38話 デートのフリ1
俺とユウカは宝飾店で渡世の宝玉を買ったのなら、対象は富裕層である可能性が高いと考えて、その周辺の高級店街を並んで歩く。
「あの店は服屋か……」
「しかし意外とアクセサリー身につけて出歩いているやつ多いな」
「そういえばこの世界の流行ってどんな感じなんだろう……?」
「気を付けて探さないと」
「あのカップル手繋いで歩いている…………ね、ねえ私たちも……」
「ん、あれは……」
向かいから歩いてくる長身の美人女性の胸元に青い宝石のネックレスを見つける。すれ違い様に凝視して確認するが……いや、中に魔法陣の模様がない。ただの青い宝石か。
ん、あっちの女性のイヤリングは……そもそも紫の宝石だな。
場所柄か宝石をあしらったアクセサリーを身につけている人は多い。見落とさないように気を付けないと。
「ねえ、サトル君」
と、そのとき隣を歩くユウカに服を引っ張られた。
「……ん、どうしたユウカ?」
「私、怒っているの。何でだか分かる?」
ツンとした雰囲気のユウカ。
……放置していたんだがちゃんと言わないといけないか。
「デート中に俺が他の女性に目移りしたからとでも言いたいんだろ」
「分かっているならどうして?」
「あのな、それはデートじゃないからに決まっているだろ。俺たちは渡世の宝玉の探索のために偽装デートをしているんだ。そりゃあ宝石を身につけている女性を見つけたら、渡世の宝玉じゃないか確認するために見るだろ?」
「……。……。……そ、そうですね」
ユウカは虚を突かれた表情になった後、目を逸らして同意する。
この反応、やっぱり探索のこと忘れていたな。
朝から『ごめん、遅れて』『いや、今来たところだ』のお約束のやりとりを要求されたり、歩いている間もずっとはしゃいでいたり、ユウカが浮かれていることは分かっていた。
もしかしたらそれら全てが楽しむフリであり、ユウカがきちんと仕事をしている可能性も考えていたが、そんなこと無かったようだ。
「………………」
だが、それもしょうがないことなのだろう。
魅了スキルにより現在ユウカは俺に好意を持っている。好意を持った異性とのデートが、例えフリだとしても楽しいことくらい、俺にだって分かる。
だからこそ俺は誤解しないように気を付けないと。
ユウカのあの楽しんでいる姿は真実じゃないのだから。
「デートのフリに意識が行き過ぎて、目的である渡世の宝玉の探索を疎かにしたら本末転倒だろ」
「そうだね、これからは気を付ける」
「じゃあ怪しまれないように適度にフリをしながらも、真面目に探索するぞ」
心を入れ替えたユウカと俺は探索を再開した。
「………………」
高級店街を歩くこと数分後。
俺はその一角にある店に目が奪われていた。
そもそもだが俺はファッションというものに頓着がない。元の世界でも最低限おかしくない服装はしていたが、着飾るようなこととは無縁だった。人からの目を必要以上に気にするようならボッチになっていない。
そしてこの高級店街に並んでいる店は、服、カバン、靴などファッション関係がほとんどだった。俺には違いがよく分からないブランドごとに店が出されている。
その並びに元の世界にあった駅前の巨大商業施設を思い出していた。ああいうところも必要以上にファッション関係のショップが入っているとしか思えないんだよな。
だからなのか、その中で俺が唯一興味を引かれる店も同じだった。
「本屋……か」
異世界で初めて見かけた本屋。
商業都市にもあったのかもしれないが、見て回ったりしなかったし。
「…………」
正直中に入りたかった。
ボッチと本は切っても切れない関係だ。
教室でもとりあえず本を読んでおけば独りでいてもおかしくは思われることは少ない。入学して一年ほどだったが、高校の図書室にあるほとんどの本を読んでいた。
そんな本の虫である俺にとってこの異世界の本屋は宝の宝庫であろう。何せ、俺の知っている本は一つも存在しないだろうからだ。
「…………いや」
そんな甘い誘惑を発する本屋から、俺は強靭な意志を以て視線を外した。
デート中ならいざ知らず、今は渡世の宝玉の探索中だ。本屋の客層的に着飾るような人はいないだろう。
ユウカに渡世の宝玉探索に力を入れるように説いておいて、俺が自分の興味を優先したら立場がない。
くっ……さらばだ、異世界の本屋よ。
「…………」
………………ちらっ。
ふむ、巨弾ファンタジー新入荷? ファンタジー世界のファンタジーってどうなるんだ?
新版魔法理論書……この世界における新書系だろう本も気になる。
あなたはこのトリックに必ず騙される……って、どこの世界も売り文句は一緒なんだな……。
「サトル君。本屋に興味があるの?」
「えっ!? い、いや、そんなこと……」
「そんな否定してもさっきから本屋の前から進んでないし、横目で宣伝を追っているの丸分かりだし」
「…………」
思っていたより露骨な態度になっていたようだ。強靭な意志で視線を外す、とは何だったのだろうか?
「気になるなら入ってみようよ」
「っ……そ、そんなわけにはいかないだろ。客層的に宝玉を身に付けている人が本屋にいるとは思えないからな。真面目に宝玉の探索を続けるぞ」
「あー、そういうことね」
ユウカが何やら勝手に納得している。
俺が『本屋が気になって気になってしょうがないけど、さっき真面目に捜索するように言った手前言い出せない』だろうこと分かってますよ、的な雰囲気だが、そんなことない。誤解だ。
何が誤解かって? ……とにかく誤解なのだ。
「じゃあ、ほら。もしかしてってことはあると思うよ」
「もしかして?」
「人間なんて完全に合理的なわけじゃないんだからさ。見せびらかすために宝石を身に付けるような人でも、ふらっと本屋に入る可能性も考えられるでしょ」
「それは……」
「うん、きっとそうだって。だからとりあえず入ってみよ」
「あ、ちょっ……!」
ユウカが俺を連れて強引に本屋に入る。
『とにかく本屋にさえ入ればサトル君も素直になるだろう、やれやれ世話が焼けるな』という思惑が見え隠れするが、そんなことない。間違っている。
何が間違いかって? ……とにかく間違いなのだ。
「へえ、色んな本が置いてあるね。雰囲気も元の世界の本屋そっくり」
「まあマンガも雑誌も無いみたいだから、どちらかというと図書館だな」
「あ、言われてみれば。よく見てるね」
「……渡世の宝玉を探すためだ」
そうだ、本屋に入ってしまった以上仕方ないからな。ユウカの言ったこの中に渡世の宝玉を身に付けた人がいる可能性も考えられる。
だから捜索のため、不本意だが本屋を回ることにしよう。うん。
絶対に本屋の魅力に負けたりしないんだからな……!
数分後。
「なるほどな……魔法やスキルが当たり前に存在すると創作にもこんな違いが……」
「似たような本があっちに特設コーナー作られてたよ」
「本当か!?」
「うん。行ってみよ」
目を輝かせて本屋を回る俺がいた。
本屋の魅力には勝てなかったよ……。