60話 第十六ブロック
「ああもう完敗だよ、完敗!」
「仕方ないですよ、相手が相手でしたし」
「そう言いながらあんたはちゃっかり勝ち上がって……この、この」
「や、止めてくださいよ」
チトセがソウタにヘッドロックをかましている。
現在武闘大会予選は第九ブロックが終わりリング整備中だ。
第三ブロック、伝説の傭兵ガランの劇的な勝利からはしばらく時間が経って、観客の熱気も戻ってきている。すぐ後の第四ブロックなんかは、どうしても直前の勝負が尾を引き迫力が無いように見えて観客の盛り上がりもいまいちだった。
予選は順調に消化されている。第八ブロックでは職『騎士』のソウタが参戦。手堅く立ち回って本戦出場権を手にしていた。
そして第三ブロックで派手にぶっ飛ばされたことで回復魔法による治療を受けていたチトセとソウタが一緒に観客席にやってきて俺たちと合流し現在に至るというわけだ。
「次が第十ブロックですか……ユウカもそろそろ控え室に向かったらどうですか? 二人がやってきて席も足りませんし」
「そうだね、準備しておこうかな」
リオの提案にユウカが立ち上がる。
「ん、どうしたのかい、ユウカさんや」
その挙動にもうすっかり仲良くなったらしい婆さんが声をかける。
「もう少ししたら出番なので控え室に向かうんです」
「控え室に……まあっ! もしかしてあなた戦うの?」
「はい!」
「それはそれは……そんな若いのに無茶じゃないかしら?」
「大丈夫です。それに仲間も私の勝利を信じてくれているので」
「そう? じゃあせめて気を付けるのよ。怪我をしないようにね」
婆さんがユウカの心配をしているが無用な心配だろう。正直怪我をさせる方が心配だ。
「あ、そうだ。リオ、一応持っておいて。これから戦いにいくから、何かの拍子でなくしても困るし」
「分かりました、受け取ります」
ユウカがリオに渡世の宝玉を渡す。
「綺麗な宝石ねえ。……そういえば町長の気まぐれもそんな感じだったわねえ」
「ちょっと理由があって集めているんです」
「まあ、そうなの」
渡世の宝玉を見た婆さんとユウカの会話。
「じゃあ行ってくるね」
「おう、勝ってこいよ」
そして手を振りながら去るユウカに俺も声をかけたのだった。
「さて、ユウカがいなくなって一人分席の余裕が出来たが……」
「ソウタさんとチトセで二人分ですからね。どうしましょうか?」
中抜けする観客はほとんどおらず、この中層の席は相変わらずほとんど埋まっている。こうなると二つに分かれるしかないが。
「そういえばさっき話していたけどあの二人、お友達なの?」
婆さんが話しかけてくる。
「はい、そうなんです」
「それで席を探しているのね? だったらおばさんが席を譲りましょうか?」
「……いいんですか?」
「いいのよ、いいのよ。もうお目当てのものは見れたからねえ」
言いながら婆さんは荷物を手に立ち上がっている。
「じゃあねえ。またの機会があったらよろしくよ」
「ありがとうございます!」
有無を言わさず去っていく婆さんに、リオもお礼を言うのが精一杯だったようだ。
「何というか親切だったけど、嵐のような人だったな。目当てのものは見れたって、九ブロック辺りに知り合いでも出てたのか?」
「さあ、もう今となっては分かりませんが……ソウタさん、チトセ! 席が空いたのでこちらに来てください」
リオが少し離れて立っていた二人を呼び込む。
「ん、空いたのかい? ありがとねえ」
「わ、分かりました。今行きます」
そうして俺、リオ、チトセ、ソウタの順番で座り、続く第十ブロックを観戦するのだった。
それから二時間ほど経った。
現在は第十五ブロックの予選が終わりリングの整備中だ。
「はぁ……正直疲れてきたな」
「そうですね、気持ちは分かります」
予選一ブロックに付き、選手の入場、試合、リングの整備というサイクルになっている。第三ブロックは伝説の傭兵が一瞬で終わらせたので短かったが、その分他の試合が長引いたりして平均では一ブロックに付き二十分ほどかかっているだろうか。
それが今ようやく第十五ブロックまで終わったということで、第一ブロック開始から既に五時間は経っている。見ているだけではあるが疲れて当然だと思う。
「特に今の第十五ブロックは三十分はかかっていたからねえ」
「最後の一対一でのにらみ合いで、十分くらいは使ってましたね」
チトセとソウタはその上予選で戦ったということで、疲労度は俺たちより上だろう。
「でもこれで最終第十六ブロックだ」
「ユウカの登場ですね」
リングの整備が終わり、選手の入場が始まる。その中にはユウカの姿もあった。
「リオはユウカが勝つことを信じているんだよな?」
「ええ、ですから私はこうして武闘大会に参戦していないわけですし……でも、どうして今そんなことを?」
「いやちょっと気になってな。ユウカが控え室に向かう前婆さんに言ってたじゃないか。『仲間も私の勝利を信じてくれているので』って。そのおかげでやる気が漲っているように見えたからさ。あれ、リオのことだろ?」
「あー……それならたぶん私じゃないですよ?」
「え、そうなのか?」
じゃあ誰を指して言ったんだろうか。俺も正直なところユウカが勝つことを信じているが……そんなこっ恥ずかしいこと正面から言えるわけないし。
「それならサトルさんが酔っぱらったときに……」
「余計なこと言わない。お口にチャックだよ」
「んっ!?」
ソウタが何か言おうとして、チトセに止められている。何て言ったんだ?
