40話 デートのフリ3
手を繋ぎデートのフリをしながらも、渡世の宝玉探索を忘れずに進め、高級店街のめぼしいところは見て回れた。
しかし。
「見つからなかったね、渡世の宝玉」
「そうだな」
まあ宝飾店で最近買った客がいるという情報しか無かったのだ。元々干し草の山から針一本を見つけるような無茶だとは自覚している。
分かってはいるが、それでも収穫が無いとなるとドッと疲労感を覚える。
時間はあっという間に過ぎ去っており、夕方となって日が傾き始めた。
「リオと宿で落ち合う約束の時間まで後少し余裕があるけどどうするか?」
「だったらデートの締めくくりに行きたいところがあるんだけど!」
「……じゃあ探索の締めくくりにそこに行くか」
ユウカの提案により、俺たちは場所を移す。
「おお、絶景だな」
浜辺の丘。少し高台のここからは水平線に沈みゆく夕日を眺めることが出来た。
「きれい……」
ユウカは俺と手を繋いだままその光景に見惚れている。
周囲には俺たちと似たような状況の人がたくさんいた。
つまりはカップルが多いということだ。
まあ俺たちはデートのフリなのだが……だからこそ今はカップルに見間違われてもしょうがないというか、実際客観的に見ると俺だってそう思うだろうし……。
そんな人気のデートスポットに集まった人たちを俺は観察する。
しかし、渡世の宝玉を持っているような人は見当たらない。
ユウカも同じようにしていたが、しばらくして手すりにもたれかかり海を眺め始めた。
俺も探索を切り上げその隣に並ぶと視線は海を向いたまま話しかけられる。
「私ね、今日のデート、すっごく楽しかったよ! サトル君はどうだった?」
「……俺も同じだよ。不本意ながらな」
「もう、そんな言い方して。……まあ不本意でも、私とデートして楽しかったってことだよね?」
「そう言ってるだろ」
「なら良かった」
午前中の本屋やラーメンもどきを食べたときは俺の興味を引くものだったため楽しくて当然だった。
しかし、午後からユウカと手を繋ぎ俺にはよく分からないファッション関係の店を回ったのも楽しかったのだ。
今だって俺たちの様子は周りにいるカップルと全く変わらないだろう。
だから。
「こんなデートのフリなんてことするの今日限りだからな」
俺はユウカに釘を刺しておく。
「私は明日以降もフリをしてもいいと思ってるよ。楽しかったし」
「そうか。でも駄目だ」
「サトル君も楽しかったなら意固地にならなくてもいいのに。……でも、分かったよ。次はデートのフリじゃなくって、本当のデートをしてもらえるように頑張るから」
「……はいはい」
ユウカの決意を俺は受け流す。
魅了スキルの結果、ユウカが重傷を患っていることは今日一日で痛いほど再確認できた。
だったら俺はさっさと元の世界に戻れるように頑張るだけだ。そして一人でお気に入りのラーメン屋に行こう。
と、そんなやりとりをしていると、一組のカップルが目立つ行動を始めた。
「俺と結婚してください!!」
男性がパートナーの女性に片膝付いて手を差し出す。
どうやらプロポーズのようだ。
沈みゆく夕日を背景にプロポーズ。絵になる光景ではある。
「が、よく衆人環視の状況でやるな……」
周囲のカップルにも聞こえていたようで俺と同じように関心を寄せている。
「そ、その……」
いきなりのプロポーズのせいか、それとも注目が集まったせいか、相手の女性は困惑している。
「す、すごい場面にあっちゃったね……」
当然ユウカも気づいていて経過を見守っている。
「…………」
俺はというと少し別のことを考えていた。
プロポーズ……つまりはこれが了承されると結婚されるわけだ。
俺の理想……お互いに信じあえるような恋愛の究極形は結婚だと思っている。
お互いに愛し合い、支え合おうと思うから結婚するはずだと。
もちろん見合い結婚とか政略結婚とかもあることを考えると全てがそうではないのは分かっている。しかし、今現在結ばれようとしている関係は見た感じ理想の方だろう。
