49話 顛末
「さて二人っきりの話から真面目なところに話を戻しますよ!」
「ごめんなさい……」
「一人だけ蚊帳の外に置いてすまん」
トゲたっぷりのリオの言葉にユウカと俺は平謝りする。完全にリオのことを忘れて、ユウカと話し込んでいた。
「話がどこまで進んだかというとバーテンダー相手に魅了スキルが失敗した原因が分かったということですね。しかし、分かっただけです。状況は一歩も進んでいません」
「そうだな……」
リオの言うとおりだ。
結婚詐欺の証拠を手に入れるため、犯罪者グループのアジトを掴み突入する。そのためにバーテンダーから魅了スキルを使って聞き出そうとしていたのだが、その魅了スキルが失敗したわけだ。
原因が分かったことで成功するようになるわけでもなく、それどころか絶対に魅了スキルがかからないことが判明したわけである。
「だったら他の人に魅了スキルをかけて聞き出すとか?」
「それもいいですが……あとこの酒場で働いている女性はホールスタッフやダンサーなどで、情報を知ってそうな人物が少ないんですよね……」
偉くなればなるほど、様々な事情を知っているはずだ。バーテンダーは女性でありながらカウンターバーを一手に任されているようで、この酒場のスタッフでも上の方の地位にいると判断して俺は魅了スキルをかけようと考えたのだ。
だが、やつが男性だったことで計画は崩れて……。
「どうしたの、サトル君?」
「うーん……本当に男性なんだよな?」
「あ、バーテンダーのこと? 見ていると疑わしくなるよね」
今も客にカクテルを振る舞い、話に合わせてミステリアスな笑みを浮かべる様子はとても男性に見えない。魅了スキルを失敗していなければ、男性だと言われても鼻で笑い飛ばしていただろう。
「……あ、いや。元の世界の常識で考えちゃ駄目なのか? 変身スキルとかいうのがあって、それで女性のような見た目になっているとも考えられるよな?」
そうだ、この異世界にはスキルや魔法があるのだ。別に地道に努力をしなくても、女性のような見た目になるのは可能で……。
「いえ、それはあり得ません。あの人はスキルも魔法も使ってないでしょう」
俺の考えはリオに否定される。
「どういうことだ?」
「サトルさんの言うとおり、変身魔法やスキルといったものはこの世界に存在します。ですがそのようなスキル頼りの偽装は簡単に見破ることが出来るんですよ。私の判別魔法『真実の眼』で」
ピースサインを当てて目を強調するリオ。そのポーズかっけえな。
「あーそんなのあったか。商業都市でヘレスさんの『認識阻害』を見破った魔法だよな。けど『真実の眼』でも見破れない可能性ってのもあるんじゃないのか?」
「基本的にはないですね。偽装系と判別系の魔法やスキルががぶつかった際にはよりレベルの高い方が通るのですが、私の『真実の眼』は判別魔法の中でも最上位ですので、私の目を欺くのはほぼ不可能でしょう」
改めてチートな性能が語られる。戦闘力だけで言えばユウカの方が強いのだろうが、リオの魔導士はこうして色んな方面に強い。
「それで『真実の眼』でバーテンダーを見たからスキルを使ってないって分かったのか。いつの間に見たんだ?」
「最初です。魅了スキルをかけるためにサトルさんが接近しないといけませんでしたから、何らかのスキルを隠し持っていた場合危険ですのでチェックしておきました」
「そんな確認までしてたのか。サンキューな」
用心深いのはいいことである。
「サトルさんの言うとおりスキルを使えば簡単に姿を変えることが出来ます。しかし、当然ですが私以外にもこの異世界には判別魔法やそれに類するスキルを使える人はいます。そういう人に見抜かれないように、あのバーテンダーはスキル無しで相当努力したんでしょうね」
「なるほどな……」