「しかし、ユウカは伝説の傭兵に勝てるかねえ? 実際相対してみて分かったけど凄まじかったよ」
「僕は順調にいったら準決勝で当たりますけど……どうなるでしょうか?」
「そうだな、ユウカと伝説の傭兵は同じ『竜闘士』だが……その力はいかほどの差があるんだ?」
「それは……どうやらユウカがこの予選で証明するつもりのようですよ」
「え?」
リオがリングを指さす。
第十六ブロックの選手たちが各々の考えによりリングに陣取っていく中……ユウカはリングの中心に立っている。
「おいおい……これってまさか」
「ええ、想像の通りかと」
「さっきと違うのはその存在が知られていないから警戒されていないってところか」
「ど、どうなるんでしょうか?」
おそらく観客の中でそのことに気づいているのは俺たちだけだろう。
俺たちがずっと観戦していて疲れたというのは当然他の観客も同じで最初に比べると熱気がかなり下がっている。直前の第十五ブロックが膠着したことも関係して、観客の中には『やっと最後のブロックだ。さっさと終わってくれ』と冷めた目で見ている者もいる。
「さあさあさあ! 最終第十六ブロックの選手たちが配置に付きました!!」
「本戦出場最後のキップを勝ち取るのは誰になるのか」
「泣いても笑っても最後の予選です!!」
それを実況と解説も感じ取っているのか、どうにか盛り上げようとしているようだ。
「試合開始!!」
ゴングが鳴り、リング上で動き始める。
目を付けてた相手に突撃する選手。
初手から逃げ回る選手。
まだまだ勝負は始まったばかりと余裕綽々の選手。
「『竜の闘気』!!」
その全ての思惑を破壊する衝撃波がリング中心から全方位に放たれた。
冷めていた者もいた観客もこれにはどよめいた。
誰しも脳裏に鮮烈に残っている第三ブロックと同じ光景が広がったからだ。
焦らすように目隠しとなる土埃が巻き起こったのまで同じ。
そして晴れてきて……実況がさっきよりも動揺した声で同じ宣言をする。
「な、な、何が起きたというのか!? しかし、リング上に残っている選手は一人!! ならばこの宣言をしなければなりません!! 試合終了!! 最後の本戦進出者は……ユウカ選手だ!!」
「伝説の傭兵による予選最短決着の新記録……破られることも並ばれることも未来永劫無いと思っていましたが……早速並ばれましたね」
「情報が入りました。ユウカ選手、受付時に見せたステータスによると伝説の傭兵と同じ『竜闘士』だということです!!」
「同じ芸当をやってのけたことからして、力は同等でしょうか。町長が言っていた楽しみな選手『たち』とはこのことを指していたのでしょうね」
「竜闘士一人出ただけでも今回の武闘大会は歴史に残るとは思っていましたが何と二人です!! つまり本戦で戦うことになってもおかしくないのです!!」
「今から本戦が楽しみですね」
実況と解説の熱が伝播したかのように観客もざわつき始める。
その注目の中ユウカはきょろきょろと観客席を見回して、俺たちを見つけたのかこちらに向けて「やったよ!」と言わんばかりのピースサインを掲げるのだった。