58話 予選開始
迎えた武闘大会予選の朝。
俺とリオとユウカはコロシアムを訪れていた。
「すごい人の数だな……」
大盛況のようで入場口には長蛇の列が出来ている。俺たちもその最後尾に並ぶ。
「そういやあいつら三人はどうしてるんだ?」
「チトセさんなら第三ブロックで試合が早いのでもう控え室に、ソウタさんは第八ブロックですが集中するため早めに控え室に向かうそうです」
「なるほどな……あれ、じゃあハヤトはどうしたんだ? あいつは選手として出るつもりは無かったはずだろ?」
「ハヤトさんならキャバクラで仲良くなった女の子と一緒に武闘大会を観戦するとのことで、私たちとは別行動です」
「ぶれないな」
記憶が無いので聞いた話だが、一昨日は酔っぱらった俺をソウタに任せて自分だけでキャバクラに向かったらしい。そのときに仲良くなったのだろうか?
「ユウカは俺たちと一緒にいて大丈夫なのか? 選手なのに準備しなくて」
「私は最終第十六ブロックだから、今から準備したってダレるよ。ソウタ君も出る第八ブロックぐらいまでは見てから、選手の控え室に向かおうかな」
「そうか」
と話している内に俺たち三人の番となった。列は長かったが受付スタッフもかなり多いようで進むのが早かった。入場料を払って観客席に進む。
「おおっ……!?」
そして目の前の光景に圧倒された。
一昨日選手受付のために訪れたときにはコロシアム内部には入らなかったので見るのは初めてだった。
全体像としてはすり鉢状となっている。その底にかなりの広さがある砂地のリングがあり、周囲を観客席が囲んでいる形だ。
リングには開会前なので誰もいないが、観客席にはとても数えられないレベルの人がいる。その誰もがこれから始まる戦いの祭典に期待しているようで熱気がすごい。
「すごい……」
ユウカも息を呑んでいる。
「……とりあえず三人で座れる席を探しましょう」
リオも同じようだったが、立ち止まっていては邪魔だということに気づき、俺たち二人に移動するように伝えた。
観客席は一部のVIP席を除き完全に自由席のようだ。そういえば入場料も一律同じだったしな。
すり鉢状になっているため下層の席が一番リングに近い。が、既に人がびっしり詰まっており入る隙間も無かった。この人たち一体いつから並んで入場したのだろうか?
というわけで中層の席を三人でさまよっているのだが、ここもかなり埋まっている。一人や二人分のスペースなら時折見つかるが、三人分は中々見当たらない。上層の席になるとリングがかなり小さくしか見えないので、せめてこの辺りの席を取りたいのだが……。
「坊やたち、席を探しているのかい?」
「…………え? あ、坊やって俺たちのことですか?」
俺たちに向けられた言葉だと気づけず反応が遅れる。
「坊やたち以外にどこにいるのよ」
どこにでもいると思うが、という言葉を飲み込み声の主を見る。齢七十は越えていそうな婆さんだ。ヨボヨボだが妙に声に張りがあるため、この大盛況のコロシアムの中でも聞き取ることが出来ていた。
「えっと、確かに席を探していますが」
「ならここが空いているけど、どうだい?」
婆さんが隣に置いていた荷物を膝に乗せて席をポンポンと叩く。そこに三人座れそうなスペースが出来た。
「それは……」
「ありがとうございます! ほら行こっ、サトル君!」
反応が遅れる俺と違って、いち早くお礼を言うユウカ。人に親切されるのに慣れているか如実に出ている。
よく物怖じしないよな。初対面の人に席を勧められる婆さんもだが、ユウカもよく素直に応じれるものだ。この辺りはコミュ力の差だろうか。
申し出に乗り俺たちは婆さんの隣に三人で座る。婆さんの隣がユウカで、俺、リオと続く形だ。
「席に困っていたので本当に助かりました!」
「いいの、いいの。あなたたち本当孫に似ていてねえ、つい声をかけちゃったというか。あの子、昔は婆ば婆ばって懐いてたのに、最近は顔も見せてくれないし……」
「世知辛いですね」
ユウカと婆さんが早速打ち解けている。俺には異次元の領域だ。
「……ふう、どうやら付近に怪しい人物はいませんね」
「リオは……『真実の眼』で周囲の観察か?」
「ええ、もう癖になってますね。お婆さんも勝手にステータス見させてもらいましたが、普通の人のようですよ」
