺の考えもただの推測だしな」
「だったらこれを使った方が得です。勝つことが強さではないですが、勝つことで渡世の宝玉が手に入るなら僕の事情なんて置いておくべきです」
ソウタの言い分にも一理はある。
だがそんなことを言い出したのは……結局のところ自分の強さを信じ切れてないのだ。だから補強しようとする。
必要ないのに。リオはギリギリではあるがソウタは二人の竜闘士に食らいつけるという見立てだった。観客として勝負をずっと見ていた俺も同じ意見だ。
「その剣はおまえの本来の得物じゃない。刀身も今まで使っていたのより細いし、重量も違うはずだ。そんな付け焼き刃が通用すると思うか?」
「で、でも……一発当てさえすればどうにかなるかもしれないじゃないですか」
「だとしても無駄だ。見ただけで毒だと分かるその剣、百戦錬磨の傭兵が当たってやると思うか? 一発当てさえすればといっても、その一発すら当てられないレベルの差があるだろ。そんな剣を使わず、今まで通りの慎重な防御重視の立ち回りをした方がまだ勝機がある」
「っ……それは……」
ソウタが言い淀む。
どうやら揺れているようだ。ということは毒の剣に対する未練を捨て切れていない。これでは勝負に影響が出るかもしれない。
……ちっ、こんな泥臭いことしたくなかったんだが。
「ちょっとその剣貸してみろ」
「え、その……」
俺はソウタから剣を奪い取る。
「意外と重い……。よく軽々しく取り回せるな、俺も魅了スキルだけじゃなくてちょっとくらい力が授かってれば良かったのに」
「どういうつもりですか?」
「何、簡単な話だ。この剣を使えば格上の相手にもワンチャンあるってのがおまえの言い分だろ?」
「そうですが……」
「じゃあちょっと勝負しようぜ? 俺が使えばおまえを倒せる可能性もあるはずだしな」
一般人と達人。ソウタと竜闘士くらいの力の差はあるだろう。
「そんなの無茶ですよ!」
重さのせいか剣を水平に構えると腕がプルプル振るえる俺を見てソウタが叫ぶ。
「じゃあおまえがやろうとしていたことも無茶だな」
「っ……!」
「準決勝直前だから一発で動けなくなる毒を食らったら『状態異常耐性』のスキルも持ってないようだしそのまま不戦敗か? まあでも俺に負けるようじゃ、伝説の傭兵に勝てるわけねえしな。場所は……時間も無いしここでやるぞ、それなりの広さもあるしな」
「ほ、本当にやるつもりですか!?」
驚いているソウタに俺はよろよろと持ち上げた剣を振り下ろす。
「冗談は苦手でな。そら油断してると死ぬぞ」
「っ……分かりました!」
俺の攻撃を避けてようやくその気になったらしく、選手控え室で人知れず勝負が始まった。