36話 おつかいイベント
ユウカこと私は、この観光の町に来てからの一週間を振り返る。
一日目は予定通り役場に向かった。
受付で教会の取り壊しについて知りたいと話すと、応対してくれた若い事務員はそもそも女神教自体を知らなかった。
なので一番古株の人に取り次いでくれたが、その人も女神教のことは知っていてもこの町に教会があったことすら知らなかった。
なので役場に残っている何十年分もの資料を全て借りた。公共工事についての資料だけで良かったのだが、ちゃんと整理が出来ていなかったようで議事録、連絡メモ、予算表など雑多に入り混じる中から探さないといけなかった。
私たち三人総当たりで調べ始めたが、収穫無くその日は終わった。
二日目も朝から引き続き作業を続けて、夕方ごろようやく教会の取り壊した工事の資料を見つけた。
どうやら40年ほど前に行われたこと、そして内部から出てきた物は当時の町長が受け取ったことが判明した。
三日目は当時町長だったという人物にアポを取り話を聞こうと思ったが、40年前で既に高齢だったため亡くなっていることが分かった。
そのため息子である人に話を聞くことにしたが、当事者でないためどうなったかは知らないということだった。
アポを取るために使った時間もあり、その日の調査はそこで終了した。
四日目はその息子さんに頼んで遺留物の中に渡世の宝玉が無いかを調べた。
町長を務めるくらいなのでその屋敷は大きく、捜索するだけで一日が終わった。宝玉は見つからなかった。
五日目。捜索したのに見つからないのは変だと関係者に色々と聞き込み回った結果、どうやらお金に困った屋敷の清掃係のおばさんが遺留物の中から価値のありそうな物を盗んで一年ほど前に売り払ったのだと白状した。
私たちが息子さんに突き出すと『困っていたなら相談してくれれば良かったのに』『申し訳ありません』と何やらドラマが始まったが、私たちが関与することでもなくどこに売り払ったのかだけを聞いて後にした。
六日目。遺留物を買い取ったという業者に話を聞く。するとその中に渡世の宝玉はあったということで、今度こそ手に入ったと思った。
しかし、そこは買い取った物も販売する現代で言うリサイクルショップのようなもので、商品として出されていた渡世の宝玉は既に購入されていた。
購入者が誰なのかと聞くと、顧客の情報を伝えるのはちょっとと難色を示されたが、リオが『間違って売ってしまったんですけど、祖父の大事な形見の品なんです! どうか教えてくれませんか!』と真に迫った演技を披露して、漏らしたことを絶対に口外しない代わりに教えてもらった。
七日目。教えてもらった購入者、富裕層向けの高級宝飾店を訪れる。この店のオーナーが渡世の宝玉を買ったのだ。
リサイクルショップの店員がそのとき聞いた話によると、加工して商品として売り出すつもりとのこと。
なので店内を一巡するが、渡世の宝玉らしき商品は見つからない。ここでもまた誰かに買われたのだと推測した。
店員に買った客の話を聞いたが、店の信頼問題だからと何も教えてもらえなかった。宝石店の顧客情報はそのまま泥棒の標的になる。明かせないのも分かるところだ。
仕方なく出入りする客に話を聞いて回ると、常連の一人がそのような青い魔法陣が浮かぶ宝石をあしらったアクセサリーがこの前まで店頭に並んでいたが、最近無くなったので誰かが買ったんじゃないかという情報を聞けた。
どのような種類のアクセサリーかは覚えていなかったようだったが、特徴的な宝石だったため間違いはないと太鼓判を押された。
そして夜になったため調査を切り上げ宿屋に戻って……現在に至る。
「ああもう、おつかいイベントはうんざりだ!!」
夕食の席でサトル君が心から叫ぶ。
ゲーム用語らしいそれを私はゲームをしないので知らなかったが、この数日サトル君は何度も同じ事を言っているので意味は教えられていた。どこどこに行ってくれ、という依頼が連続することをおつかいイベントというらしい。
「そうですね……流石に私もグッタリです」
前回の宝玉が楽に手に入っただけで、普通はこんなものですよ、と連日サトル君をなだめていたリオも、今日は同意していた。
「だ、大丈夫だよ。あともう少しのはずだし……たぶん?」
私のみんなを奮い立たせる言葉もついに疑問形になってしまう。
「……まあ、そうだな。宝飾店に売られていた商品を買ったのは個人だろう。今度こそ他の場所に手渡っていないはず」
「そうですね、あと一歩のはず」
それでも効果があったようでサトル君とリオが少し前向きになったところに、私は続けて発破をかける。
「そうだよ! だからどこの誰が買ったのか全く手がかりもないけど、頑張って探そうね!」
「ぐはっ……!!」
「……」
サトル君が大ダメージを受けたような断末魔を発し、リオの目が虚ろになる。
どうやら二人にトドメを刺してしまったようだ。
……うん、言ってから私もマズいなと思った。
しばらくしてダメージから回復した二人がポツポツ話し始める。