「『コミュ強』とかいうスキルを持ってたりしなかったか?」
「それは元の世界でも異世界でも変わらないデフォルトですよ」
「世界の真理ってことか。でもどうして年を取るだけでああなるんだ。俺も同じようになるのか?」
「どうでしょう、サトルさんは将来、頑固偏屈ジジイになりそうですが」
「うげっ、それは嫌だな」
リオのもっともらしい予想に俺は顔をしかめた。
ひっきりなしに観客は入ってきて中層の席はほぼ満員、上層の席もどんどんと埋まっていった。その流れは止まらないが、時間になったようで開会式が執り行われる。
リングの中央に立ったのは町長のようだ。その武勇伝は俺も知るところで、第一回武闘大会の優勝者だったとか。
それも昔ということで今はもうすっかりお爺さんになっているが、眼光の鋭さからは往年の強さを感じられる。
「儂が参戦しなくなって武闘大会もすっかり腑抜けたと言うしかなかったが……いやはや、今年は何とも楽しみな選手たちが参戦しておる。儂も血が疼き久しぶりに参戦しようとしたが『ご自身の年齢を考えてください!』と秘書に止められてしまった。老いたことをここまで残念に思うとはな。
まあよい、ならば観客として見させてもらおう。最高の戦いの舞台を! 武闘大会、ここに開会を宣言する!!」
うおおおおおおおおっ!! と観客からも空気が揺れんばかりの気勢が上がった。
乗せるのが上手くそして好戦的なジジイだ。冗談のように言っていたが、止められなければ本気で参加するつもりだったんじゃないだろうか。
町長が退場するのと交代で、予選第一ブロックの選手が入場してリングに上がり始める。
「さてここからは実況の俺と」
「解説の私がやっていきます」
そしてコロシアム全域にそのような声が響いた。拡声魔法を使った実況と解説のようだ。
「というわけで予選のルール解説からしていきましょう」
「ルールは簡単ですね。予選の形式はバトルロイヤル、最後まで立っていた一人が本戦に出場となります」
「選手は最初五十メートル四方のリングの好きな場所に陣取ります。そしてゴングと共に開戦となるのですが、敗北条件は二つあります」
「一つが戦闘不能となること。もう一つがリングアウトですね」
「このリングアウトですが、身体の一部でもリングを区切る五十メートル四方から出た場合アウトということになります。外に出ても足を付かなければOKとはなりません。ちょっと特殊ですが、どうしてこのようなルールになっているのでしょうか?」
「どうやら昔はリング外に一歩でも踏み出たらアウトということになっていたようですが、そのせいで空を飛べるスキルを持った選手同士の場外戦となったようですね。危うく観客席にまで被害が出そうになった結果、このようなルールになっています」
「ということです。リングアウトの判定は審判の結界魔法によって厳正に行われるので、宣告された選手は速やかに従ってください」
「と言っている内に第一予選の選手が配置に付いたようです」
「情報によると今年も去年とほぼ同じ数の選手が参加しているようです。予選一ブロックに付き五十人ということですから、総勢八百人ほどでしょうか。すさまじい数です」
「リング上それぞれ間隔を置いて選手たちは構え、開戦のゴングを今かと待っています」
実況と解説の声で観客のボルテージが上がっていくのが分かる。
そしてそれは俺も同じだった。
今から始まるのは予選第一ブロック。俺たちの仲間も最強の敵である伝説の傭兵も出ていないので正直に言うと大事な戦いではない。これが十六ブロックまであると考えると、流し見するべきだろう。全部にのめり込んでは最後まで気力が持たない。
理屈では分かっていても、気持ちは全く別だった。
俺は以前最強を決める戦いに興味なんて無い、と悟ったようなことを思った。それは間違いだった。俺はただ単に本当に最強を決める戦いというもの見たことが無かっただけだったんだ。
ごくっ、と唾を飲み込む。
視線は今か今かとリングに釘付け。
手は自然と膝の上で握り拳を作っていた。
「では行きましょう! 武の頂点を決める、その第一歩を!!」
「試合開始!!」
ゴングが鳴り、リング上の選手が一斉に動き出した。