31話 交渉
「すごくすっきりしておいしいです!」
ユウカこと私は振る舞われたお茶に対して感想を述べる。
オンカラ会長と秘書のヘレスさんに会うことが出来た私たちは早速交渉に入ろうとした。
しかし会長が『今日は礼を言うために呼んだんだ、まずは歓迎させてくれないか』と提案したため、私たちはヘレスさんが淹れたお茶を片手にテーブルを囲んで座っている。
「そうであろう。ヘレスの淹れるお茶は絶品でな」
「恐縮です」
オンカラ会長の誉め言葉に素っ気ない反応のヘレスさん。
「先ほどは断っておいて正解でしたね。こうなると思っていましたし」
リオの言葉は先ほど受付の人にお茶を持ってこようか提案されたのを断ったことだろう。
「…………」
サトル君は無言でお茶を飲んでいる。表情から焦れていることは見て取れた。さっさと本題に入りたいけど、この雰囲気から言い出せないんだろう。
「さて。今回はドラゴンについて交渉相手を当商会に選んでくれたこと、とても感謝している」
しばらくお茶を楽しんでから、おもむろにオンカラ会長が切り出した。
「オンカラ商会を選んだのは別の目的があるからだ」
サトル君がぶっきらぼうに返す。
「だとしても感謝していることには変わりない。……だからその気持ちを行動で表そう。君たちだろうと思っていたから、ここに来る前に倉庫から引っ張り出しておいた」
オンカラ会長はポケットから小箱を取り出して、中身を見せる。
そこにあったのは中に魔法陣が描かれた青い宝石。
私たちが求めている渡世の宝玉そのものだ。
「ユウカの持っている一個目と全く同じですね」
「これで二つ目だ!」
元の世界に戻るために一歩前進である。
「本物か……一安心したな」
私とリオが喜んでいる中、一人サトル君だけは別のところに着目していた。
「それって……本当はオンカラ会長が渡世の宝玉を持っていないんじゃないかと疑っていたってこと? もう失礼だよ、サトル君」
「いや、いい。元々酒場で飲んだくれていたおっさんがした話だからな。信じられないのも分かる」
オンカラ会長は許したけど……私は何か嫌だな。そういう考え方。
「しかし三人でドラゴンを倒したという話は驚いた。失礼は承知だが……もし良ければステータスを見せてもらえるだろうか」
「分かりました」
「……あ、おいっ」
私は即答してステータスを開いたため、サトル君の制止の声は間に合わなかった。
たぶん軽率なことはするな、と注意するつもりだったんだろう。
ステータスは個人情報だ。他人に見せびらかすものではない。
私だって分かっているけど……オンカラ会長は信頼できる人だ。問題ないだろう。
「ふむふむ……職は伝説の傭兵と同じ『竜闘士』か。それにスキル欄にもびっしりと有用なスキルが……」
「目を見張るような内容ですね。……しかし納得しました。確かにこれならドラゴンをテイムすることが出来るでしょう」
どちらも反応は薄目だがオンカラ会長とヘレスさんは私のステータスを見て驚いているようだった。
それにしても……リーレ村の村長の息子、イールさんも言ってたけど、私と同じ『竜闘士』らしい伝説の傭兵ってどんな人なんだろう?
