53話 伝説の傭兵
協力することになった六人でコロシアムの正面入り口を目指す。
流れで武闘大会の説明を聞いたり、ハヤトたちと再会したり、今後の方針を決めたりしたが、元々の目的は大会の参加受付をするためにここまでやってきたのだ。
というわけで人混みをかき分けて進んでいると、入り口が近づくにつれ筋骨隆々な人や魔法使いっぽいフードを被った人など、見た目からして腕に自信のありそうな人物の割合が増えてきた。
はぐれないようにしながらユウカと話す。
「さっきまでは観客っぽい人の方が多かったが、大会参加者っぽい人が多くなってきたな」
「観光客はこっちの方に用事がないってことなんだろうね」
「あ、そうか。さっきのトークイベントみたいなのここらへん無いしな」
「だからここらにいる人ほとんどが参加者って考えるとすごい数だね。去年は予選に八百人も出たって言ってたのも頷けるような数だよ」
「まあこれだけの人数がいても、ユウカに敵う人間はいないんだろうな」
「もう、やめてってばー」
改めて説明を受けたことで思い知ったユウカの力を話題に出すと、ユウカは面映ゆそうにしている。
「そうだね、ユウカに敵う人間は誰も……いや、一人だけ思い当たる人がいるか」
話が聞こえていたのかチトセが割り込んできて気になることを言う。
「え、そんなやつがいるのか?」
「あんたたちも聞いたことがあるんじゃないかい? 伝説の傭兵って存在を」
「あー……そういえばユウカと同じ『竜闘士』だという」
ユウカの職が『竜闘士』であることが分かったときに「あの伝説の傭兵と一緒の……」と言われたことがあった。確かリーレ村のイールさんとオンカラ商会のオンカラ会長だったか。
ということで名前だけは知っているが、話の流れからそれ以上聞けず、どのような人物なのかは分からずじまいだ。
「アタイたちが最初に訪れた町がちょうど伝説の傭兵の故郷だった場所の近くで、色々と武勇伝が流れていたもんさ」
そんなことを考えているとチトセが語り出す。
「そもそもの話だが、今でこそ平和なこの大陸も二十年ほど前は争いが絶えなかったそうだね」
「へえ、そうなのか」
「どこもかしこも戦場だったその最中を後に伝説の傭兵と呼ばれる少年は渡り歩いた。そのころから竜闘士の職は持っていたみたいで圧倒的な強さだったみたいだね」
「まあだろうな」
ユウカと同じ強さと考えると、普通の人間が百人がかりで死闘になるドラゴンを優に圧倒する力を持っているはずだ。戦場でもその強さは絶大に発揮するだろう。
「あまりの強さからその存在が大陸中で噂されるようになり、戦争中の指導者はこぞって彼を雇おうとしたみたいだね」
「そりゃそうだ、一人で戦況を傾けるほどの力があるならな」
「争い合っていた両陣営がどちらも雇おうとして、際限無く金額が釣り上がっていったってのも有名な話。
戦乱の世の末期は、どこが伝説の傭兵を雇えるかというマネーゲームめいた様相も示すようになった。最後は王国が法外な金額で長期に渡り伝説の傭兵を雇い戦乱をどんどん収めていって平和になった。今ではこの大陸一番の勢力だね」
王国……というと俺たちがテイムしたドラゴンの売り先でもあったか。竜騎士部隊とかいうのもいるらしいし、かなりの軍事力を誇っているのだろう。
「しかし妙にちぐはぐですね」
いつの間にか一緒に話を聞いていたリオが口を挟む。
「何がだ?」
「その話によると伝説の傭兵という人は、金のために戦場を転々としていたんでしょう? 圧倒的な力を振るうその姿は普通恐れられるはずです。だったら戦場の悪魔だとか言われそうなものなのに、伝説の傭兵と妙に好意的な呼称が付いているのが気になって」
「確かに伝説という響きに恐れや畏怖は感じられないな」
「あんたはよくそんなところに気付くねぇ」
チトセが目敏いリオを褒める。
「それなら簡単な話さ。伝説の傭兵は極力人を殺さなかったからだね」
「人を……」
「圧倒的な力を持つが故に、相手を殺さないように手加減して制圧することも可能だったそうさ。それに民間人に被害が及ばないようにも努めていた。そして一直線に敵の司令部を抑えて降伏するように迫る」
