30話 世間話
それから少ししてドラゴンの移送について話がまとまったため、後は流通部門の人たちに任せて俺たちは商業都市の内部に戻った。
オンカラ商会・本館を再び訪れるとそのまま応接室へと通される。
「ユウカにサトルさん。そちらの話は付いたんですか?」
そこにはドラゴンの売買において条件の交渉をしていたリオがいた。対面には最初に俺たちに対応した受付の人もいる。
「さっき終わったよ。リオの方は交渉どうだった?」
「ええ。かなりの金額もらえることになりました。渡世の宝玉を買い取っても十分にお釣りが来るほどです」
「……あまり無理言ってないよね?」
「大丈夫ですよ。ギリギリを見極めましたから」
「リオさんにはありとあらゆる揺さぶりからこちらの限界を探られて……本当ここまでやりにくい人は初めてです。結局押し負けました」
受付の人がグッタリしている。どうやら熱い交渉バトルがあったようだ。
「それとオンカラ会長と秘書のヘレスさんは一時間後、私たちにお礼を言うため会ってくれるようです」
「こう見えて私もオンカラ商会入って長いですが、それでもドラゴンを取り扱うのも初めてですからね。王国とのパイプも補強されましたし、皆さんには感謝してもしきれません。会長の気持ちも同じだと思います。ですからこの後の視察を延期して皆さんと会うことに決めたのでしょうし」
「……そうか」
わざわざ用事を後回ししてでも俺たちと会うほどの『価値』があると示すことが出来たわけだ。同時に対価の用意も出来たようだし、この地における渡世の宝玉は手に入れたも同然だな。
「じゃあ一時間はのんびりする?」
ユウカが提案する。確かにあとはオンカラ会長が帰ってくるのを待てばいいだけだ。
思えばこの商業都市に来てからまだ二日しか経っていないが、その間かなり密度の濃い時間を過ごしていた気がする。ここらでゆっくりしても罰は当たらないだろう。
「そうだな。ここの応接室にいてもいいんですか」
「ええ、もちろんです。用があったら何でも申しつけてください!」
受付の胸に手を当てて任せてくださいとアピールする。
俺はその言葉に甘えてソファに腰掛ける。とてもフカフカで座るというより沈むという感触だ。この都市で一番の勢力を誇る商会だけあるな。
「お茶とお茶菓子も持ってきましょうか!」
やる気満々の受付の人だが、肩肘張りすぎていて見ているこちらが疲れてきそうだ。
「いえ、そこまではいいですよ」
リオがやんわりと断る。
「遠慮しないでください! 皆さんをもてなすことが現在の私の仕事ですから!」
「そうですか……なら、少し世間話に付き合ってもらえますか?」
「おやすいご用ですよ!」
「なら……今回のドラゴンの売買に関してです。これだけ大きな商談ですと、邪魔されたりしたら大変ですよね」
世間話というには話題が切り出しから物騒だ。
「……え、ええ。そうですね」
案の定受付の人も困惑している。
「もう、リオ。迷惑かけちゃだめだよ」
ユウカが止めに入る。
「そのつもりはないですが」
「大体誰が邪魔するのよ。オンカラ商会ってこの都市でも一番の力を持つんでしょ?」
「ええ。ですから正面切って横槍入れるような人はいないでしょうね。ですが手段なんていくらでもあるものですよ」
「リオさんが心配しているのはスパイについてですか?」
リオの遠回しな言葉は受付の人に伝わったようだ。
スパイ……あーそういやそんな話があったか。
古参のオンカラ商会に入り込んでいる新参のリバイス商会のスパイ。機密情報が漏れているとしか思えない状況から巷で噂されているほどの問題。
スパイを捕まえれば交換で渡世の宝玉を譲ってもらえるように交渉出来ると思っていたが、今はドラゴンの交渉で得たお金があるからな。魅了スキルでズル出来るとはいえ、スパイ捜査には時間がかかるだろう。だったら金で済ませられることは済ませて、次の渡世の宝玉を探しに行った方がいい。
なので興味ないな、とこれまでの疲れと座り心地の良さからうとうとしだしたところで。
「それならしばらくは大丈夫ですよ。この前新たにスパイが捕まりましたので」
「…………」
受付の言葉に気になるところがあって目をつぶったまま耳を傾ける。
「しばらく……新たに、ですか?」
リオも同じところが引っかかったようで聞き返す。
「というのも……って、これよく考えたら外部の人に言っていい情報じゃないような……」
今さらながら受付の人が気づく。商会の内部情報だし、いくら俺たちが上客だからって話していいものではないだろう。
「えー、そこまで言ったのにお預けはないですよ」
「もう、リオ…………と言いたいところだけど、正直私も気になります」
「二人ともですか」
「私たちしかいませんしいいと思いません? それにさっき何でもしますって言いましたよね?」
