56話 女子会
時を少しだけ、男子たちと女子たちで分かれたところまでさかのぼる。
「っと、飲み物は届いたね。それじゃあアタイたちの再会を祝して!」
「乾杯っ!!」
「乾杯」
チトセが掲げたグラスにリオと、ユウカこと私も合わせる。
酒場は人が多かったため、三人ずつに席が分かれた成り行きで女子会の開催となった。
「……っぷはー! いいねえ、この町も酒が旨い!」
チトセは一息に杯を空にしている。
「良い飲みっぷりですね」
それが商業都市で大人の客に混じって飲み比べまでしていたリオの火を付けたようだ。
「おっ、リオは飲める口かい?」
「ええ、負けませんよ」
「いいねえ、じゃあ同じのもう一杯ずつ!」
通りがかった店員に追加注文する。
「二人ともほどほどにね」
「ユウカは飲めないのかい?」
「全くってわけじゃないんだけど、ちょっと弱くてね」
「その分、私が付き合いますよ」
前回お酒を飲んだときは酔っぱらった私をサトル君がおんぶしてくれたのは嬉しかったが、暴走してサトル君の気持ちを考えず寝言で告白したりして結果的に苦い記憶となっている。過ちを繰り返さないため、今日は最初からソフトドリンクにしている。
その後しばらくは話が弾んだ。
チトセとは元の世界にいたときから親交のある勝手知った仲ということで、元の世界での思い出やこの異世界で体験したことなどで話が盛り上がる。
途中ハヤト君がやってきたけど、女子会ということでリオとチトセが追い返していた。
「しっかし今さらだが、あんたたち大丈夫だったのかい?」
「大丈夫って?」
「あんたたちのパーティーメンバーのサトルに魅了スキルってのかけられてるんだろ? 虜になった結果、何でも命令を聞く状態って話じゃないか。クラスメイトたちと一緒にいた間は特に何も無かったようだが、三人になって誰の目も気にすることなくなって…………その、な」
「その?」
「分かるだろ?」
「……?」
チトセは何か言いにくそうにして、私に察して欲しいようだが、意図するところが分からない。
「わざとじゃねえのか?」
「ご、ごめん……本気で分からなくて」
「だから、その……いやらしい命令でもされてるんじゃないのかってことだよ!!」
チトセは顔を真っ赤にしながら、言葉を叩きつける。
「いやらしい命令……?」
でも、どうにもそれがサトル君と繋がらなくて、私はピントのぼけた発言を漏らす。
「ぐっ、アタイの反応を見てからかってるんじゃないよな!?」
「……?」
「……だぁもうっ、だから『俺の前で服を脱げ』とか『君の裸は美しい』とか『俺の物になれ、ユウカ』とかそういう命令をサトルから受けてねえよな、ってことだよ!!」
「………………そ、そんなことないってば!!」
ようやく言わんとしていることを理解した私。今度はこっちの顔が赤くなる番だった。
「しかし『君の裸は美しい』って、それただの褒め言葉ですよね?」
「茶化すな! リオも大丈夫なんだよな!?」
「ええ。サトルさんがそのような人ならそもそも一緒にパーティー組んでいませんし」
「……なら良かった」
チトセはホッとしている。
「ごめん察しが悪くて。私たちのこと心配してくれたんだ」
「……ああ。不当なことをされてるのに、脅されていたり、命令のせいで手を出せないってんなら、アタイが変わりにサトルをぶっ飛ばすつもりだった」
「ありがと。でも、本当に大丈夫だから。サトル君はそういうこと欠片も考えてないだろうし……そもそも私は魅了スキルかかってないから命令も効かないし」
「そうか…………ん? かかっていない?」
「あっ」
失言だった。
私の魅了スキルの事情について知っているはリオだけだというのに、つい口を滑らせてしまった。
「……ほう、それはどういうことだい? ユウカは魅了スキルにかかっているから、サトルのことを好きになって……だから一緒のパーティーに誘おうといじらしい様子だったと記憶していたんだけどねえ?」
「そ、その通りだよ! うん、だからさっきのは間違い!!」
「とは思えない真に迫った言葉だったね。魅了スキルにかかっていないとしたら……かかっているというのはフリなのかい? なのにサトル相手に好意的に振る舞っているというのは……」
鋭い。このままでは全部暴かれてしまいそうだ。
「いや、その……勘弁してもらえると」
「何を勘弁すればいいんだい? アタイ、察しが悪くてさあ」
さっきのことを根に持たれている。
「助けてえ、リオえもん」
「無理ですね、失言した自分を恨んでください」
「そんな……」
リオに助けを求めるもピシャりと断られるのだった。
