57話 酔っ払い
べろんべろんに酔ったサトル君を連れて私たちは五人用のテーブルに移る。
商業都市ではサトルさんがユウカの介抱をしたんだから、今度は逆に私がサトルさんの介抱をするべきですよ、というリオの言葉により、私は隣に座って世話を焼くことになった。
「しかしこの酒、水のように飲めるな」
「ほら、あれだよ。上等な酒は水のようだって言うでしょ?」
「なるほどな、いやあ旨い旨い」
サトル君はよほど酔っているのか、酒と称して渡したただの水を疑いなく飲んでいる。アルコールを分解するには水分が必要だと聞いたことがある。こうして少しでも酔いを覚ましてもらわないと。
じゃないと……この状況は危険すぎる。
酔っぱらったサトル君は思考がダダ漏れだ。いつもなら絶対に言わないだろう言葉を連発して、私の顔を赤面させる。心臓が高鳴りっぱなしでこれでは私の方がいつまで持つのか分からない。
「旨い理由はそれだけですか?」
「そういえば、美人が酌をする酒は旨いって聞いたことがあるねえ。ユウカが注いだから旨いんじゃないかい、サトル?」
「もう二人ともっ!!」
さらにはこうしてリオとチトセがどうにかサトル君から歯の浮くようなセリフを引きだそうとしているからタチが悪い。
「確かにそうだな!」
「……あぅ」
言わされた言葉だって分かってるのに……もうマジヤバい。
「え、えっと……その……頑張ってください」
ソウタ君はチトセとリオのパワーに押されて止めるのを諦めて、巻き込まれないように静観を決め込んでいた。
「しかしユウカは綺麗だし、気だては良いし、リーダーシップもあるし、本当最高だよなー」
「ば、馬っ鹿じゃないの!? 馬っ鹿じゃないの!?」
この状況になってそれなりに経ったのに、サトル君の酔いはまだ深い。今も私の顔をじーっと見つめたかと思うと突然そんなことを言い出した。
「そんなユウカに好かれてサトルさんは最高ですねー」
「リオ!!」
「サトルはユウカのことが好きじゃないのかい?」
「チトセ!!」
私の様子を肴にこの二人の酒も進んでいるようでかなり酔っている。
またどんな言葉が飛んでくるのか、身構える私に。
「うーん……それが分からねーんだよなー」
サトル君は疑問を露わにした。
「どっちが分からないんですか?」
「あー、どっちもだなー」
「自分の気持ちだろう? それなのに分からないのかい?」
「自分の気持ちって一番自分が分からなかったりするだろ?」
妙に哲学的なことを言っている。
「……私から好かれていることは嫌なの?」
何でも思いを打ち明けてくれるサトル君に釣られて、つい私は聞いてしまう。
「嫌……ではねーと思うんだよなー」
「だったらどうなの?」
「あれだ……明晰夢なんだよな」
「夢だと自覚しながら見ている夢……だったっけ?」
「それそれ。どんなにおいしいもの食っても、いい思いしてもどこかのめり込めないというか……夢が覚めたら無くなることを何となく意識してるんだろうなーって。完全に夢に浸っていたらそんなことねえんだけどなー」
「……」
「俺は今夢を見てるんだよ。うん、それだ」
夢とサトル君が呼ぶものは魅了スキルだ。
魅了スキルがあるからこそ私に好かれている。でも、それはいつ解けてもおかしくないあやふやなものだ。だから本気になれない。
だったら。
「もしそれが夢じゃなかったらどうかな?」
「夢じゃなかったら……?」
「うん。今サトル君が夢だと思っていることが夢じゃなかったとしたら、サトル君はどう思う?」
「……いや、あり得ないだろ、それ」
「そんなにあり得ないことかな?」
「ああ。例えば大怪獣決戦が起きて、町で怪獣が暴れて超ヤバいしどうしようもない…………あーでもここまでのことが現実であるわけねーな、たぶん夢だ、どっかで覚めるだろ、って思ったとして」
「うん」
「それがやっぱり現実です、ってなったらパニックになるだろ?」
「なるね」
「それと同じなんだよ。今、俺が見ている夢は現実にあったらパニックになるくらいあり得ねーぞ」
「…………」
「って、あれ何の話してたんだっけ? 夢が好かれて大怪獣で明晰夢……?」
思考が混濁したのか、サトル君が意味不明なつぶやきを漏らす。
やっぱり、と思った。
私の好意が魅了スキルによるものではないと、打ち明けて全部が解決する段階ではもう無い。
