45話 re:おつかいイベント
酒場から宿屋に帰ってきた俺たちはもう夜も遅かったためその日は寝て、翌朝俺が聞いた話を二人に伝えた。
「盗み聞いたのがちょうど求めていた話とは、サトルさんも豪運ですね」
「一応怪しそうな酒場を選んで入ったとはいえ、俺もここまで上手く行くとは思ってなかった。これで婚約破棄から渡世の宝玉を手に入れるルートが確立されたな」
「では具体的にどうするか詰めていきましょうか」
「あーそうしたいんだが……」
俺は発言が無いもう一人の方を見る。
「…………」
「ユウカ、まだ納得できないのか?」
「あ……ご、ごめん」
話を聞いている間も仏頂面だったユウカ。このわだかまりを解くのが先のようだ。
「気になっているのはあの二人の関係が偽りだったことか?」
「……うん。やっぱりどうしても……」
「言いたいことがあるなら言った方がいいですよ」
リオがアシストする。
「じゃあその……今の話がサトル君の聞き間違いだったってことはないかな? やっぱり信じられなくて」
「……まあ根拠は俺の盗み聞きだけだし、別に信じられなくても仕方ないがな」
「そ、そんな……私はサトル君を疑っているわけじゃなくて……!」
ユウカが慌てて否定する。
今の言い方は俺が悪かったか。
「落ち着け。ユウカを否定しているわけじゃない。俺だって逆の立場だったら、たまたま行った酒場で盗み聞いた話がちょうど求めていたものだった、なんて胡散臭すぎて信じられないしな。内容もあんなプロポーズをしたカップルが結婚詐欺だったなんて思いたくないものでもあるし」
「それでも……私がサトル君のことを信じられなかったのは事実で……」
フォローの甲斐無く、ユウカが落ち込む。
本当に疑われても仕方ないって思っているのに……どうしてこうなるんだ。
「そこまで!」
パン、と手を叩きここまで蚊帳の外に置かれていたリオが話に割り込んだ。
「話が逸れてますよ。渡世の宝玉を手に入れるための話し合いをしたいんですが」
「すまん」
「ごめん、リオ」
「事の真相は全て暴けば分かることです。答え合わせはそのときにでもしてください。
ただ今はサトルさんの話が真実だと仮定して動きます。
結婚詐欺が真実ならば早めに動いて潰した方がいいですし、もし間違いだったとすればそれはそれで結果オーライです。私たちが疑ってしまった罪悪感を抱えるだけで済むなら安いものでしょう」
「ああ、そうだな」
「分かった」
リオが強引に話を進める。
確かにやつらは計画が最終段階に入ったと言っていた。動くなら早めがいい。
「じゃあ早速だけど私たちがしないといけないのは、キースって人の身柄を押さえること……でいいのかな?」
「いや、それだけだとやつが『結婚詐欺をしようとしていたなんて言いがかりだろ!』って認めない可能性がある。俺が話を盗み聞きしていたってだけじゃ根拠が薄いしな」
「そっか。じゃあ必要なのは結婚詐欺をしようとしていた物的証拠ってことでいいかな?」
「ああ、それでいいだろう」
前回のスパイ騒動で騙していたのが女性の秘書ヘレスさんであったのと違って、今回の結婚詐欺で騙しているのは男性の方だ。
身柄を押さえて魅了スキルを使い即自白とは出来ないのである。
これが昨夜酒場で何もせずに帰ってきた理由でもある。
対象人物の確保だけでいいなら、VIPルームとはいえ壁一枚隔てたところに目的の人物がいると分かっていた昨夜は絶好のチャンスだった。
「でも物的証拠ってどうやって手に入れるの?」
「やつの拠点になら何らかの証拠はあるだろう。だからそれを突き止めるのが先なんだが……」
「何か気になることがあるの?」
「ああ。言ったかもしれないが、やつには数人の部下がいるみたいだった」
自作自演の救出劇のためだったり、他にも色々シャトーさんを落とすのに協力したと見ていいだろう。
「組織だった犯行ということですか……となると犯罪者グループが絡んでいるのかもしれませんね」
俺の懸念にリオが応える。
「犯罪者グループ?」
「ええ。最近この観光の町に巣くっているそうです、役所で資料探ししているときにそのような話をしているのを聞きました。
どうやらこのころ万引き、ひったくり、強盗、その他色々な犯罪件数が増加しているようで、捜査したところ集団的な動きが背景にあると判明したそうです。
渡世の宝玉を探索する際に、私はサトルさん一人で動かない方がいいと言いましたよね? それもこの輩に巻き込まれるのを恐れてです」
「なるほどな……じゃあひったくりに見られないようデートのフリをするように言ったのも、今思えばおおげさだと思っていたが、その辺りと繋がるのか」
「ええ。観光で成り立っているこの町ですから、治安の悪化は死活問題です。観光客に物々しい印象を与えないため目立たないようにですが、かなり警備が強化されているみたいです」
それは気づかなかったな。
「じゃあキースとその部下たちは、犯罪者グループに所属している結婚詐欺部門のチームだと考えていいのか?」
「その可能性は高そうですね」
「そして物的証拠は拠点にあるかもしれないって話だから……私たちはその犯罪者グループのアジトを見つけないといけないってこと?」
「うわぁ……面倒くさいな……」
思わず俺は顔をしかめる。
「犯罪者グループですから、荒事に通じている人間もそのアジトに何人かいるでしょう。しかし、私とユウカの敵ではないはずです」
「流石にドラゴンより強い人なんてそういないだろうし」
「つまりアジトに乗り込みさえすれば勝ちなのですが、その場所が分かりません。おそらくこの町の治安維持を務めている側も掴んでないでしょう。分かっていたら乗り込んでいるでしょうし」
「だったらその場所を地道に探さないといけないってわけ?」
「まあ……そうなりますね」
ユウカとリオの言葉からは勘弁してくれというニュアンスが感じ取られる。
それもそのはずだ。
つまり新たなおつかいイベント、犯罪者グループのアジトを探せ、が発令されたという事なのだから。
この町を駆けずり回って、犯罪被害や犯罪者目撃の証言を集めて、怪しいところを訪れて、その途中で治安維持側にこそこそ嗅ぎ回る俺たちが犯罪者グループの仲間でないかと間違って疑われ争い、結局和解したところで新たな情報を聞くことが出来て、それと俺たちが持っていた情報を組み合わせて判明したアジトに突入する…………。
「ああもう、やってられるか!!」
そんな面倒な手間はもうごめんだった。
「サトル君、気持ちは分かるけど抑えて……」
「いいや、もう抑えねえ。犯罪者グループ、すなわち悪だろ? だったらこっちも手段を選ぶ必要はないよな?」
「手段……って、もしかして……」
「魅了スキルを使う。それでアジトの場所を暴いてやる」
この世界でも埒外の力を使ってショートカットしよう。
「そうですね、シャトーさんのことを考えると早めに解決するのがいいのも確かですが……スキルを使うにしても、当てはあるのですか?」
「ああ。昨夜の酒場だ。あそこはキースたちがVIPルームを使えるくらい、犯罪者グループと通じているってことだろ? だったらアジトの場所を知っているやつがいてもおかしくない。もちろん犯罪者が御用達にしているくらいだから口は固いだろうが、魅了スキルを使えばそんなの関係ないしな」
そして事情に通じていそうな人物の目星も付いている。
「バーテンダーだ。あの人に魅了スキルをかける」
人の都合に振り回されるのはここまでだ。
ここからはこっちから動いてやる。