62話 理由
ユウカこと私は伝説の傭兵、ガランさんを見る。
私と同じ竜闘士の力を持つ者。予選を見る限り技の出力はほとんど一緒だったから力に差はないと思われる。女性と男性ということで体格は違うけど、私は小回りとすばしっこさに、ガランさんはリーチと力強さに優れるから、一長一短でその点でも差はないだろう。
戦ってみたらどうなるか脳内でシミュレーションをしてみるが決着は簡単に付いてくれなかった。実際に戦う場合も長期戦は視野に入れておかないといけない。
そこまで考えてから……ふっと肩の力を抜いて私は手を差し出した。
「私たちが当たるとしたら本戦決勝ですか、そのときはお願いします」
「そうだな。しかし私も同じ気持ちだから分かるのだが……君は自分が負けると微塵も思っていないね?」
「……ええ。勝つのは私です」
「そうか……いや、問答するつもりはない。実際戦えばはっきりするのだからな」
ガランさんも手を差し出して握手に応える。
その気持ちの熱量を見れただけでも収穫があった。根底にあるものが何なのかは気になるけど。
そして握手を終えて周囲を見渡すと。
「ふぅ……」
「はぁ……」
「よ、良かったぁ……」
「バチバチしてるねえ!」
「ほっ……」
仲間たちや町長が口々に安堵を漏らす姿が見えた。(チトセだけは違うみたいだけど)
「……ん? どうしたの、みんな」
「どうしたの、じゃねえよ。今すぐにでも戦いが始まりそうだったから怖かったんだよ」
「ええ、どうやってサトルさんを戦いの余波から守るか必死に考えてました」
サトル君にリオの訴える表情からして、冗談では無さそうだ。
「もう心配無用だって。今のはただの挨拶だよ」
「……挨拶でこれなら実際戦ったらどうなるんだよ」
「竜闘士同士が相対するとこれほど凄まじいんですね」
私が場を解そうとしたのは逆効果のようで、二人とも戦慄していた。
「なるほど、あのときの裏にはそんなことが……!」
「意図したことではない、偶然だ」
「いえ、それを引き寄せるからこそ強者なんですよ!」
「ふむ、そういうものだろうか……」
伝説の傭兵をこの場に呼び出した町長が嬉しそうに話している。ほとんどファンといったところだ。
ガランさんも言葉少なに対応していたが、話が途切れたときにふと私たちの一人、チトセに声をかけた。
「そういえば少女……チトセだったか。予選では私に堂々と挑んでくれたのに、あのような対応すまなかった」
「あの後考えて分かったけど……あなたは絶対に予選を通過しないといけなかったんだね。四十九人に囲まれているのに一対一なんてちまちましたことしていたら、最強と言われる竜闘士といえど紛れが起きる可能性がある。だから一手目からあのスキル『竜の闘気』で全方位を制圧した」
「そういうことだ」
「その理由は……ああ、戦う前に言ってたねえ。使命とやらのためかい?」
使命……それがガランさんの根底にあるものなのだろうか。だとしてもどんな使命だというのか?
「すまない。私の現状についてはあまり答えられないところがある」
チトセの質問にガランさんは謝った。そういえば町長との話もほとんど過去の武勇伝についてばかりで、戦争が終わった後どうして消息不明になったのか、消息不明の間何をしていたのか、この大会に出場した理由などを聞かれたときもはぐらかしていた。
「だが、それでは誠意が無いだろう。だから一つだけ何でも質問に答えよう。これで少女の気持ちに応えられるかは分からないが……」
「十分だよ。ありがたいね」
「そうか。では質問は先ほど気になった私の使命のことでいいか?」
「いや……アタイの質問は伝説の傭兵として戦場を渡り歩いた理由についてだ。金のため、だけではないんだろう? 教えてくれないかい?」
チトセは直前の話から質問を変えた。
伝説の傭兵が、傭兵になった理由。気にはなるけど……その質問は過去についてだ。横から話を聞いていた町長がそわそわしているのを見る限り、知っている人は知っている話なのだろう。
「いいんですか、チトセ。その質問で」
リオもそのことに気づいているようで、チトセに確かめている。
「ああ。言いたいことは分かっている。だがアタイは伝説になるほどの強者がどのような気持ちで戦場に立っていたのか……その本人の口から聞いてみたいんだ。悪いね」
「いえ……そういうことなら。そもそも権利はチトセのものですし」
リオが引き下がる。
