50話 アフターケア
少し遅くなりました。
3章最終話です。
翌日。
俺たちは先日の御用聞きと同じく、オンカラ商会の商会員と共にシャトーさんの住む別荘を訪れていた。
「ご足労ありがとうございます。用件というのが二件ありまして」
「ええ、お聞きします」
「ではまず前回の注文に関してなのですが、キャンセルしたい件を……」
執事に出迎えられて、商会員の人が話を聞いている。
前回の注文のキャンセル……察するにシャトーさんがキースのために頼んでいたものだろう。結婚詐欺が暴かれたため、この別荘で一緒に住む予定が無くなったと。
「……はい。……はい」
商会員は執事の言葉を聞いてメモを取っている。かなりの注文がキャンセルとなり、大打撃のはずがどこか落ち着いているように見える。
「私があらかじめ結婚詐欺の可能性についてオンカラ商会には連絡しておいたんです」
リオが説明する。
「なるほど……想定済みだったってわけか」
「はい。そうでなくても、シャトーさんはワガママ放題で、このような予定変更は日常茶飯事らしいですね。それを差し引いても大量に買ってくれるので上客らしいですが」
文句は多いがお得意さまというわけか……応対するの大変そうだな。
そうしている内に注文キャンセルの件が終わったようだ。
「二つ目の案件ですが……オンカラ商会の方でこちらの指輪を引き取ってもらうことは可能でしょうか?」
言いながら執事が出したものはシャトーさんの婚約指輪。
すなわち渡世の宝玉の設えられたものである。
「……っ」
目的の物が目の前に出てきて俺は息を飲む。
「それは可能ですが……どうなさったんですか?」
商会員が執事に説明を求める。
「オンカラ商会ともなれば巷間の噂はご存じでしょう。そうでなくとも今回の注文キャンセルから分かると思いますが……お嬢様の婚約が破談となりまして。昨日帰ってきた際に、お嬢様がその指輪を私に投げ付け『それ、もう見たくないの! 処分しといて!』と申されまして。気持ちは分かりますが、しかし指輪自体に罪はありませぬ。捨てるのは制作者がかわいそうだということで、お嬢様の意にはそぐいますが引き取りをお願いしたく……」
「そういうことでしたら預からせてもらいます……じゃあ、君」
商会員は俺たちに指輪を受け取るよう指示する。俺たちはこの人の見習いという設定だ。
というわけで恐縮した様子の執事から、ユウカが指輪を受け取って。
(これで渡世の宝玉三個目ゲット……だな)
場の雰囲気から声には出さないが、ユウカとリオも同じように一段落付いたということでホッとしたのが見て取れた。
ようやくこの町の渡世の宝玉を手に入れることが出来た。
つまりこの町での用は済んだということだが、しかし傷ついたシャトーさんを見過ごすのもいかんしがたい。
「シャトーお嬢様は今日どうされていますか?」
ということで商会員の人が用具の確認のため席を外したタイミングで、リオが口を開いた。
「……お嬢様は昨日別荘に帰ってきて、一通り当たり散らした後自分の部屋からずっと出ておりません」
執事が答える。
昨日……というと、俺たちも立ち会うことが出来たキースとの面会の後ということだろう。あの暴言を食らって八つ当たりした後、部屋に引きこもっていると。
「食事はどうされているんですか?」
「部屋の前に置いたものが気付くと無くなっているので、食べていると思います」
「そうですか、食事を出来るくらい元気なら大丈夫ですね」
「ええ。時間はかかるでしょうが、また元気な姿を見せてくれると信じています」
執事がお嬢様を思いやっていることが伝わる。この前来たときに婚約を心の底から喜んでいたし、おそらく仕事だけではない関係なのだろう。
いい人だな、と頷いていると。
「なるほど。とても大事に扱われていて…………では、どうしてシャトーお嬢様はずっと別荘暮らしをしているのでしょうか?」
リオが奇妙な質問を投げていた。
どういう意味か考える俺に対して、直接質問をぶつけられた執事はというと。
「それは……」
何故か狼狽えている。
「どういうことだ、リオ?」
「簡単なことですよ。別荘っていうからには、本宅が無いと成立しないんです」
「本宅……?」
「そちらにシャトーお嬢様の両親はいられるのでしょう」
「…………」
両親と別に暮らしているというのは……。