正直羨ましかった。
だが俺には妬む資格もない。
今のままの俺では絶対に叶わない。
だから変わろうと思ったんだ。
あの夜立てた誓いを確認する。
「俺も……誰かを信じられるようにならないとな」
つい呟いたその言葉は、風に紛れるはずだったその言葉は。
「え……?」
隣の少女に届いてしまった。
「あ……」
手を繋げるほどの至近距離に人がいることを忘れていた。
「サトル君、今の言葉って」
「え、俺は何も言ってないぞ。空耳じゃないか?」
「嘘だよ! 私、聞こえたもん。『誰かを信じられるようにならないとな』って」
「声真似下手だな」
俺のマネをしたつもりのようだが、全然合ってなかった。
「そ、それはどうでもいいの! 大事なのは言葉の中身だよ!」
「別に……ああやって信じ合う関係を作ろうとしている二人を見てちょっと気紛れしただけだ。本気で言ったわけじゃない」
反射的に俺は嘘まで吐いて否定していた。
そうだ、分かっているのだ。
頑なに誰も信じない俺なんかが抱くには大それた希望だって。
ユウカに馬鹿にされる前に、防衛行動として自虐する。
いつもやっていることだ。
自分を守るために自分を否定する。
そうやって俺はいつまでだって変わらないのだ。
変わろうとする自分を、自分が否定するから。
「……もし、本当だったなら私は応援するよ」
「え?」
「誰かを信じられるようになるのは幸せへの一歩だから。一人よりも、二人の方が幸せになれるから」
「…………」
自分でさえ否定した俺を……ユウカは肯定する。
「良かった……サトル君も本当は変わりたいと思ってたんだね」
「ち、違……」
「それくらい私でも嘘って分かるよ」
「…………」
「大丈夫、サトル君ならすぐに変われるって」
何を根拠にそんなことを言うのか。
……いや、そんなもの無いのだろう。
根拠が無くとも思う。それこそが信じるということだ。
ユウカは俺を信じているのだ。
「…………」
その思いに何を返していいのか分からなくなって――。
「受け取ってください」
そのとき、プロポーズをしていたカップルの方に動きがあった。
男性が指輪を取り出す。
「え……えっ?」
女性は戸惑いながらも拒むことなく左手を差し出す。
その薬指に男性が指輪をはめて。
「返事……聞かせてもらえますか?」
「……嬉しい」
女性はその感触でようやく現実だと認識できたのか、感情が溢れ出る。
ヒューヒュー! お幸せにな! いいなあ……。
周囲のカップルがはやし立てたり、祝福を願ったり、羨望を向ける。
「良かったな」
「うんうん」
俺とユウカもつい今し方のやりとりも忘れてそちらを見ている中。
「嬉しい……っ!」
喜びが爆発したその女性は左手を掲げ上げると、中に魔法陣が刻まれた青い宝石が設えられた指輪が夕日に反射してきらりと光った。
『中に魔法陣が刻まれた青い宝石』が設えられた指輪が夕日に反射してきらりと光った。
「…………………………………………は?」
思わず間抜けな声が漏れる。
「……ね、ねえサトル君。あれって」
ユウカも気づいたようだ。
ドラマのワンシーンのような状況に周囲が盛り上がっていく中、俺たちだけ急激に現実に引き戻される。
それもそのはずだ。
見間違えようもなく……あの婚約指輪に付けられた宝石は俺たちの求める渡世の宝玉なのだから。
「…………」
可能性は最初からあったのだ。
『ブローチにネックレス、指輪やイヤリング……宝石を使ったものって色々ありますからね』
この一週間ほど駆けずり回って探していた対象がようやく見つかった。
しかし、それを素直に喜べなかった。
何故ならば、状況は考えられる限り最悪だったから。
俺たちは見つかった渡世の宝玉を金を積んで売ってもらおうと思っていた。
だが、どうだろう。
婚約指輪とはいかほどの金を積み上げれば譲ってもらえるのだろうか?
「まあ……プライスレスだよなあ……」
嬉し涙まで流し始めた女性を見て、俺はそう判断した。