「そうか、では私も答えねばなるまいな。傭兵として戦場に赴いた理由、その直接的なところを挙げると金のためということになるだろう。戦場において得られるのは金か戦いしかないからな。私は戦闘狂ではないから必然的に金のためとなる。
では間接的な理由について、つまりはその金の使い道となるが……今は無き故郷が困窮していたからだった。あの日一瞬で生活が崩壊した故郷を立て直すためには、誰かが村の外で稼がなければならなかった。
だから私は傭兵に志願した。私には戦いしか能が無かったからだ。しかし、それは故郷のために戦争に荷担するということ。誰かの故郷だったはずの戦場で命を踏みにじって得た金で、私の故郷を生かす欺瞞。
耐えられない日もあった。だが私は途中で降りることは許されなかった。だから少しでも血で汚れていない金を得ようと、敵であろうとなるべく被害を出さないように戦ったのはそのためだ。そのことで私は伝説と呼ばれるようになったが……そんな褒められることではない。ただ私が保身した結果だからだ」
「…………」
「すまないな、私が君の思っているような人でなくて」
「いや……思っていたとおりだ。あなたの強さの理由が分かった。ありがとうございます」
チトセが頭を下げる。
その態度には面食らったようだ。
「どうして私に礼を………………やっぱり年頃の娘の気持ちは分からん。あいつにもよく怒られたな」
つぶやく伝説の傭兵はどうやら遠い過去を振り返っているようだった。
それからしばらくして。
ガランさんと話していた町長があなたも挨拶周りしなさいと秘書の人に耳を引っ張られてその場を去った。開会宣言のときも参戦しようとして秘書に年齢を考えなさいと怒られたと話していたし頭が上がらない関係なのだろう。
その結果、町長がいたことで遠慮していた昼食会の参加者たちが押し寄せた。伝説の傭兵と話してみたいといった人たちの他に、私目当ての人も多かった。
武闘大会の本戦で激突するだろう竜闘士の二人、ということで私も注目が集まっているのは分かっている。関係者ばかりのこの場でもスターのような扱いを受けるのは変わらないようだ。
丁重に応対していたが、ひっきりなしに来る人の勢いはすごく、ついにはサトル君とリオが私が町長に呼ばれていると一芝居を打ってくれて私をその場から逃がしてくれた。
屋敷でも人の少ない廊下、サトル君が提案してくれたスポット。ここならしばらくは他の参加者に見つからないだろう。
先客の姿が見えたが、私たちの仲間の一人なので気を張らずに声をかける。
「ハヤト君、ここにいたんだ」
「おっ、ユウカやないか。すごい人気者だったのは見ているで」
ハヤト君はコップを片手に持ち、もう一方の手を挙げて応じた。
その中身は酒ではないはず。というのもこの場は昼食会ということでそもそも酒は提供されていないのだ。明日試合がある選手が酔っぱらうわけにはいかないからだろう。昼食会であるのも、夜は明日に向けて休息してほしいということだろうし。
「もうほんとすごい人数でね。サトル君とリオが逃がしてくれたんだ」
「そりゃご愁傷様やったな」
ハヤト君とは教室でもそれなりに話したことがあった。副委員長のカイ君と一緒にいることが多い流れからだ。
ルックスも良く、スポーツが出来て、話術も巧みなため教室ではモテていたが……その女癖の悪さは有名なところだった。
だというのに『ハヤト君と付き合うためにはどうすればいいかな』という相談をクラスメイトから何回かされたことがあったのはよく分からないところだった。
まあでも男の趣味としては世間一般的には私の方がおかしいのだろう。悪く言うわけじゃないけど、サトル君を好きなのだから。
「そういや昨日の武闘大会の予選も見ていたで。『竜の闘気』凄まじかったやないか。俺も予選突破できるよう応援していたんやで?」
「本当にそうなの? デート気分で見ていたって聞いてるけど」
「おっと、これは手厳しい」
おどけた雰囲気で認めるハヤト君。あからさまな嘘を指摘したのに、それ以上追求する気になれないのは彼の人柄のせいか。得する生き方をしている。
「そういや昨日の予選についてはさっきサトルとも話してな」
「サトル君と……? そういえば町長と話している間に料理を取りに行ってくれたりしてたっけ」
「たぶんそのときやな。それでユウカの話になったときに……言いにくそうにしていたんやけどな」
「わ、私の話になったときに……?」
サトル君が私についてどんな話をしていたのか。気になる私にハヤト君は告げる。
「サトルはユウカの強さに正直ビビったみたいでな、心底から恐怖したと恐れているようだったで」