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46話 彼女面


 夜になってユウカこと私たちは昨日と同じ酒場を再び訪れていた。


 今回の目的は魅了スキルを使って犯罪者集団のアジトの場所を聞き出すこと。とりこにする対象はバーテンダーだ。


「って、よく見るとすごく綺麗な人だよね……」


 シェイカーを振るバーテンダーを私は観察する。


 中性的な顔立ちで背は高めの女性だ。

 首元にはスカーフを巻いて、手には白いロンググローブもしている。観光の町は温暖な気候なのに暑そうだ。よほど首元や手を隠したいのかな?




 その前にある席にサトル君は座っている。

 まだ魅了スキルは使っていない。とりこにした後、自然とアジトの場所を聞き出すためにあのように近づいているのだ。


「……どうぞ」

「ありがとうございます」

 バーテンダーが小さな声と共に差し出したカクテルをサトル君は受け取る。

 観察していて分かったことだが、あのバーテンダーは基本は声を出さない。無口でお客の話には頷いたり微笑んだりというリアクションを返している。必要なときだけあのように小さく言葉を発するようだ。

 その振る舞いや雰囲気からミステリアスさが出ている。


「…………」

 魅了スキルの対象は『魅力的な異性』。つまりあの人に魅了スキルをかけられると思ったって事は、サトル君は魅力的に思っているわけだ。

 私とは対照的なタイプだけど……もしかしてああいう女性の方が好きなのだろうか。

 私もあんな風に……。


『サトル君……行きましょ?』

『私……頑張る』

『……好き』


 うーん……何か違う気がする。




「何ぼーっとしているんですか」

「わっ、ビックリした」

 いつの間にか近くまで来ていたリオに声をかけられた。


「私たちの役割を忘れたんですか。今までの順番からして次の曲のタイミングで作戦決行出来ると思います。幸いなことに現在席に座っている女性はいませんが、サトルさんの5m以内に立ち止まっている女性が二人居ます。なのでユウカはあちらの女性をお願いします、私はこっちに行くので」

「うん、分かった」


 この酒場は自由に客が動ける。そのためサトル君の魅了スキルの範囲、5m以内に近い女性に私は声をかけて離れるように誘導する。




 これは事前に決めておいたとおりだった。

 人の多い場所で魅了スキルを発動する際に気をつけないといけない点が二つ存在する。


 それが効果範囲とピンク色の発光である。


 魅了スキルは効果範囲の5m以内にいる対象に無差別にかけてしまう。特定の対象だけを選んでということが出来ない。そのせいで暴発した際にリオや私に魅了スキルがかかってしまったわけだし。

 今回の狙いはバーテンダー一人だけだ。その他の対象にかけて面倒ごとになるのは避けたいということで、私とリオでサトル君の周囲5mにいる女性がバーテンダー一人だけになるようにする。


 もう一つの注意点がピンク色の発光。

 魅了スキルを発動の際に起きるこれが結構目立つ。他の人に何をしているんだと不審がられるかもしれないし、注目が集まった中でとりこになったバーテンダーからアジトを聞き出しにくい。

