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59話 第三ブロック


 予選第一ブロックの開始を告げるゴングが鳴ってから十五分ほど経った。




「リング上に選手は一人!! これにて試合終了、彼が本戦出場一番乗りだーっ!!」


 実況の声が響く。


「ふうぅぅぅぅ……」


 俺は長い息を吐くと同時に脱力した。試合に見入って全身に力が入っていたようだ。




「随分と熱中していたようですね」

「うんうん」

 両隣のリオとユウカに声をかけられる。


「サトルさんもやっぱり男の子なんですね」

「自分じゃ違うと思っていたんだが……まあこうして戦いに夢中になった辺り、そうなんだろうな」

「私もちゃんと試合は見ていたけどね、もしかしたら本戦で当たるかもしれないし」

「第一ブロックの予選突破者がもしユウカと当たるとしたら決勝ですか。でも伝説の傭兵はおろか、チトセさんやソウタさんにも勝てそうになかったですし、おそらく無いでしょうね」

「そんなものなのか。というかチトセとソウタの二人も強いんだな」

「この世界の達人レベルの力は持っているからね」

 試合の感想を三人で言い合う。




 そうしている内にリングの整備が終わり、予選第二ブロックの選手が入場、試合が開始された。

 予選はバトルロイヤル、五十メートル四方のリングに五十人の選手が入り乱れる混戦だ。そうなると戦い方に選手各々の性格がとても出てくる。


 例えば他の選手と戦っているところを横から狙う者。弱っている選手に追い打ちをかけていくかたや、その追い詰めている方に手を出すもの。戦わずひたすらに逃げ続ける者や、リングの角に陣取ってずっと待ち続ける者、目に付いた相手をとにかく攻撃していく者もいる。


「様々な人間性の縮図ですね」

 リオも同じようなことを考えていたようだ。


「そうだな。もし俺が予選出ていたら目立たないように戦いを避けながら逃げ回るな」

「私だったら確実に勝てそうな相手を探して突っかけて行きますね」

「嫌な戦い方だな」

「サトルさんだって同じようなものですよ。まあでもこのレベルだと全員勝てますけどね」


 今回武闘大会に参戦していないが、リオだって魔導士でかなりの実力を誇る。その言葉に誇張はないだろう。


 十分ほどして第二ブロックも一人の本戦出場者が決まった。第一ブロックが最後は一対一で息を呑む戦いになったのに対して、第二ブロックは乱戦に範囲攻撃魔法が打ち込まれ漁夫の利で制された。

 勝ち上がりの決まった選手がガッツポーズを掲げている。本戦に出場すればその時点で賞金は約束されるのが嬉しいのだろう。




 熱狂冷めやらぬまま、第三ブロックの選手が入場する。

 俺たちにとってここからが本番だ。


「ガランさんにチトセも出るんだよね」


 伝説の傭兵の登場。バーサーカーヒーラーはどこまで食い下がれるか。


「大会参加者のレベルからして、ここでチトセが勝ち上がれば私たちの優勝はほぼ確定ですね。まあダークホースがいないという仮定ですが」

「勝ってくれれば楽なんだが……」

「どちらにしろこの一戦でガランさんがどれほどの実力なのかは測れそうだね」


 俺たちが食い入るように見つめる中、入場した選手がリングに陣取っていく。




 戦い方だけでなく、この試合開始前の位置にも選手各々の性格が現れる。

 主にリングの中央寄りか、端寄りを陣取るかというところだ。

 中央は当然ながら全方位から攻撃されてもおかしくない。一方で端ならばリング縁を背にすることで、後ろからの不意打ちを食らわずに済む。


 だったら全員端を取るのではないかと思われるが、ここで敗北条件の一つリングアウトが効いてくる。リングから少しでも出たら負けというこの戦いで、リング縁に近づくことは危険とも言えるからだ。

 それでも不意打ちを防げるのはありがたいということで縁を陣取るもの、中央に位置して端の敵を押し出してしまおうとする選手など結局考えは様々で、今までの第一、第二ブロックの開始前はリング全体のほぼ均等に選手が位置していた。




 しかし、この第三ブロックは様相が違っていた。


 伝説の傭兵ガランがリングの中心に陣取り、他の選手はそれを遠巻きに取り囲んでいたからだ。




「これは……何とも極端な配置になりましたね」

 実況もこの様子には戸惑っている。


「ですがこの予選はバトルロイヤル。仮に四十九人が一人に集中して攻撃するのもありなルールです」

 解説の方は冷静だ。


「普通は相争う者同士そこまで結束できるものではありませんが……皮肉ながらこの選手の強さが自然とそうさせたということでしょうか」

「ええ。噂になっていたので観客のみなさんもご存じでしょう。先の大戦を終結に導き、その後消息不明となり、死亡したのではとも囁かれた伝説の傭兵が、何の意図があってかこの武闘大会に姿を現しました」

「彼の武勇伝は枚挙にいとまがないですからね。一年続いていた戦争が、彼の投入により一日で片付いたバタル戦線の話は子供のころ父親によく聞かされました」

「はたして伝説は本当だったのか……そしてまた続くのか……この戦いではっきりとしそうですね」


 実況と解説が盛り上げていく。




「しかしよくリングの中心に陣取るよな。一番攻撃が激しく来る場所じゃねえか」

「自信の現れでしょう。そしてこのままでは伝説の傭兵の勝ちが決定的ですね」

 リオがリングを見ながらつぶやく。


「……ん、どういうことだ?」

「四十九人で取り囲んだのはいいですが……みんな均等に距離を置いて伝説の傭兵を中心とした円になってしまっているでしょう? 全員が遠距離魔法使いならともかく、接近しないと攻撃できない近距離攻撃職の人もいるはずです」

