34話 幸せ
話が終わったときにはもうすっかり夜になっていた。
今からでは空いてる宿も見つからないだろう、ということで会長の厚意により、オンカラ商会・本館にある客室に俺たちは一晩泊まった。
そして翌日の朝。
「性急だな。今日にはもうここを旅立つのか」
「渡世の宝玉が手に入った以上、長居は無用なので」
俺とオンカラ会長の二人は、昨日色んなドラマのあった会長室にいた。
リオとユウカの二人はドラゴンの交渉において最後の詰めをするために出ておりこの場にはいない。ヘレスさんも仕事の準備で離れているようだ。
「少年たち女神の遣いの使命だったな。このオンカラ商会が全力でバックアップしよう」
「それについては助かります」
話が付いた後にオンカラ会長が言い出したことだった。
当初の交渉通りスパイ問題について完全に解決したため渡世の宝玉を譲ってもらい、しかもここ以外の渡世の宝玉の行方についてオンカラ商会が捜索を手伝うと提案したのだ。
教会の取り壊しはかなり昔に行われたことだ。今回こそ運良く宝玉の行方がすぐに分かったが、普通はそう簡単に行かないだろう。
だからとてもありがたい申し出ではあるが、流石にそこまでさせるのはと思い断ろうとした。しかし会長はすでに各地にあるオンカラ商会の支所へと指令を出していた。強引な人である。
「何、世界が無くなっては商売も出来ないからな。それに恩人のために尽くすのは当然だ」
「恩人って……俺たちのことですか」
「ああ。少年たちが居なければ、今もヘレスは苦しみ、私は気づけないままだっただろう。感謝している」
「あ、また……顔を上げてください」
オンカラ会長とヘレスさんは俺たちに恩義を感じているようで、昨日から何回も頭を下げられた。
「どうしてそのように遠慮するのだ? 少年がしたことはとても大きな事だぞ」
「結果的にそうなったとしても……子供の癇癪のようなものですから」
ユウカに言われた通り、俺がやったことはトラウマを刺激されてオンカラ会長とヘレスさんの関係を壊したことだけだ。
ユウカが人を信じて、諦めず理想を追い求め続けて、二人の思いに気づきまた絆を結び直さなければバラバラになっていた。
「難儀なのだな」
「……そうですね、自分のことながら厄介なやつだと思います」
自分が人を信じるつもりが無いことを、何も変わってないことを痛烈に感じさせられた。
だが、思えば俺はそんなやつだった。
毎年夏休みが来る度に『今年こそは宿題を7月中に終わらせる』なんて目標を立てて、結局最終日に慌てていた。
人を信じられるようになる、という目標立てるだけ立てて、何の努力もしていなかったのだ。
だったらどうすれば人を信じられるようになるのか。
そのための努力って……一体何をすればいいんだろうな?
「そういえば……ヘレスさんの処遇はどうなったんですか?」
「ああ、言ってなかったな。昨夜、内密にリバイス商会の会長と話して取り引きをしてきた。ヘレスによるスパイ活動について不問にする代わりに、今後一切ヘレスに関わらないように要求した。相手は二つ返事だったぞ、まあスパイ活動のことを公にされてはリバイス商会も立つ瀬がないからな」
「今まで被害を受けてたのに許したんですか。……やろうと思えば、ヘレスさんによってリバイス商会に逆スパイを仕掛けて報復することも出来たでしょうに」
「分かっておる。だからこれはヘレスにもう手を汚して欲しくなかった私のエゴだ」
本当にオンカラ会長がヘレスさんを思っていることが伝わってくる。
「それでこれまでと変わらずヘレスさんが秘書を続けるんですか?」
「ああ。商会内部の人間にもスパイ事件の顛末は話した。ヘレスが犯人だったという事も含めてな。しかし私の我が儘でヘレスに秘書を続けさせて欲しいと頼んで……最初は反対されたな」
「大丈夫だったんですか?」
「ああ。反対とは言ったが一般常識の観点によるものだ。皆ヘレスを慕っていたからな、最終的には満場一致で承認されたよ」
そういえばあの受付の人もずいぶんヘレスさんを尊敬していた。ヘレスさんはスパイでオンカラ商会を裏切っていたわけだが、そんな中でも関係を築いていたのだろう。オンカラ会長に対してと同様に。
「……ごめんなさい。ヘレスさんに自白をさせるためとはいえ、魅了スキルをかけてしまって。命令は全部解除しましたが、魅了スキル自体は解除できないんです。だから彼女は俺に好意を持ち続けることに……」
「何、気にするな。恩人に好意を持つくらい普通のことだ。それくらい構わぬ」
本当に気にしていないという様子の会長。何とも器の大きな人だ。
「失礼します、会長。そろそろ出かけないと商談に間に合いません」