 これの対策についてはちょうどこの酒場という場所が解決してくれた。




「次の曲、行きまーす!」

 酒場の中央のステージ。専属のダンサーの合図で曲が流れ始めた。

 ポップ調の曲に合わせて踊るダンサーに見入る観客。

 そしてサビに入ると同時に、天井の照明が曲に合わせたピンク色の光でステージを染め上げて。


「魅了、発動」


 瞬間、壁際にあるカウンターバーの辺りでもピンク色の光が発せられた。




「……ん、大丈夫みたいだね」

 そのことに気づいた客は私たち以外にいないようだ。上手く魅了スキルの発光を紛らわせることが出来た。


「作戦成功ですね」

 別の女性客を誘導していたリオが役割も終わったということで、私のところにやってくる。


「うん、良かったよ」

「三人で話を聞くのも目立ちますし、後はサトルさんに任せて私たちは待ちましょう」


 見るとサトル君はバーテンダーに話しかけている。私たちが少し離れているのと、酒場全体が盛り上がって騒がしいから内容は聞こえないけど。




「そうだね、後はサトル君を信じて……」

「ユウカ……?」

「……私、どうして今朝サトル君のことを信じられなかったんだろう」


 ふいに思い出してしまう。

 サトル君が盗み聞きした結婚詐欺の話について、私は信じることが出来なかった。

 サトル君に『別に信じられなくても仕方ないがな』なんて、悲しいこと言わせちゃったし……。


「それですか。言っておきますけど、今回悪いのはユウカですよ」

「……うん、そうだよね」

「ああもう、誤解してますね。サトルさんの言った通り、根拠が薄い話ですから信じられなくて当然という事です。それなのに信じられなかったと後悔しているユウカが間違っています」

「……? どういうこと?」

「今のユウカはサトル君に少しでも良く思われるために、嫌われることを極端に避けようとしているんじゃないですか?」

「それは……」

 リオの言葉は腑に落ちるところがあった。


「はあ……。相手のことを何もかも肯定すればいいという訳じゃないです。今のユウカのような人が、彼氏にDVされたときに『彼が暴力を振るうのには理由があるの。彼は悪くない。私が悪いだけ』なんて思いこむ駄目女になるんですよ」

「サ、サトル君は暴力を振るう人じゃないよ!」

「そんなこと言ってません。ていうか告白もしてないのに彼女面してどうするんですか。デートのフリのせいで勘違いしているんですか?」



「彼女面……しているつもりはないけど。サトル君のこと全部理解しないとって思うようになってたかも。だってあのときは本当に楽しくて、心から通じ合っていると……錯覚したから。それを壊さないようにって」

「良くない傾向です。商業都市で真っ向からサトルさんを否定したときの気持ちを思い返してください。間違っていることは間違っていると、信じられないことは信じられないと、思っていることはちゃんと言いましょう」



「でも……そんなことしたらケンカになることもあるよね。サトル君が私のことを嫌いになるかもしれないよね」

「カップルになったらケンカなんて付き物ですよ。逆にケンカが無い状況は大抵どちらかが我慢している場合です。そういう関係は、その不満が爆発して破綻すると相場が決まっています」

「……」

「大体商業都市であれだけケンカしたのに、今もこうして一緒に行動しているじゃないですか。二人なら大丈夫ですよ」


 リオの言う通りだ。

 今の私はサトル君の器が小さいと……侮っているのと同じだ。

 そんな人じゃないことはサトル君に恋する私が一番知っている。






「遅くなったな」

「……っ!? サ、サトル君!?」

 そのときサトル君が私たちのところまで戻ってきた。


 現在の状況を思い出す。

 おそらくバーテンダーの人から情報を聞き出し終わったのだろう。

 気持ちを切り替える。

 渡世とせ宝玉ほうぎょくゲットのため、もし結婚詐欺が本当ならシャトーさんを救うため、集中しないと。


「首尾はどうでしたか?」

 リオの質問にサトル君は。




「作戦失敗だ」




 苦々しい顔つきでそのように答えた。


「作戦失敗って……あ、もしかしてバーテンダーさんがアジトの場所を知らなかったとか?」

 バーテンダーなら事情に通じているだろうというのは、私たちの勝手な推測だ。間違っていてもおかしくはない。


「その失敗なら分かりますが、それでも事情を知っていそうな他の人物や何か小さな手がかりでもいいから聞き出すって話でしたよね。嘘を吐けないので何らかの収穫は得られる物だと思っていたんですが、そちらはどうだったんですか?」

 本命のアジトの場所が分からなくても、少しでもヒントを掴む。そういう副案だったのだが――サトル君の答えは私たちも予想していないものだった。




「いや、問題はそれ以前のものだ。バーテンダーがとりこ状態にならなかった」




「え……?」

「なっ……!?」




「魅了スキルが……失敗したんだ」





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