41話 状況確認
「やっと帰ってきましたか。約束の時間はとうに過ぎていますよ、二人とも」
「すまん」
「ごめんね、リオ」
日も沈み、辺りもすっかり暗くなったころ俺とユウカが宿屋に戻ると、リオに遅刻を怒られた。
「まあいいですけどね。それほど盛り上がったということでしょう? どのような進展があったんですか?」
何故かニヤニヤして聞き出すリオに俺は告げる。
「ああ。渡世の宝玉の持ち主が見つかった。その情報を集めていて遅くなったんだ」
「……?」
「リオ。私たちはデートのためじゃなくて、渡世の宝玉を探索するために出掛けたんだよ」
「それは建前で…………あれ、本当に見つかったんですか?」
「実物をこの目で見ることが出来た。が、少々厄介な状況になっていてな」
「はあ、そうなんですか…………なるほど……」
「というわけで今から報告したいけど……大丈夫、リオ?」
「……ちょっと待ってくださいね。今真面目モードに切り替えますので」
すう……はあ……、とリオは深呼吸を繰り返す。真面目モードに切り替えるって、じゃあ今はどんなモードだったんだ?
「……お待たせしました。渡世の宝玉が見つかったんですね。話を聞かせてください」
「ああ」
気になったが流石の切り替えぶりに俺は混ぜ返すことなくさっさと本題を切り出した。
「なるほど。婚約指輪に取り付けられた渡世の宝玉ですか。……かなり厄介な状況ですね」
リオは話を聞いただけで要点を理解したようだ。
「一応裏付けは取った。宝飾店で俺たちに『渡世の宝玉が最近売れたけど、どんなアクセサリーだったかは覚えていない』って情報を提供してくれた客がいただろ? その人に指輪だったんじゃないかって確認したところ『……そうそう! それよ! 指輪だったわ!』という反応をもらえた」
「つまりこの町にあった渡世の宝玉で確定ってことだね」
これでようやく一週間話だけを頼りに追い続けた線が、実物と結ばれたわけだ。
それは素直に喜ばしいことである。
しかし、見つかりさえすれば後は楽勝という話だったのだが、残念ながらそうならなかった。
「よりにもよって婚約指輪だよ。二人の絆の証じゃん。私だったら絶対手放さないって」
「そうですね……聞いた話によるとその女性も喜んでいるみたいですし……」
ユウカとリオの言うとおりだ。
今回の宝玉ゲットに立ちふさがる問題は、プライスレスで大事なものをどのように譲ってもらうかというもの。
……簡単な方法が無いわけではない。
「一応、俺の魅了スキルをあの女性にかけて、譲ってもらうように命令するって方法はあるぞ」
女性は俺から見て魅了スキルの対象『魅力的な異性』に当てはまる容姿だった。この方法を取る場合の障害物は存在しない。
しかし、この方法における問題はもっと根本的なところにある。
「……本気で言ってるなら怒るよ、サトル君」
「冗談に決まってるだろ、だから一応って頭に付けたんだ」
ユウカの怒気に俺は両手を上げて争う意思が無いことを示す。
つまるところ俺の提案は婚約指輪の強盗でしかないからだ。
婚約している二人の仲を引き裂きかねない行為。ユウカが世界を救うためなら犯罪も仕方ないとはならないことはリーレ村で確認済みである。
それに俺だってあの幸せそうな二人を引き裂くのは心苦しい。
「そうですね、もし本気だったならどのようにおしおきするか迷うところでした」
リオも物騒なことを言い出す。
「だから一応そういう手段もあるっていうだけの話だ。悪かったから聞き流してくれ」
俺は全面降伏する。
「サトルさんの方法はナンセンスですが……しかし、他の方法が思いつかないのも事実ですね」
「否定するだけで代案を出さないのは良くないことだけど……私も……」
「別の似た青い宝石を見つけて、渡世の宝玉と入れ替えるっていうのはどうだ?」
「宝飾店を見て回ったときに分かりましたが、あのような魔法陣の浮かんだ宝石はかなり特徴的で、この異世界でも渡世の宝玉以外に存在しないみたいですし、入れ替えはバレるでしょうね」
「大事なものだから別物になったってだけで大騒動だよ」
「んー駄目か」
リオとユウカも否定したくてしているわけではないのだろう。状況が厳しいからそうなってしまうってことは分かっている。
「やっぱり渡世の宝玉が大事なもので譲れないものになっている時点で、手に入れることは不可能じゃないか?」
ここまで来て諦めたくはないのだが、俺に出せる案はこれ以上ない。
「うーん……そうかも」
ユウカも同意する。
「……結論を出すのはちょっと待ってもらえますか」
と、リオだけがその流れに反発する。
「何か考えがあるのか?」
「いえ、具体的には。しかし私はこの事態を二人の話で聞いただけですので、総合的な判断を下すには情報が足りないのです」
「つまり情報収集をしたいというわけか」
「はい。そもそもなのですが、その婚約した二人の素性は分かっているんですか?」
「それなら渡世の宝玉を持っていると確認した後に調べたんだが……プロポーズした男性は分からなくてな。婚約指輪をもらった女性は有名だからかすぐに分かった。観光の町において一番大きな別荘を構えている家の一人娘シャトーだそうだ」
この点も渡世の宝玉を譲ってもらう一つの問題となっている。
もしお金に困っている人なら大金の暴力を振るうことも最悪考えられたが、相手が大富豪では無理だ。
「では明日その方に会いに行きましょう」
「俺たちも本人と直接話をしたわけではないし、一回会って話すのは賛成だ。だが相手は大富豪だぞ。アポ取れるのか?」
「取れるのかではなく、取るんですよ。一つ案があります」
リオは自信満々に言い切った。