「ユウカが見せたなら、私も見せておきましょうか」
リオも私に続いてステータスを表示する。
「こちらの少女は魔導士で……高位魔法含めて、ほとんどの魔法が使えるのか」
「二人だけでちょっとした軍隊レベルの戦力ですね」
ヘレスさんの評価は大げさではないだろう。実際百人で苦戦するドラゴンを二人だけで圧倒したわけだし。
「そうなると残る少年は……」
「期待しているところ悪いが、俺はステータスを見せられない。それに職もただの冒険者だから、二人と違って戦闘力は全くないぞ」
サトル君はにべもなく断る。
オンカラ会長は私、リオとステータスを見て、サトル君も同じくらい強いと思ったのだろう。でも、サトル君は初期職の冒険者だ。
ステータスを見せられないのは、サトル君の気持ちもあるのだろうが、魅了スキルの存在について明かしたくないからだろう。女性を支配できるそのスキルは、知られると欲望の標的にされてもおかしくない。だからなるべく秘密にするべきとは分かっている。
「……そうですか」
ヘレスさんは頷くが疑問を抱いていることは見て取れた。
ただの冒険者であるなら、どうして私とリオのようなとても高い戦闘力を持つ人と組んでいるのか気になったのだろう。魅了スキルの存在を知らなければ腑に落ちるはずがない。
しかし何らかの事情があることを察して質問はしなかったみたいだ。
「三人ともどうだろう、オンカラ商会に入るつもりはないか? 今なら最高の待遇で迎えることを約束しよう」
「お誘いは嬉しいですが、私たちには使命があって……ごめんなさい」
「使命……というと、酒場で少年が言っていた女神の遣いといったものか。異なる世界より女神によって召喚され、元の世界に世界を戻るため、この世界を守るために渡世の宝玉を集めると」
「はい」
「少年の様子から嘘は吐いていないのだろうとは思っていたし、こうして宝玉を手に入れるための執念を見せられては認めるしかないが…………世界の危機か」
オンカラ会長が悩んでいる。
理屈では真実だと思っていても、スケールが大きすぎる話に本能が否定してしまうのだろう。
「ヘレスはどう思う?」
「……判断が付きかねますので、私は会長の選択を全面的に支持します」
「そうか。ならばなおさら慎重に考えないといけないな」
ヘレスさんが寄せる全幅の信頼に、オンカラ会長もさらりと応える。
「お二人って付き合っていたりしないんですか?」
二人の絆を感じさせるやりとりに、私は気づいたときには口を開いていた。
「ユウカ……その質問は流石に……」
「恐れ知らず過ぎるだろ」
絶句するリオに、サトル君に呆れられる始末。
「あ。ご、ごめんなさい!! 私失礼なことを聞いてしまって……!」
慌てて私は謝った。
しかし、二人には聞こえていないようだ。
「そうだな……ヘレスとはもう十年来の付き合いだ。様々な難局を共に乗り切った右腕であることに、私に伴侶がいないこともあって、邪推をされるのは初めてではない。……だがそのようなことは一切無い。大体もう50にもなるおっさんでは釣り合いが取れないだろう」
「商会で歴代の中でも一番に才があると言われている会長です。対して私はその補佐でしかありません。愛想もない女ですし、私の方こそ会長に釣り合いが取れていません」
「…………」
二人の否定が本心ではないことは誰にでも分かった。
「あら……」
リオも興味深そうにしている。さっきまで私に絶句していたのに。
そしてサトル君も………………。
「えっと……大丈夫、サトル君?」
サトル君の反応を窺った私は思わず心配した。
オンカラ会長とヘレスさんを見ているサトル君の表情が、今までに見たことが無いほどの渋面だったからだ。
だけどそれも一瞬のことで。
「オンカラ会長、渡世の宝玉の交渉について一つ提案があるんですか」
今度は不自然なほど無の表情を作って、サトル君はオンカラ会長に話しかける。
「……何だ、少年よ」
感傷に浸っていたオンカラ会長は切り替えて応じる。
「渡世の宝玉の『対価』に払う物を、お金から別の物に変更したいんですが」
「……どういうことだ? 宝玉は高い価値がある。その『対価』になるほどの物をお金以外で用意できるというのか?」
オンカラ会長の疑問はもっともだ。
「はい。俺の行動で用意します。現在オンカラ商会を悩ませているスパイ騒動……それを完全に解決した暁には渡世の宝玉を譲ってもらえないでしょうか?」
「…………」
サトル君の提案は……当初想定していたものだった。
でも『ドラゴンの交渉でお金がたくさん入った今はわざわざする必要がない。それに時間をかけるくらいなら次の渡世の宝玉を探しに行った方がいい』というサトル君の考えを私は聞いていた。
なのにどうしてこのタイミングで心変わりしたのか?
「返事をお聞かせください」
サトル君の能面のような表情からは何も読み取れない。