それなのに俺の魅了スキルのせいで見抜かれて……悪いことを………………ことを……。
「じゃあそこまで努力した女装のことをバラすって脅せば、あのバーテンダーからアジトの情報を聞けるんじゃないか?」
「……」
「……」
ユウカとリオから本日三度目の冷ややかな眼差しを頂戴する。
「それは流石に悪いでしょ」
「そうか? 相手が善人なら俺だって良心の呵責を感じただろうが、犯罪者グループに荷担している悪人のはずだしな」
「そもそも酒場側はバーテンダーが男性であるってことを知っているんじゃないですか?」
「いや、人の口には戸を立てられない。本人以外が知っていれば、絶対に噂が広まっているだろう。それにあれを見る感じ無いな」
俺はカウンターバーを指さす。
ちょうど従業員の男性が何かの用があったのかバーテンダーに話しかけていて……その去り際の表情、完全に鼻の下が長くなっている。相手が男性であるとは1ミリも疑っていないだろう。
「というわけだ。ああ、もちろん脅迫以外の選択肢もあるが、その場合はまた一から聞き込みだったり面倒な手間を挟む必要があるだろう。二人がそれでもいいなら俺もそうするが?」
「……」
「……」
そして。
俺たちは酒場の営業時間終了まで張り込み、バーテンダーが帰宅するところを捕まえる。
女装ではないかとちらつかせると否定、罵倒、青ざめ、媚び売りと変化していき。
バラさない代わりに犯罪者グループのアジトを教えろと要求すると、飛びつくように従った。
その翌日。
俺たちは別荘地の外れにある、今は誰も住んでいない廃墟を訪れていた。話によるとそこが犯罪者グループのアジトらしい。
俺たちは正面から突入した。突然の侵入者に驚きながらも対応する犯罪者たちだが、竜闘士のユウカと魔導士のリオの前に為すすべはない。
特に予想外のことも無く、順当にユウカとリオは犯罪者全員を投降させた。観光の町の治安維持隊に引き渡して後の処理は任せる。
全員の罪が暴かれて、償うように取りはからわれるだろう。
その中には予想通り結婚詐欺師のキースもいて……その一報はシャトーさんにも届いたようだ。
「キース、あなたどうして捕まって……それに結婚詐欺って…………ど、どういうこと……?」
「……はんっ、本当に気づいてなかったのかよ。世間知らずのお嬢さんだな! おまえは騙されてたんだよ!」
ちょうど面会に立ち会うことが出来た俺たちは顔を真っ青にしたシャトーさんと、開き直ったキースを見て。
「これで完了……だが」
「後味悪いね……」
正しいことをしたはずだ。
あのまま気づかれず金を騙し取られるのが良かったはずがない。
しかしシャトーさんのことを見ていられず……。
「ねえ。サトル君の魅了スキルで『今回のことは気にせず生きろ』って命令したりとか………………いや、でもそういうの良くないよね」
「気持ちは分かるが、だからといってそれは俺たちが落ち込む姿を見たくないってだけの傲慢な考えだろ。そもそもシャトーさんに魅了スキルがかかるかも怪しい」
「え……あ、もしかしてシャトーさんが対象の『魅力的な異性』じゃないってこと? でも、最初は魅了スキルかけて婚約指輪を奪うって選択肢を上げてたし、魅力的だと思ったんじゃないの?」
「それは容姿しか見えてなかったからだな。シャトーさんの素の様子、人の迷惑を省みずワガママ放題な様を俺は知ってしまった。正直ああいうタイプ苦手でな……魅力的に見れるか怪しい」
魅了スキルが暴発した際にクラスの女子の大半がかからなかったのも素の様子を知っていたからだった。人間というのは原理的に一目惚れの方がしやすいのである。
「だったら、そうですね……宝玉の回収ついでに、私がアフターケアといきましょう」
そんな俺たちを慮ってか、リオが私に任せてくださいと胸をたたいた。
次回が3章最終話です。