「なのに距離を置いているのは……そうか、一番最初に近づいたやつが攻撃されるのは分かり切っているからか」

「ええ。『誰かが先に行ってくれ、俺がその後に続く。これだけの人数がいれば誰かが先に行ってくれるはず』……そう思いながら、結局誰も近づかず終わるのは目に見えています」

「集団心理ってやつか」

「まあ分からない話じゃないですけどね。改めてみると……本当すさまじい存在です」

 『魔導士』のジョブを持つリオでさえも畏怖しているようだ。


 伝説の傭兵は自然体で立っているだけだ。それなのに威圧感を覚える。戦う前からこれなのだ、戦い始めたらどうなるのか想像もつかない。

 故に誰も近づけず距離を取る。


 選手たちが円となったまま試合開始されるかと思った……そのときだった。




「……だぁもうっ、臆病な奴らばかりだねえ!!」

 リングで大きな声があがり、一人の選手が円から抜け出た。

 チトセである。


「誰も矢面に立つつもりが無いってんならアタシがやるよ! そもそも拳を交わしたいとは思っていたからねえっ!」


 伝説の傭兵、ガランの正面五メートルほどのところにチトセは立ち、指をポキポキならしたり、屈伸や伸脚をしてウォーミングアップしている。




 自身に集まる注目、敵意、恐れも何のその、ずっと自然体だったガラン。

 しかし、その行動には興味を引かれたようだ。


「……少女、名前を何と言う?」

「チトセだよ。あんたをぶっ飛ばす名前さ」

「いい覚悟だ。先の大戦でも、戦いの舞台で私の前に堂々と立とうとするものは少なかった」

「そら嬉しいこった」

「だからこそ……残念だ。この機会でなければ、その心意気に敬意を表して拳を交わしたのだが」

「……それはどういうことだい?」


 聞き返すチトセ。しかし、そのとき実況の声が響く。


「勇敢に立ち向かうことを選択した一人の少女! 果たして戦いの行く末はどうなるか! お待たせしました、まもなく試合開始です!!」


「ちっ……」

 言葉を交わす時間は終わり。構えを取るチトセ。




「さて――行くか。我が使命のために」


 そして伝説の傭兵が構えを取った瞬間、発される圧の重みが増した。




「っ……」

 離れて見ている俺も鳥肌が立つ。それは俺だけでないようで、ずっとうるさかった観客の声が一瞬途切れるほどだった。


「頑張ってください……チトセ!」

 リオも同じようだったが、声を振り絞って知り合いの少女の勝利を祈る。


 そして。


「……ユウカ、さっきからずっと黙っているけどどうしたんだ? 試合が始まるぞ?」

 この期に及んで上の空な少女の名前を俺は呼ぶ。


「あ、ごめん」

「あの圧にビビったわけじゃないよな?」

「圧……って何?」

 きょとんとしているユウカ。そうか、竜闘士で同格のユウカにとってはあの程度の圧は警戒するほどじゃないのだろう。


「だったら何を考えていたんだ?」

「私だったらこのバトルロイヤルどうやって勝つのがいいか……改めて考えていて。そうすれば同じジョブであるガランさんの行動もある程度予測できるでしょ?」

「なるほどな。戦い方か……竜闘士も色々なスキルがあるしな。まだ俺が見たこと無いスキルもあるんだろ?」

「うん。それでどれを使うか考えてたけど……リングって一辺が50メートルの正方形だったよね。その中心に立った場合、半径何メートルの円があれば全域を補えるんだったっけ?」

「いきなりなんだ。ええと……数学か」


 ユウカの出した問題を考える。

 とりあえず半径25メートルは間違いだ。それは正方形の中にすっぽり入る円であり、角の方にカバーできていない場所が出来る。

 つまり正方形の中心から、四隅までの距離を考えればいい。

 それは90°・45°・45°の直角二等辺三角形の斜辺を求めるということだから……三平方の定理で1:1:√2の比で……25メートルの約1.4倍だから……。




「大体35メートルだな」

「そっか……じゃあやっぱり十分射程圏内だね。一手で終わるよ」

「……え?」


 ユウカの言葉の意味が理解できずに。




「試合開始!!」


 そのときゴングは鳴らされて。


「ああああああっ……!!」


 瞬間、助走を付けてチトセは殴りかかり。


「おらっ……!」


 周りを囲んだ選手たちも魔法を使えるものは遠距離から、近距離職はチトセに続けと接近して。




「『竜の闘気ドラゴンオーラ』……!!」


 その中心で伝説の傭兵は胸の前でクロスさせた腕を引いた。




「竜闘士の広域制圧技……全方位に衝撃波を発生させる。40メートルくらいは射程距離があったはず」

 その技を知っていたユウカの言葉通り、伝説の傭兵を中心に衝撃波が広がっていく。




「ぐっ……!?」

 後一歩ということころまで近づいていたチトセはその衝撃波に押され、拳が届かず。


「何っ……!?」

 反応して防御魔法を発動した選手も、その防御ごと吹き飛ばされる。




 衝撃波はリング上の全てを巻き込み、土埃が盛大に巻き上がった。




 それが目隠しとなって観客には状況が分からない。

 焦らされる格好となっていたが土埃も徐々に晴れてきて……実況がその宣言を行った。




「な、な、何と、試合終了だーーっ!? 第三ブロック進出はガラン選手!! 伝説は……やはり本当だったああっ!!」

「一手で終了……大会予選最短決着で新記録ですね」




 伝説の傭兵が――リング上に唯一立つ人物の姿が誰の目にも映った。


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