「なるほどねえ。魅了スキルの条件による失敗、告白する勇気が無くかかっているフリ、結果好意を示しても当然ということになって、その立場を利用してオトそうとしていると」
結局チトセには洗いざらい話すことになった。私の現状を知ってニマニマと楽しそうな笑みを浮かべている。
「これをそのままサトルに話したら面白そうだねえ?」
「それは、本っ当に、勘弁してください!」
テーブルに頭を擦り付ける勢いで下げて懇願する。
「ああもう、頭を上げなって! 冗談だよ、冗談! アタイもそこまで鬼じゃない!」
チトセはあわてて撤回する。
「しっかしどうして告白しないのかい? ガサツなアタイと違って、ユウカみたいな美少女から告白されれば、大概の男子なんてイチコロだと思うけどねえ」
「ユウカにその度胸が無いだけの話ですよ」
「ちょっと、リオ?」
「あら、違いましたか?」
「それは…………違わないけど」
反論できずすごすごと引き下がる。
「度胸か……まあそうだねえ、アタイが言えた立場じゃなかったか」
「……?」
チトセが何やら遠い目になったそのとき。
「す、すいません! ちょっと助けてもらっても良いですか!?」
私たちのテーブルを訪れる者があった。
「どうしたんだい、ソウタ?」
男子会となっている向こうのテーブルに座っていたはずのソウタ君である。
「サトルさんが大変で……ハヤトさんも僕に任せて……」
要領を得ない言葉の中には聞き逃せない物があった。
「サトル君がどうしたの!?」
「その、えっと……」
詰め寄る私に対して、何から説明していいのか迷っているようだ。
「ユウカもソウタも落ち着けって」
「あ、ごめん……」
「とりあえずサトルさんの様子を見に行きましょうか。あっちのテーブルにいるんですよね?」
「はい。お手数をかけます……」
ということで私たちはもう一方のテーブルの方に向かう。
そこには――。
「おうおう、ユウカ! 来たんだな!」
上機嫌なサトル君が居た。
酔っているのか顔が真っ赤なのに、酒を飲む手が止まっていない。
「そのハヤトさんに付き合ってすごいペースで飲んでて……止めたんですけど、聞く耳が無くて」
「……で、そのハヤトはどこ行ったんだい?」
「オススメのキャバクラを聞いたので、そっちに行ってくると。サトルさんの介抱を僕に任せて店を出ました」
「全く、アイツは……勝手だねえ」
チトセが呆れている。
「もうサトル君、飲み過ぎだよ。これは没収!」
私はサトル君の手からグラスを奪う。これ以上飲ませるのは体に悪いだろう。
「後生だ! せめてもう一杯!」
「駄目だよ」
「そんなこと言わずに……な?」
「だ、駄目だよ!」
サトル君は席から立ち私の肩に手を置いて懇願した。いきなり触られてびっくりする。
「んもう、ユウカのケチだなー」
「サトル君のためを思ってなんだから。酔ってるのに急に立ったから足下フラフラじゃない」
私の肩を支えに立っているような状況だ。案の定倒れそうになったので、あわててサトル君の腰に手を回す。
すると私が半分サトル君を抱いているような姿勢になった。
「っ……」
い、いやこれはサトル君が倒れそうだったから仕方なくで……別に意図してやったことではなく……サトル君の顔が近い、近い、近い……!?
「おっと、ありがとなー、ユウカ」
「も、もうっ! 悪いと思っているならちゃんと立ってよ!」
「………………」
急な接近に、酔いが移ったかのように私の顔も真っ赤になる。
リオたち三人が見ているのにいつまでもこうしているのは恥ずかしいので、離れるように言うのだがサトル君は従ってくれない。
「サトル君、聞いてるの!?」
「あ、すまん。ちょっと見とれてて」
「見とれる?」
「ああ。ユウカの顔ってこんなに綺麗なんだな」
サトル君は私の顔を正面から見つめて歯の浮くようなセリフを…………。
「っ~~~~!!」
「ぐへっ!」
支えを失ったサトル君が尻餅を付く。
そう、私が支えの役割を放棄したのだ。
で、でもしょうがないでしょ……サトル君が私を綺麗って……そ、そんな恥ずかしすぎるし……!!
「サトルさん酔うと思考がダダ漏れになるタイプみたいです」
飲む様子をずっと見ていたソウタの分析。
「これは……面白そうですね」
リオはいつもにないサトルの様子に喜色満面だ。
「あっちで五人用のテーブルが空いたみたいだから、みんなでそっちに移動しないかい?」
「ナイスアシストです。ほら、ユウカとサトルさんも行きますよ」
「え、この状況で!?」
「この状況だからですよ。少しはサトルさんの酔いを覚まさないと、その状況で外を歩くのも迷惑ですし」
店員に話を聞いていたチトセの提案に、一も二もなくリオは乗り、強引に話を進めた。