48話 責任
「バーテンダーが……男性!? そんなことあるはずないって!! だってあんなに綺麗な人なんだよ!!」
ユウカこと私は、サトル君の言葉に思わず叫ぶ。
「まあ、そうだろうな。だが俺も荒唐無稽なことを言ってるんじゃない、最初からヒントはあったんだ」
「……え?」
「あの人の格好を見てみろ。男性であることを隠す工夫があるだろ?」
サトル君は少し離れたカウンターバーで今も働いているバーテンダーを指さす。
「格好というと……スカーフしてるのは特徴的だよね。だって温暖な観光の町だし暑そうじゃん。なんかおしゃれのこだわりなのかな?」
「おしゃれかどうかはセンスの無い俺には分からないが、女装を見破られるのを防ぐ重要なアイテムであると推測できる」
「スカーフで男だって見破られるのを防げるの?」
「ああ。何故なら男には喉仏があるからな。ふとしたときに見えて男だとバレてしまうから、首もとを隠すのは理に叶っている」
「へえ、知らなかった」
初耳だった。
「そして手袋しているのも女装バレを防ぐためだろう。男の手は武骨になったり、血管浮きやすかったりと女の手と差が出やすいからな。隠しておいた方が無難だ」
「…………」
「最後に声だ。姿を女性らしくしても、声まで女性に真似るのは難しい。だから極力しゃべらないように、しゃべるときでも小さな声にしているんだろう」
「…………」
「……って、どうしたんだ、ユウカ? 反応がないけど」
途中から黙ってしまった私を心配するサトル君だけど……。
「いや、そのね……。真面目な話の時に悪いなあとは思うんだけど……サトル君女装について詳しくない?」
「はぁっ!?」
「だからそのサトル君女装が趣味なのかなって……あっ、いや、趣味は人それぞれだから別に気にしてないけどね!!」
「変な気遣いやめろ!! それに趣味じゃねえ! 昔読んだ本に出てきた登場人物が話してたのを覚えていただけだ!」
サトル君の弁明によると推理小説の登場人物だったらしい。主人公の探偵に女装とは何たるかを4ページほど使って説いたそのインパクトは強くて、だからこそ殺されたときは『キャラ強かったしな』と妙に納得したと。
「まあ、サトルさんの女装趣味疑惑については置いといて」
「置いとくな。断じて違うぞ」
「私も同じ話を聞いたことがあるので、あのバーテンダーが女装バレを意識していると見ることには賛成です」
「おまえだって女装趣味認定してやるぞ」
「女が女装してどうするんですか。普通ですよ」
サトル君も結構テンパっているようだ。
「ああもう。さっきの特殊性癖扱いといい、不当な目で見られることが多い日だな。リオはともかくユウカにそんな疑われるとは思わなかったぞ」
「こんな私は嫌かな?」
「……まあ今朝みたいにウジウジされるよりはマシだが」
そっか……だったらリオのアドバイスは的を射ていたようだ。
「それにしてもバーテンダーが女装……ね」
「ここまで言っておいてなんだが、もちろん証拠はない。疑わしい状況が散見しているだけだ。だが俺はこれしかないと思っている」
「私もサトル君の考えを信じるよ」
「……そうか」
「あ、理由はあるんだよ。検証した通り、魅了スキル側に失敗する原因は見当たらないし。だからもうあの人が男性だってくらいしか思い当たらないもんね」
「ああ……そういうことだ」
サトル君も同じ考えのようだ。
「どうして最初からこの可能性を言わなかったの? 今さっき思いついたとか?」
「いや、失敗した時点で疑ってはいたんだが……正直考えにくいだろ。見た目は完璧女性だしな。でも、思っていることは遠慮せず言ってみろ……ってリオに諭されてな」
「そっか」
そういえば魅了スキルが失敗した理由を考えてたときに、ふらっと離れたサトル君の元にリオが行ってたけど……そのときかな?
「だからついでに言ってみるが……なあ、あのデートのフリの最後で、どうして俺なら変われる、信じられるようになるって言ったんだ?
だって疑ってばかりの俺だぞ。正直何か裏があるんじゃないかと……ユウカを疑っているんだ。
いや、そんなこと無いとは思う自分もいるんだが……シャトーさんとキースさんのように永遠を誓い合ったように見えた二人が騙していることもある世の中なんだ。
どうしても否定しきれなくてな……」
サトル君が自身の思いを吐露する。
私に打ち明けてくれたことはとても嬉しかった。でも……。
ズキッ、と心が痛む。
あの日告げた言葉に嘘はない。
けどそれより前に、私がサトル君を騙しているのは本当だから。
「疑うって……もう酷いなあ。裏も何もないよ」
それでもサトル君が思い詰めないように、努めて明るい雰囲気で言う。
「だったら何でなんだ?」
「何でって言われると……サトル君を信じてるから、かな」
「じゃあどうして俺を信じられるんだ」
「信じるのに理由はいらないけど……強いて言うなら――――」
「言うなら……?」
サトル君のことが魅了スキルなんて関係無しに好きだから。
「……だって私には魅了スキルがかかってるんだよ? 好意を持った人を信じて当然じゃん」
「あ……。そっか、なるほどな」
サトル君は納得する。
「……」
本当の私の思いを打ち明ける勇気が出ない。嘘を重ねてしまった私が嫌になる。
デートのフリをしている間、ずっとこの関係が本物になって欲しいと思っていた。
でも、私が吐いた嘘の責任がこの期に及んで重くのしかかる。
もしなけなしの勇気を振り絞って本当は魅了スキルがかかってないと告白しても……サトル君は私に騙されていたのだと分かって傷付くだろう。
私の弱さから吐いた嘘は既にサトル君の中に定着してしまっている。
今さら嘘だったと明かすことは、私が楽になるだけ。
リオの言うとおりだった。嘘だったと明かすなら、すぐにするべきだった。
「……」
でもこの嘘が無ければ、今の関係はなかった。
人からの好意を疑っているサトル君が、私の好意を弾かないのは魅了スキルによるものだと思っているからだ。自分が暴発させたのが原因で、理屈あるもので、裏がないものだと思っているからだ。
この嘘がなければフリとはいえ、デートすらしてくれなかっただろう。
騙している罪悪感は私が抱えないといけない。
その上で、私がするべきことは簡単だ。
嘘を嘘と暴かないままに関係を進展させればいい。
魅了スキルによる好意だと分かっているけど……それでもユウカの好意が嬉しくて、俺も応えたいとサトル君に思わせる。
つまりやることに代わりはない。ただ、退路が断たれたことだけは自覚する。
「ふふっ、でもサトル君らしくないね。いつもならその場で疑っているとか言いそうなのに」
そんな決意を悟らせないようにいつも通りの一念で勝手に出た軽口に。
「……」
サトル君は何故か黙った。
「……あれ、何か私おかしなこと言った?」
「いや……おかしくはないが」
「じゃあどうしてなの?」
言ってみてその通りだと思った。サトル君なら遠慮無く言いそうなのに。
「あー、そのだな……たぶん雰囲気を壊したくなかったんだろう。あのときはフリとはいえデートをしていたわけだしな」
そっぽを向き、頬をかきながら、恥ずかしそうに言うサトル君。
サトル君のその様子は……フリではあるけど、フリではないと少しでも思ってくれた証で。
「じゃあ今度もう一回しようよ?」
「ああもう言っただろ! 今後デートのフリはしないって!」
私は胸の内が多幸感で溢れるのを自覚した。
「完全に二人きりの世界ですね……はいはい、私はお邪魔虫ですよーっと」
私たちがいじけるリオに気づくのはもう少し後のことである。