54話 参戦理由
「ったく……こんなことがあるんだな……」
騒動は嵐のように過ぎ去り、俺は独りごちる。
あの後伝説の傭兵、ガランは「問題がないなら受付を進めて欲しい」と騒ぎになっていることも構わず冷静で、受付処理が終わった後駆け寄ってきた人々をすり抜けてその場を去った。
何故消息不明だったのか、それがどうしてこの度武闘大会に参加することにしたのか、口々に尋ねられた疑問は全て残ったままだ。
「受付終わったよ」
「しかしこれは厄介なことになったねぇ」
「だ、大丈夫ですよ、チトセさんなら」
と、そのとき武闘大会に参加するユウカ、チトセ、ソウタが受付を終わらせたようで帰ってくる。
「ユウカも受付にステータスを開示したんだろ? 竜闘士であること驚かれなかったか?」
「ううん。その前にガランさんが現れたのがちょうど良かったみたい。淡々と処理されたよ」
「感覚が麻痺していたのか」
その点は良かった、目立たないに越したことはない。
「しっかし急転直下やな。伝説の傭兵が武闘大会に参加……楽勝ムードから一転、暗雲が立ちこめてきたやないか」
ハヤトがその内容とは真逆で気楽そうに言う。
「『真実の眼』で盗み見しましたが、スキルの数、種類はユウカとほとんど変わってませんでした」
「……あっ、だからステータス開く前にあの人が伝説の傭兵だって分かっていたのか」
「ええ。参加者の偵察として、列に並んでいる間ずっと周囲を窺っていましたよ。本当見つけたときは嘘かと思いました」
リオがステータスを開く前から、伝説の傭兵に目を付けていたのはそういう理由だったらしい。しかし判別魔法で偵察とは流石というべきなのか、狡いというべきなのか。
「ユウカはどうなんだ? 姿を見ただけで自分より強いか分かるものなのか?」
「そういう見極めは無理だけど……予選や本戦で実際に戦う姿を見れば分かると思うよ。幸いにも私の予選の数字が16でガランさんは3だったから、当たるとしたら優勝を賭けた本戦の決勝になるはずだし」
「最後の最後に当たるのか……」
大会参加者は受付の時点で1~16の数字が割り振られるらしい。
そして予選は同じ数字の人たちでバトルロイヤルをして、一人の本戦出場者を決める。
本戦のトーナメント表はその数字のまま1対2、3対4……15対16と順番通りに組まれているようだから……3と16では逆のブロックのため当たるとしたら決勝になるということだ。
「まあそれは皮算用になるかもしれないねぇ。アタイがぶっ飛ばすかもしれないからさ」
「ん、もしかして……」
「あぁ。幸運にもアタイの数字は3だ。ガランとは予選で当たるよ」
「いや、それは不運だろ……」
まあ戦いたかった様子だったし、そういうものなのだろうか。
「僕の数字は8でした。ガランさんかチトセさんと当たるとしたら準決勝、ユウカさんと当たるとしたら決勝です」
「お、中々言うやないか。予選も突破して、伝説の傭兵相手にも勝つつもりなんやな」
「い、一応の想定ですっ……!」
ソウタがハヤトにおちょくられる。
しかし実際ソウタはどれくらいの強さなのだろうか? 職の『騎士』をもらっているから力はあるはずだが、この気が弱い様子を見てるとなー……戦う姿を見ないと分からない。
もしチトセやソウタが伝説の傭兵、ガランを倒してくれるならユウカが楽に優勝出来るのだろうが…………失礼ながら、正直なところ決勝戦まで進んでくる気しかしない。
「というかどうして伝説の傭兵が武闘大会に参加するんだ? 消息が不明だったはずなんだろ?」
こんなイレギュラーが起きるとは予想外である。
「消息不明の方は分かりませんが、武闘大会に出場する理由を予想するとしたら……優勝賞金目当てですかね?」
「あ、すごい額だったよね」
「元々傭兵として戦場を渡り歩いていたのはお金を稼ぐためだと考えられます。理由は分かりませんが、あの人にはお金が必要なのでしょう。
もしくはずっと消息不明で暮らしていたということは、なるべく人と関わらず過ごしてきたはずです。今までは傭兵時代に稼いだ金で食い繋いで来ていましたが、蓄えが尽きてここらで一気に稼ぐことになったのかもしれません」
「どちらにしてもお金目的ってことだよね?」
「ええ、そういうことですが…………もしかしたら……」
「……?」
「いえ、何でもありません」
リオとユウカの会話を聞いて俺も思い付くことがあった。
なるほど、金が目的だとしたら……。
「まあまあ、そこらで真面目な話はええやろ! もうすっかり夕方や! どうや、再会を祝してパーっと飲みに行こうやないか!」
ハヤトが我慢できないとばかりに言い出す。
「ったく、あんたはほとんど真面目な話してないと思うけど。提案自体は賛成だね」
「僕も反対はありません」
チトセとソウタも乗る。
「そうですね、積もる話もありますし」
「私もいいよー」
リオとユウカも了承して。
「……はあ。俺だけ反対ってわけにも行かないよな」
