39話 デートのフリ2
「ありがとうございましたー」
店員に見送られて、俺とユウカは本屋を出る。
「いやー、良い買い物したわ」
俺の手元には買い上げた本が2冊あった。
正直まだいくらでも買いたい本はあったのだが、この後の邪魔にならないように買い過ぎない方がいい、というユウカの助言で、泣く泣く厳選した2冊だった。
「その本選ぶときのサトル君すごく真剣だったよね」
「そうだったか?」
「うん、何かに熱中しているサトル君の姿、新鮮だったよ。それだけ本が好きなんだね。今後はサトル君の弱点として活用させてもらおうっと」
「何だよ、新鮮とか弱点とか……」
ユウカの感想にむずがゆい気持ちになる。
「あっ、そろそろランチの時間だね」
「……もうそんな時間なのか」
「本屋に二時間は居たし」
「そんな長い時間付き合わせてしまっていたのか。すまん」
「いいって、私も楽しかったし」
ユウカは手を振って否定するが……本音なのか建て前なのか測りかねる。
本に囲まれると時間の経過を忘れてしまう。俺一人ならともかく、ユウカが隣にいることを失念していた。
「この辺りがレストラン街みたいだね。どこ入ろうか?」
俺たちは少し移動すると、辺りからおいしそうな匂いが漂う一角に辿り着く。
興味深い店が多いのかユウカは目移りしている。
「…………」
そんな中俺は一つの店、汁に入った麺に野菜やチャーシューがトッピングされた料理……見た目まんまラーメンを提供する店に視線が引きつけられていた。
「そこに入ろうか、サトル君」
「えっ!? い、いやそんなこと」
「もうその反応は良いから。ラーメンも弱点なんだね」
俺の言葉を軽くスルーして、ユウカは強引に入店する。
俺のわがままにより、デートらしさが欠片もないラーメン店に入った形になってしまう。
大変心苦しかったがラーメンの誘惑には勝てず、注文してやってきたものをウキウキした気持ちで食べ始めた訳だが。
「何か違うな」
「確かに……」
俺と同じものを注文したユウカも違和感を覚えていた。
目の前にあるのはラーメンに似ていて、俺の語彙力ではラーメンと表するしかないのだが……俺の知るラーメンとは明らかに違うのだ。
「麺が原因なのか?」
「そうだね、微妙に太いし、ポソポソしているし」
「どちらかというとうどんだな、これ。スープはしっかりラーメンなだけに違和感がすごい」
「海が近いからか魚介系のスープだね」
ほどなくして、二人とも食べ終える。
「おいしかったな。……でも、これをラーメンと呼ぶのは俺の主義に反する」
「今まであまり感じてなかったけど、元の世界とこの異世界で文化が違って当然だもんね」
「まあ、そういうところか。……あーこのラーメンもどき食ったせいで余計ラーメン食べたくなってきた。元の世界に戻るためにも、午後からは本腰入れて渡世の宝玉を探さないとな」
「そうだね」
俺たちはラーメンもどきを食べ終えて外に出る。
「よし、ここからは頑張るぞ」
本屋の中を探すためと言い訳したが、楽しんでしまい気分転換になったのは事実だ。元の世界に戻りたい気持ちも思いがけないところから強まった。
これなら渡世の宝玉探しに集中できる。
「結局午前中は本屋に入り浸りだったし、それ以外のエリアを回ることにするか」
「…………」
「って、ユウカ?」
隣のユウカに確認を取ったところ返事がない。
ユウカは自分の手の平をじっと見つめていて俺の言葉が届いていないようだ。
何をしているのかと俺が見守る中、ユウカは覚悟したように頷くと。
「ね、ねえ。午後からは私たち手を繋いで歩かない?」
「…………」
そんな提案をされる。
「いや、その、やっぱりデートっていうと手を繋いで歩くのが普通っていうか、ほらあそこのカップルとか、そっちのカップルも手繋いでるし、私たちもそうした方がデートっぽく見えて、渡世の宝玉探していても周りにも怪しまれないし!」
顔を真っ赤にしたユウカの主張。
確かに午前中俺たちは隣同士とはいえ、微妙に距離を開けて歩いていた。
「何を思い詰めているのかと心配したが……そんなことか」
「や、やっぱりそんなこと早いよね! ご、ごめん、今の提案は忘れて――」
「ほら、行くぞ」
俺は慌てだしたユウカの手を捕まえて握る。
「え、あ……サトル君の手が……」
ユウカは呆けたように重なった自分の左手と俺の右手を見つめている。
「こんなの別に今さらだろ。お姫様抱っこだってされたってのに」
商業都市に向かう途中、ユウカと一緒に空を飛んだのを思い出す。
「お姫様抱っこ……あ、あれはちょっと暴走しちゃって……!」
「その夜は酔って寝ていたから覚えてないかもしれないが、ユウカを介抱するためにおぶったりしたしな」
「そ、そうだけど………………って、私は寝ていたから知らないけどね!!」
「……? まあだから手繋ぐくらい今さらだろ。それに午前中は本屋に付き合ってもらったし、午後はユウカのしたいことに付き合うぞ。まあ渡世の宝玉を探すついでにって形にはなってしまうけど」
本屋にいる間は渡世の宝玉の探索をすっかり忘れていたから、不公平であるという意味で付け加えた言葉だったが。
「そ、それくらい全然構わないって!!」
ユウカは全然気にしていないようだった。
というわけで手を繋いで歩き始めた俺たちだったが。
「…………」
「…………」
開始数分でこの状況が俺の想定外であることが判明した。
ユウカに語った言葉は俺の本心だ。
お姫様抱っこもおんぶもしたわけだし、今さら手を繋ぐくらいと思っていた。
だが、思えばそのどちらも一方的な行動だったのだ。
お姫様抱っこはユウカが暴走した結果で、俺の反応など気にしていなかった。おんぶのときはユウカが寝ていたため反応は無かった。
現在、ユウカと繋ぐ手からは色々な情報が伝わってくる。
ちょっと体勢を崩した拍子に握る手に力がこもると、ユウカも釣られて返してくる。
手を振ると一種の冗談と捉えたのか、ユウカが大きく手を振り返す。
手汗をかいているのは緊張しているからだろうか。……いや、もしかしてこの手汗は俺のものなのか?
「……手汗すごいぞ、ユウカ」
「え……ほ、本当!? って、もうその指摘デリカシーないって!!」
ユウカは一旦手を離すと、服にごしごしとすり付けて手汗を拭く。
その隙に俺も一応手汗を拭いておく。
「ん、もう拭いたから」
「……ああ」
差し出された手を俺は再び握り返す。
伝わり出す情報の中には……俺への好意が含まれてることには気づいている。
「………………」
それはそうだ。
ユウカは魅了スキルにかかっているのだから。
作られた偽物の好意だ。
分かっている。
また勘違いして同じ失敗するつもりはない。
ただ……まあ今はデートのフリをしないといけないのだ。
だから応えるフリくらいはしていいだろう。
今は騙される、裏切られるも無い。
全部幻想なのだから。
「あの店入ってみようよ、サトル君」
「お、いいな」
ユウカと俺は楽しげに目に付いた店に入ることにした。