「あ、言いました、言いました!」
「……もう仕方ありませんね。絶対誰にも内緒ですよ♪」
「はい♪」
「分かってます♪」
仕方ありませんといいながら、受付の人の声音がウキウキしている。おしゃべり好きなのだろう。
こうして内緒話って広がっていくんだな。
「リオさんたちはスパイのことについて、どこまで知っているんですか?」
「私が聞いたのはオンカラ商会の機密情報がリバイス商会に流れているとしか思えない状況だってことくらいですね」
「私もリオが知ってる話を聞いただけだから一緒かな」
「では順番に話しますね。まず情報漏洩が発覚した時点で内部調査会が発足するんです。ヘレスさんが長を務めて、内密に調査を始めます」
「ヘレスさんというと、オンカラ会長の右腕の秘書ですか」
「信頼されてるんだ」
「二人とも知っていたんですか。ヘレスさんは能力が高いですからね、すぐにスパイを見つけるんですよ。その後は調査会に呼んで聴取するんです。けど、毎回スパイは『自分は違う』って否定するそうですね」
「まあ認めませんよね」
「ご、拷問とかしませんよね?……」
「そんな野蛮なことはしませんよ。実際聴取した時点でスパイの証拠は掴んでますからね。他にも調査を進める途中で業務上の横領だったり別件の犯罪も見つかったので警察に引き渡して終了…………なら、普通なんですがね」
「ええ、ここまでだと普通の案件ですね」
「どうなるの……?」
「スパイを捕まえてしばらく、まあ一年ほど経つと、また情報漏洩が起きてしまうんです」
「ということは……新たなスパイが?」
「また見つけないと!」
「ええ。さっき言った流れが、スパイだと認めなかったり、別件の犯罪が見つかった点も含めて、そのままもう一回あり、新たなスパイも警察に引き渡しました。……ですが、しばらく経つとまた情報漏洩が……」
「ループしてますね」
「その度に何回もスパイを捕まえてるってこと?」
「そういうことです。もう何人か捕まえていて、最新は一ヶ月前ですね」
「先ほど『新たに』って言ったのはそういうことですか」
「だから『しばらく』は大丈夫って言ったんですね。これまで通りならスパイを一度捕まえると情報漏洩もしばらくは収まるから」
「はい。スパイを捕まえることは対処療法でしかありません。もっと根本的に解決したいとは私はもちろん、オンカラ会長やヘレスさんも同じ気持ちを持っていると思います」
「根本的というと……何故捕まえても新たにスパイが出てくるのかってことですね」
「元スパイだった人に話を聞けば……って、スパイだと認めてないんだったね」
「話を聞きに言っても『自分はスパイじゃない!』と開き直られて調査は難航している状態です」
「考えられる可能性は、スパイが潜入しているわけではなくて、寝返らせているといったところでしょうか?」
「例えばリバイス商会の人が、オンカラ商会の人に『金を渡すから情報を売れ』みたいなことをしているってこと? それなら何人捕まえても終わらない理由が分かるね」
「ええ。商会も現在その方向で考えていて、リバイス商会に対する調査をしているところです……あ、これは本当ヤバいので秘密にしてください」
「分かりました。しかし…………本当に…………いえ……ですが…………」
「どうしたの、リオ? 何か考え事?」
「気になることがあるんですか?」
「ちょっと他の可能性について考えたんですが……まあ、あり得ませんね。忘れてください」
「えー、何? 気になるじゃん」
「…………」
その後三人は違う話で盛り上がり始めた。
恋愛話やこの町で有名な食べ物屋などの話題には興味は無く、今の話について俺なりの考えを練って……そして結論を出した。
一時間後。
「ここが会長室です」
俺たちは受付の人に連れられるまま、オンカラ商会・本館の最上階を訪れていた。
受付の人は扉をノックする。
「会長。三人を連れてきました」
「ああ。入りたまえ」
「……だそうです。では、私はこれで」
受付の人は俺たちに一礼すると、来た道を帰って行った。俺たちをここまで連れてくるのが仕事だったのだろう。
「失礼します」
ユウカが扉を開けて入り、俺とリオが後に続く。
会長室入って正面の執務卓。そこに目当ての人物は座って俺たちを待ちかまえていた。
「やはり君たちか。ドラゴンをテイムした者の特徴報告を受けたときはもしやと思ったが……まさかあれから二日も経っていないのにまた会うとはな」
この都市の渡世の宝玉の持ち主。
オンカラ会長。
「言われたとおり『価値』を示したぞ。『対価』の用意もばっちりだ」
一歩前に出た俺はカッコつけて言い放つが。
「まあどちらもドラゴンと戦った私とユウカのおかげですけどね」
「ちょっとリオ、サトル君が話してるんだから黙ってないと」
後ろの二人のヒソヒソ声でいろいろ台無しだった。