「愛情という名の下に全てを与えて育てた結果、ワガママ放題に育ったシャトーお嬢様を、両親が大きくなったのだからそろそろしっかりしなさいと方針変更したのでしょうね。しかし、シャトーお嬢様はいつまでも親の庇護下に居れると勘違いしていたためそれに付いていけず、呆れ見捨てられ……この別荘に隔離されたのではないでしょうか?」
「隔離って……」
「ああ、もちろん名目は違いますよ。金持ちは体面を気にしますからね。おそらくはありもしない病気の療養だとか、静養のためだとかでシャトーさんは望んでこの別荘にいることになっているのでしょう。ここにいる使用人たちはその監視兼世話係ですね。家の評判に関わるほどのことをされても、一人で放置して死なれても困りますし」
「無茶苦茶言っているが……本当なのか?」
「金持ちの考えくらい簡単に推理できます」
「いやだが、そもそもシャトーさんは大事に扱われて……」
「しかし、そこに愛情は無かったということです。愛に飢えていたからこそ、あんな低俗な結婚詐欺に引っかかったんですよ。本来ならば金持ちの宿命として、金だけを目当てに近づく人間など分かるはずです」
リオは俺の質問に答える形で話しているが、当然他の人にも聞こえている。外れていればとんでもない侮辱にしかならないリオの考えに。
「……」
執事は何も答えられないでいた。
「旦那様……シャトーお嬢様の父にはここの状況を報告しているんですよね。お嬢様の結婚が決まったとき、そして結婚詐欺だと分かったときどのような反応だったんですか?」
「……どちらも『そうか』と一言だけ返されました」
そういえば前回訪れたときに、旦那様がシャトーさんに何度も見合いをセッティングしたという話を聞いた。結婚することが、一人前の人間として当然という考え方の人間はいる。だからしっかりしなさいという意味で見合いをさせたのに、その全ての話をシャトーさんは蹴った。
そのこともあって、他にも積み上げられたものがあって、シャトーさんは呆れられた。だから今回結婚するとなっても、そして破談になっても『そうか』と興味なさげに……。
「…………」
何を持って幸せと定義するのかはその人次第だ。
このシャトーさんの話を聞いても、ワガママが許される金や環境があって、愛まで求めるなんて傲慢だと思う人もいるかもしれない。
逆にいくら金があっても、誰からも愛されていないなんてかわいそうと同情する人もいるかもしれない。
「しかし、本当にお嬢様も傲慢ですよね」
だから俺はリオのその言葉も仕方ないだろうと考えて。
「だって、こんなに思われていることに気付いていないのですから」
「……え、どういうことだ?」
次の意味が取れなかった。
「誰からも愛されていないという破滅的な状況に酔ってしまう気持ちも分かりますが……少なくともここに一人お嬢様のことを思っている人がいるじゃないですか?」
リオの言葉の宛先は……執事だ。
そうだ、俺も先ほど感じたじゃないか。仕事だけではない関係だと。
「私は……」
言葉を濁す執事。
「長年世話をしていたということはおそらく本宅にいるときから世話していたんですよね。
立場上あまり感情を出すべきでないことも分かります。自立を促したい気持ちも分かります。
しかしシャトーお嬢様はとても傷ついていました。……せめて今日だけは素直な気持ちで慰めてもいいと私は思います。こんなにもあなたのことを思っている人がいると、気付かせる意味でも」
「……失礼」
リオの言葉に、執事はハンカチを取り出して額に当てながらうつむき一つ息を吐く。
そして顔を上げると。
「申し訳ありません、用事を思い出しました。お見送り出来なくて失礼ですが……」
「いいですよ、これ以上用事はありませんですし、私たちは勝手に帰ります。それより早く行ってください」
「……ありがとうございます。この感謝は忘れません。それでは」
執事は一礼するとその場を去る。向かう先は……シャトーお嬢様の部屋だろう。
「……と、これが私のアフターケアの限界です。後は任せるしかないのと、結果が分からないことが少々歯がゆいですが」
リオが俺たちを振り返る。
「まあ大丈夫だろ」
「うん、そうだよ」
そもそも俺たちは部外者に近い。きっかけを与えて、あとは長年の絆に任せるのが正解だろう。
「終わったか」
と、そのタイミングでオンカラ商会の商会員が帰ってきた。
「あ、すいません。用事終わったんですか?」
「元々そんなものはない」
「え……?」
「協力ありがとうございました」
リオが頭を下げる。一体どういうことなのか?