サトル君に嘘をばらすのは駄目。元の状態に戻る、いやもっと酷くなるから。
でも、現状じゃ私たちの関係は進展しない。
だからサトル君が魅了スキルのことを分かっていても、私を好きになってくれるようになることを目標とした。
それが観光の町で決めた、嘘を吐いた私が罪悪感を抱えて騙し続けるということだ。
でも夢に例えられたことで問題点が浮かび上がる。
考えてみれば当たり前のことだ。
覚めない夢なんて……あるはずがないということに。
「ん、みんなどうしたんだ? テンション低いな? もっとぱーっと行こうぜ!」
サトル君は調子が戻ってきたようだ。
「テンション高いですね、サトルさん」
ソウタ君が応じる。
「ああ、当然だろ! 何せこの町の渡世の宝玉は手に入ったも同然だからな! 前はあんなに苦労したのが嘘みたいだぜ!」
「えっと……観光の町で苦労した話はもう何度も聞きましたけど……でも手に入ったのも同然って、武闘大会で優勝できるかはまだ分かりませんよね?」
「何、言ってんだよ。ユウカが優勝する、これで決まりだろ?」
「僕も最初は正直そう思ってましたけど……でも伝説の傭兵の参戦で分からなくなったじゃないですか」
「あーあー、そんなの些末な問題なんだ」
「……?」
「ユウカが負けるはずないからな。伝説だか、幻だか知らないがそんなのぶっ飛ばして渡世の宝玉を手に入れてくれるに決まってるんだよ。ああもうそんなことも分かんねーのか、おめえは?」
「ご、ごめんなさい」
「いいってことよ。これで分かったろ、ユウカは勝つって」
「は、はい」
「サトル君……」
その言葉に私は先ほどまでの疑問や不安を押しのけて、胸の底から嬉しさが込み上げてくるのが分かった。
「随分と信頼されてるんだな」
「そういえばサトルさん、ユウカのこと戦闘力としては信頼していましたからね。だからあそこまで優勝することを疑っていないのでしょう」
「前提はあるけど……それでもサトル君に信頼されているのは嬉しいかな。絶対に応えてみせるよ!」
サトル君との関係は考えていかないといけない。
でも、今優先するべきは武闘大会だ。
元々武闘大会優勝するつもりだったけど、絶対に優勝するという意気込みに変わる。
伝説の傭兵がなんだ、私はサトル君に信頼されている。
それだけで何だって出来る気分だった。
翌朝。
「あー頭がガンガンする……」
サトルこと俺は猛烈な不快感とともに宿屋のベッドで目を覚ました。
昨夜は……あー、飲み過ぎたんだったな。カイたちの情報を得て、ソウタがチトセのことを好きだって聞いた辺りまでは覚えている。
だがその後どうなったんだ……?
「……思い出せねえ」
頭に靄がかかったかのように記憶が断絶している。飲み過ぎると記憶を失うって本当だったんだな。
「おはようございます、サトルさん。二日酔いですか? 魔法使います?」
「あーそういえば二日酔いに効く魔法があるんだったか」
リーレ村の宴ではしゃいだクラスメイトたちに使っていたことを思い出す。この強烈な不快感を消せるとは便利な魔法だが……。
「いや、いい」
「あら、どうしてですか?」
「簡単に治したら反省しないだろ。今後、ここまで我を失うほど飲まないように教訓とする」
「いい心がけですね。そういうことなら分かりました」
リオは納得したようで引き下がる。
「ええー!? じゃあサトル君、今後はああならないってこと!?」
逆にユウカが何故か突っかかってくる。
「心臓には悪いけど……たまにはあの状態もいいと思ったのに……」
「……?」
何で残念そうなんだ?
「ていうか俺が酔った後、女子陣とも合流したのか? 昨夜俺がどうなったか知っているなら教えて欲しいんだが」
「……そ、それは駄目!!」
「え、いや……」
「昨夜のサトル君は……その、私の口から言えないような状態になっていたから!!」
「そこまでヤバかったのか……?」
どんな痴態を見せていたのだろうか。
「そうですね、私も口をつぐみます。その方がサトルさんの名誉のためになりますし」
「……よし、今後は絶対に飲み過ぎないぞ」
リオにまで言われて、俺は決心する。
そうして二日酔いのだるさを抱えたままの俺は、武闘大会予選の前日をほとんどベッドの上で過ごしたのだった。