「おお、そうか」
そのときヘレスさんが会長室に入ってきた。
会長とヘレスさんは今日も変わらず忙しいようだ。そしてそれはとても幸せなことなのだろう。
「……じゃあ俺も行こうと思います。ありがとうございました」
俺は一礼して会長室を出て行こうとするが。
「ああそうだ、一つ聞くのを忘れておった、少年よ」
「何ですか?」
「酒場で言っただろう。今度会ったら両手の花のどちらが本命なのか教えて欲しいと」
「……その話ですか。言いましたよね、二人は魅了スキルが暴発した結果で一緒にいるのだと」
魅了スキルの詳細については開示したため、ついでにその話もしていた。
「そうは言っても男だ。一緒に旅をする内に、どちらかに引かれていたりはしないのか?」
「ありません。今度こそ失礼します」
商会の長らしくない下世話な話を打ち切って俺は会長室を後にした。
サトルの去った後の会長室にて。
「ふむ、そうか。少年のことだから嘘は吐いていないのだろう。……ならばいつか気づけるといいがな。自分の寂しい生き方に本気で怒ってくれる少女の気持ちを」
「私も心からそう思います。彼には彼女がピッタリでしょう」
「……では私たちも行くとしよう。今日の最初の案件はどこだったか?」
「それなら――」
二人はいつも通り仕事の話を始めた。
ーーー
ユウカこと私は諸々の案件を終わらせて、サトル君との待ち合わせ場所であるオンカラ商会・本館に帰る途中だった。
「無事に終わりましたね。では今日の内に出発して、次の教会跡地に向かいましょうか」
隣には付き添ってくれたリオがいる。
商業都市は今日も盛況で、たくさんの歩行者で溢れている。はぐれないように気を付けて歩きながら口を開く。
「リオ、今回の件で私分かったよ」
「だと思いましたよ」
リオは私の言いたいことなどお見通しのようだった。なので前置きなしに告げる。
「サトル君は……幸せになるつもりが無いんだね」
私とサトル君が結ばれるための障害は根深いものだった。
「幸せの形は無数にあるので語弊を生まないように幸せを+の出来事、不幸を-の出来事とでも簡単に定義しておきましょうか」
「うん」
「それでサトルさんは+を求めていません。何故なら+になってしまえば、-になってしまう危険が常に付きまといます。
サトルさんの理想は『0』がずっと続くことです。+が無い代わりに-も無い。
元々サトルさんにはそういう気質があったのでしょう。それが恋愛での失敗により強化され、恋愛アンチへとなったわけです」
欲がない若者は近年よく言われる問題だ……って高校生の私が言うのもなんだけど。サトル君はそれが極端に現れているということなのだろう。
私の考えとは大きく違っている。
「私ね。サトル君を見ていて気づいたんだ。これまで意識したこと無かったんだけど自分が『人はすべからく幸せを目指して生きるべき』って思ってることに」
「端から見ている私は分かってましたけどね。だからサトルさんとは根本的にズレていると表現したわけですし」
「だって寂しいじゃん。人生は一度きりなのにただただ生きたってだけだと」
「だから失敗を恐れるサトルさんに、失敗が起こるかもしれない理想を求める道を歩めと言うんですか?」
「うん。だって恋愛アンチのままだと私の方を振り向いてもらえないでしょ。でもそれだけじゃなくてね――」
サトル君がどんな傷を抱えているのか。
私はリオの勝手な予想でしか知らない。
おそらくもう二度と失敗したくないというほどに傷ついたのだろう。
その痛みを知らない私がとやかく言うのは間違っている。
だからサトル君のことを全て知りたい。
そしてその生き方を変えて見せたい。
その衝動の発端は――。
「私はサトル君にも幸せになって欲しいんだ」
「……傲慢ですね」
「悪いかな?」
「いえ。サトルさんの凝り固まった思想を壊すにはそれくらいがちょうどいいですよ」
「ありがと」
「これからもサポートしていきます。頑張っていきましょう!」
「おー!!」
私とリオ、二人で拳を突き上げる。
「あ、二人ともちょうど良いタイミングだな。用事が終わったならさっさと行こうぜ」
そのときオンカラ商会・本館前で出迎えるサトル君の姿が見えた。
決意を新たにして私たちは次の目的地を目指す。
2章『商業都市』編、完。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
3章『観光の町(仮)』編の準備のため少し休みます。
続いて読んでもらえると幸いです。
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