「私の指示です。先ほどの一連の流れ、何とか美談で終わってくれましたが、当然ですが怒られる可能性も十分にありました。そうなってはオンカラ商会の評判に関わります。いざとなれば見習いの部下である私の暴走ということで済ませられるように席を外してもらったんです」
「綱渡りだとは思っていたが……そんな配慮をしていたのか。つうか推理間違っていたら即アウトだっただろ?」
「何、言ってるんですか。推理なはず無いでしょう。お嬢様の家に関わる事情は全てオンカラ商会受け売りの情報です。そこまで分の悪い賭けをするはずないですよ」
いけしゃあしゃあと答えるリオ。同じ金持ちだから推理できるとか、全部嘘だったのかよ。
「恐ろしいな……」
「リオは本当平気で嘘吐くから注意しないとだよ、サトル君」
「ああ、みたいだな」
「何かさんざんな評判ですね」
リオが不服な扱いだと抗議するが、当然だと思う。
「オンカラ商会でも正直なことを言うとシャトーお嬢様のワガママには辟易していた。今回も予測はしていたとはいえ注文キャンセルでそれなりに損害は出ている。これを期にワガママが少しでも治る可能性があるなら、賭ける価値はあった」
商会員が内情を説明する。そういうことでリオに協力してくれたのか。
「後は手配のものを用意しておいた。昼過ぎには出るらしいから、急いだ方が良いぞ」
「最後までありがとうございます」
商会員が差し出したものをリオは受け取る。えっと……何かのチケットか?
「次の町に向かう馬車のチケットです。この町での用事も全て終わりましたし、さっさと向かいましょう」
リオがひらひらとチケットを振って見せる。
「なるほど……手際が良いな」
「んーもうちょっとゆっくり、何ならサトル君ともう一回夕日見たかったけど……仕方ないね」
「だからデートのフリはもうしないって言っただろうが」
ユウカの申し出をシャットアウトする。
「しかし、次の町っていうことはまた渡世の宝玉の行方を探すところから始まりか。今度は苦労しないで見つかるといいんだが……」
この観光の町で一週間駆けずり回った記憶が蘇る。見つかった後も手に入れるためにかなり苦労したし。
「それなら心配ありませんよ」
「え?」
「次の町の宝玉がどこにあるかは分かっています。オンカラ商会の調査によって」
「調査……あ、そっか。俺たちの使命を助けてくれるっていう。なるほどな、もう一週間以上調査しているし、見つかった場所があるのも当然か」
今回は商業都市で協力を取り付けたその翌日にこの町に乗り込んだため、調査が進んでおらず俺たち自身で探す必要があった。
しかし俺たちがこうして観光の町で苦労している間に、他の場所での調査が進んだということだろう。
「それで次の宝玉はどこにあるんだ? 魅了スキル使う必要があるのか?」
「いえ。次の町において、サトルさんは全く以て役立たずでしょう」
「って、おいっ!?」
「ふふっ、いい反応ですね」
酷い暴言を吐かれる。もしかしてさっきの嘘吐き扱いしたこと、根に持っているのだろうか?
「リオどういうことなの?」
「以前、商業都市に向かう道中のことだったでしょうか? 宝玉を手に入れるのに交渉しないといけない場合はサトルさんの魅了スキルが役立ちますが、ユウカの力じゃないといけないパターンもあるはずって話をしましたでしょう? まさにそれなんです」
「……? どういうことだ?」
「こうして急いで次の町を目指す理由でもあるのですが――」
そしてリオは告げる。
「次の町にて五日後に開かれる『武闘大会』。渡世の宝玉はその優勝商品となっているそうです」
「……なるほどな。確かに竜闘士のユウカの独壇場だ」
「分かった、頑張るよ!」
そうして三つ目の渡世の宝玉を手に入れた俺たちは観光の町を去る。
次の町にて再会が待つこと。そして俺たちの使命が持つ本当の意味を知ることになるのだが、このときは当然知る由もないのであった。
3章『観光の町』編、完。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
4章『武闘大会』編の準備のため1~2週間休みます。
続けて読んでもらえれば幸いです。
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