流れには逆らえず、俺たちは場所を移動することになった。
「ビールサンキューな、別嬪さん!」
「もう、別嬪だなんて!」
ハヤトが女性の店員からグラスを受け取りながら調子の良いことを言っている。
「さっき違う女性店員にも同じこと言ってませんでしたか?」
「何おう、女性っていうのは全員別嬪さんなんやで! それに褒め言葉が嬉しくない女性はいない!」
ソウタの言葉に断言するハヤト。遊び慣れていそうなセリフだ。
武闘大会が近いということでどこの酒場も人が多く満席に近かった。俺たちも少し待ってようやく入れたところである。
席についても贅沢言えないところで六人掛けテーブルが取れずに三人掛けテーブル二つに分かれて座っている。お互いの姿は見えるがそれぞれのテーブルで内緒話が出来るくらいには離れている。
分かれ方は男子陣と女子陣で、つまり俺が同席しているのはソウタとハヤトの二人である。元の世界では同じクラスだったが、今日話したのがほとんど初めてという状況のため、あまり馴染めないでいる。女子陣のテーブル、ユウカとリオとチトセの方は見た感じ話が弾んでいるようだ。
「やっぱりビールには乾き物やなあ!」
「……本当に高校生だったんだよな?」
あまりに酒の席に慣れているため、ついそんな疑問が沸く。
「当然や! 元の世界じゃ飲めなかった分、弾けとるだけやで!」
「そうか……それならいいんだが」
「しかしこの組み合わせは……真理! 元の世界でもこの異世界でも変わらないなっ!」
「いや、おい? おまえ元の世界って……」
「冗談や、冗談や!」
ツッコんだら負けなのだろうか?
「ほら、サトルも飲めや飲めや」
「俺にもペースがあるんだよ」
酒には弱くないが、こいつに合わせていたら潰れるだろう。ちゃんと制御しないと。
「いや、ほんまソウタは酒が飲めんからな。付き合ってくれるやつがいて助かるで。まあほんまは女と一緒に飲む酒の方が格別なんやけどな。そうやあっちに行ってみようか」
「さっき叩き返されたばかりだろ?」
「あ、そうやったか?」
ハヤトが女子陣のテーブルに近づいたところ、三人は男子に聞かせられない内緒話をしているとのことで帰ってきたのはつい数分前のことである。
男子に聞かせられない話とは何なのだろうか?
「あはは……ありがとうございます、サトルさん」
ソウタはこの惨状を眺めながらソフトドリンクをちびちびと飲んでいる。
「感謝するくらいなら、おまえもこの酔っぱらいをどうにかしてくれ」
「俺はまだ酔ってないで!」
「酔っぱらいは全員そう言うんだよ」
絡み方がもう堂に入っている。本当に高校生だったのか?
「ほらっ、再会を祝して! 乾杯っ!」
「乾杯はさっきしただろうが!」
「そうだったで!」
何が面白いのかゲラゲラと笑い転げている。
「先生、トイレ! 先生はトイレじゃありません!」
ハヤトはよく分からないギャグを言うと席を離れる。本当にトイレに行くようだ。
「…………」
「…………」
後に残ったのは俺とソウタの二人である。一気に静かになった。居れば居たでうるさいが、いないと困るんだな。
無言の空間の気まずさに耐えかねたのか、ソウタが口を開く。
「そういえば再会っていうと、前の町でもあったんですよ」
「……ん?」
「えっと、その、前の町でも偶然クラスメイトと会うことがあったということで……」
「あ、そういうことか」
これが会話下手同士の会話である。
「そのときもハヤトさんはその人と意気投合していましたね。元々教室でも仲が良かったみたいですし」
「『も』って言われると俺が意気投合しているみたいだな」
「え、あ、ごめんなさい」
「いや、別に怒っていないぞ」
「そ、そうですか」
「ていうかそのクラスメイトって誰なんだ? 以前にも行き違いがあったのか?」
俺たちは基本的に効率を重視して、別の町で渡世の宝玉を探すことになっている。現在こうして同じ町に二パーティー揃っているのは例外の方だ。
「あ、言ってませんでしたね。申し訳ありません」
「あんた本当すぐに謝るんだな」
「癖になっていて……ごめんなさ……あっ」
筋金入りである。
「それで前の町で会ったクラスメイトって誰なんだ?」
聞いてから俺はほとんどクラスメイトの名前も覚えていないため分からないだろうことに気付く。……まあいっか、話を繋げるためだ、と思ってソウタが口を開くのを待ち。
「カイさんとエミさんです。二人にはそもそも連絡が届いてないみたいで、偶然出会えたようです」
「……っ!?」
まさかの名前が出てきたことに驚く。
学級副委員長でイケメンのカイと、その彼女でギャルのエミ。
俺の魅了スキルを狙って襲撃した張本人と騙されて同行している二人組。
あの夜、闇に紛れて逃げた後の足跡は分かっていなかったが……こいつらと会っていたのか。
魅了スキルを諦めていないやつらの情報は貴重だ。思ってもいなかった話に酔いが一時的に醒めた俺は、ソウタから詳しい話を聞くことにした。