「そんな理想論みたいなことを……実行できるだけの力があったってわけか」
「戦争なんてしたがるのは基本的にお偉いさんさ。一般の兵士からすれば気が進まないことがほとんどだ。
だからこそ一度戦場に現れれば、敵味方両方の損害は最小に、最短で戦争が終わる――その傭兵が伝説と呼ばれるのも無理ないことだね」
「なるほどな……」
「その強さにはアタイも憧れるところがあってねぇ。一度会ってみたいものさ」
右手の握り拳を左の手のひらにぶつけるチトセ。そのジェスチャーからして会うだけじゃなくて、拳も交えたいんだろうな。強さに憧れる辺りも含めて本当脳筋である。
「僕だって……強くなってみせる……!」
「おお、そうやで。頑張れよ、ソウタ!」
ソウタとハヤトがそんな会話をしているのが聞こえてきた。ん、もしかして……。
そのときようやくコロシアムの入り口に辿り着いた。人が多くて思うように進めず時間を食ったな。
しかし受付の前も長蛇の列が出来ている。俺たちもその最後尾に並ぶ。
「その伝説の傭兵って人は現在は何をしているの? 平和になって傭兵の需要も無くなったはずだよね?」
ユウカが質問する。
「そうだね、争いが終わったのが十年ほど前。その後も戦争を終わらせた立役者とも言える伝説の傭兵は、英雄のような扱いを受けていた。だがある日ぱったりとその消息が分からなくなったみたいだね」
「平和になった世の中には必要ないと暗殺を……いえ、ですが圧倒的な力を相手に可能ですかね? 暗殺出来るなら戦争中に殺されていてもおかしくないですし」
「暗殺って、もうリオったら怖いじゃない」
平然と話しだしたリオをユウカがたしなめている。……正直俺も同じようなことを考えていた。
「真相は闇の中さ。ここ数年はその姿も見られていないらしい」
「そこも含めて伝説なのでしょうね」
リオの言うとおり、現状が分かる伝説というのも格好が付かない。いや、その場合は生ける伝説とか呼ばれるか?
「それなら一安心ではあるな」
「どういうこと、サトル君?」
「だって現状一対一でユウカに対抗できるだろう唯一の人物が伝説の傭兵なんだろ。もしこの武闘大会に参加されたりでもしたら、ユウカの優勝も危うくなるじゃないか」
「同じ竜闘士と言っても経験とか練度とかで差が出るはずで……戦争を生き残った傭兵さんの力は疑いようもないけど、私だって熟練した技術として扱える副次効果があるから……まあ五分五分かもね」
「五分五分なのか」
「実際に見て見ないと詳しくは分からないけど」
「俺たちはどうしても渡世の宝玉を手に入れないといけない。五分五分でさえ避けたいところだ」
消息不明で大会に出てくることがないならありがたいことだ。
受付の列が進んでいく。あともう少しで俺たちの番になりそうだ。
「……。……。……」
と、リオが前を見ながら、顎に手を当てて何やら考え込んでいる。
「ところでチトセさん。先ほどから伝説の傭兵と呼んでますけど、その人の名前が何なのか知っていますか?」
するとそんな質問をした。
「それならガランって名前だったね」
「……二十年ほど前に少年の歳で戦場に出たって言ってましたよね? 生きているとしたら現在は30過ぎのおじさんになっているはずでしょうか?」
「ああ、そのはずだけど……」
どうしてそんなことを聞かれるのかチトセも気になったようだ。
「リオ、何が気になっているんだ?」
「勘違いなら良かったのですが……あの方を見てください」
リオが指さした方には、現在受付の順番が回ってきた渋さが光るナイスミドルなおじさんがいる。登録する際の確認としてステータス画面を開いて係の人に見せているようだが。
「ステータス開示ありがとうございます。記入させてもらいますね。名前はガランさんで職は竜闘士で………………えっ!? まさかあなたは……っ!?」
淡々と処理していた係の女性が驚愕する。
その声に釣られて周囲の人々もその存在に気づき――この町でもその存在は有名なようだ――口々と声が上がる。
「な、何であんたがここに……!?」
「消息不明だったんじゃないのか!?」
「まさか武闘大会に参加するっていうのか……!?」
そして誰かがその称号を呼ぶ。
「伝説の傭兵……!!」