「まあ現実問題あとは総当たりするしかないよな……だったら最初からそうするべきだったか?」
「誰かが宝玉をしまって表に出してないんじゃないかという不安を抱えながら調べるよりはマシですよ」
「でも今回買った客がしまっている可能性とか観賞用で家に飾っているという可能性もあるぞ?」
「新しく買った宝石ですし、見せびらかすために身につけて出歩いているはずですよ……たぶん」
「観光客が旅先で珍しい宝石を見つけた、と買ってもう元々住んでいた町に戻っている可能性も……」
「考えたくないです……」
サトル君の考えがネガティブになっている。
でも実際サトル君の言った可能性は全て考えられるものだ。特に最後の可能性、もうこの町から出てしまっている場合はお手上げだろう。
「せめて何のアクセサリーに使われていたのか分かったら助かったんだが。あの店に並んでいた種類全ての可能性があるんだろ?」
「ブローチにネックレス、指輪やイヤリング……宝石を使ったものって色々ありますからね。……やっぱり無理でしょうか?」
リオまでネガティブになりかける。
「で、でも見つかりさえすればスパイ問題解決で節約したおかげでドラゴンの交渉で得たお金がたくさんあるし、買い取ることは可能だよね!」
私は悪い流れを断ち切るため前向きな発言をかける。
「そうだな……余裕はあるし、元の二倍や三倍の値段を吹っかけてでも絶対に譲ってもらおう」
「うん!」
「つうかここまで来て諦めたらそれこそ今までの苦労が何だったんだって話だよな」
「そうだよ!」
少しずつサトル君が前向きになる。……躁鬱激しくて少し心配になったけど、状況が状況なだけに仕方ないはず。
「よし。じゃあ後は総当たりなんだ。明日は手分けして探すことにするか?」
「そうだね、これまでみたいに三人一緒に探す必要もないよね」
サトル君の提案に私は頷く。
この流れでリオも前向きにしようと、そちらを見てみると。
「手分け……して……?」
雷に打たれたような衝撃を受けていた。
「えっと……リオ?」
一変した雰囲気のリオにおそるおそる声をかけるが届いてないようだ。
私が見守る中、リオは考え込む様子を続けた後。
「ふふっ……」
小悪魔的な笑みを浮かべて私をチラリと見た。
……え、今のどういう意味?
しかしそれも一瞬で、リオはいつもの調子でサトル君に話しかける。
「そうですね、サトルさん。手分けして探すこと賛成です」
「そうか。じゃあどう分かれるか?」
「まず前提として三手に分かれるのは無しです。サトルさん一人にすると身を守る手段が無いというのは以前にも言いましたよね。この町でちょっと良くない噂を聞きますし、警戒するに越したことはありません」
リオの言うことはもっともだけど……じゃあ何故私にあのような表情を向けたのかピンと来ない。それに良くない噂って何だろう?
「じゃあ二手ってことになるか。戦闘力のない俺がユウカかリオのどちらかと組んで……」
「それはもちろんユウカです」
「……? どういうことだ?」
「手分けする意味を考えればってことです。同じ場所を探しても仕方ないですし、色んな可能性を想定しないといけません。ですから私は富裕層が家に飾っている可能性を想定して別荘地で聞き込みをします。あの店員の時と同じように『祖父の形見なんです!』と訴えれば話は聞いてもらえるでしょう」
「あー、あのときの演技は凄かったな。いきなり何言ってんだってこっちが困惑するくらいだったし。そして聞き込みは一人で十分だから、俺とユウカが組めってことか」
「理解が早くて助かります」
ニコッとするリオだが……何故かそれを見て私は鳥肌が立った。
一体私の親友は何を企んでいるのだろうか?
「俺たち二人はどこを探せばいいんだ?」
「誰かが身につけて出歩いている可能性を考えて人の多い場所を探し回ってもらえますか? もうこの町から出てしまった可能性は一旦置いておきましょう、キリが無くなるので」
「人の多い場所か。観光の盛んな町だけあって候補はたくさんあるけど、そこを回っていくって事で……」
「あ、一つ注意事項があります」
「……何だ?」
「それは露骨に宝玉を探している雰囲気を出してはいけないということです。考えても見てください。観光地で他の客が身につけているものを窺って回る人がいたらどう思いますか?」
「引ったくりが獲物を品定めしているように思えるな。なるほど」
「ええ。なので他の観光客に紛れるために、楽しむことを忘れずに回ってください。そうですね――」
リオは私の方を流し見ながら、その言葉を告げる。
「ちょうどサトルさんとユウカの男女二人きりなのですから、まるでデートでもしているような雰囲気で観光地を回るとかどうでしょうか?」
「…………」
デート……?
デートって……男女が連れだって楽しむ……あのデート、だよね?
それを……私とサトル君が……?
「ふふっ……楽しみですね♪」
リオは二人に聞こえないようにつぶやいた。