29話 後始末
「これは……すごいですね」
受付の人が感嘆の声を上げる。
俺とリオ、そして受付の人の三人は商業都市の外までやってきていた。
そこにはテイムされたドラゴン二体と、その主であるユウカがいた。
経緯はこうだった。
洞窟の広場でドラゴンを討伐目前まで追いつめた俺たちは、子供を庇っている姿から躊躇した。
しかし、生きているだけで周囲に魔物を発生させるドラゴンを見逃すのもどうかと悩んでいたところ、ユウカが『竜闘士』のスキルによる第三の選択肢を示したのだ。
「じゃあやるね。『竜の主』!!」
『竜闘士』のユウカはドラゴン限定のテイムスキルを発動する。
またスキルだけは駄目で、テイムするためにはその対象に圧倒的な力を見せることも必要なそうだ。
その二つを満たした結果、ドラゴンは主であるユウカの命令を聞くようになり、また付属的な効果として周囲を汚染して魔物を発生させてしまう影響も抑えることが出来るらしい。
子供のドラゴンも同じようにテイムが成功した後、傷ついた親ドラゴンにリオが回復魔法をかけて治癒させる。
そしてドラゴンに乗って、空を飛び商業都市付近まで帰ってきたということだった。行きより早く数時間で帰ってこれたのはこのためである。
ドラゴンはテイム状態でも安全上の問題やそもそも道の幅が足りないことから商業都市の内部へは立ち入り禁止のようだ。
なので主としてユウカをその場に残し、俺とリオの二人でオンカラ商会の本館まで向かって、こうして受付の人を連れて戻ってきたということだった。
「ねえ、ねえ。ドラゴンだよ! 初めて見た!」
「竜騎士部隊がこんなところに来ているのか?」
「いや、新たにテイムを成功させたらしいぞ」
戻ってくる間に、ユウカを含むドラゴンは人だかりに囲まれていた。やはり珍しいのようだ。俺たちがすぐに戻ってこれるように、商業都市に出入りする門の近くに待機していて人目に付きやすかったということもあるだろうが。
「あ、サトル君にリオ! オンカラ商会の受付さんも昨日ぶりです!」
ユウカがこちらに気づいて声をかける。どうやら受付の人の顔を覚えていたようだ。
「テイムした状態で連れて来ましたがこれでも買い取ってもらえるんですか? やっぱり素材の方がいいとか」
「そんなとんでもないです!! そもそもドラゴンをテイムするなんて普通では出来ないから張り紙に書いていなかっただけで、テイムした状態の方がよっぽど価値があります!!」
受付の人が力説する。
「あーどうしましょう。ドラゴン自体を取り扱うのは初めてです。やっぱり交渉先は王国でしょうか。パイプはあるので交渉部門の方に連絡して、竜騎士部隊に取り合ってもらうように話して……それまでの移送は大丈夫でしょうか。流通部門にも話を付けて……それで……」
商人の血が騒ぐのか算段を立て始めている。頼もしい限りだ。
「俺たちがした方がいいことはありますか?」
「あ、すいません! 大事なお客様を蔑ろにしてしまって! もう一度確認ですが、本当にこのドラゴンについて当商会と売買契約を結ぶということでよろしいでしょうか!」
「はい。オンカラ商会じゃないと意味が無いので」
「ありがとうございます!」
深くお辞儀される。
「今すぐ流通部門の方に連絡するので、準備が整うまでテイム主は残ってもらえますか? あと条件の面について、とんぼ返りですが本館の方で交渉も行いたいのですが」
「分かった、私がここに残るね」
「では私が交渉に赴きましょうか」
テイムをかけたユウカがここに残ることにして、リオが交渉人を申し出る。
「じゃあ俺はここに残るわ」
俺はどちらに付いていくか迷ったがユウカと一緒に残ることにした。
リオと受付の人が商業都市の内部に戻っていくのを見送る。
二体のドラゴンはここまでの道中で疲れたのか眠りだした。ユウカはその側を離れて俺の近くまで来る。
「本当に売っちゃうんだね……」
「まだ数時間しか一緒にいないだろうに。情が沸いたのか」
「それは沸くでしょ。家で飼ってた犬のことを思い出しちゃった。今ごろ元気かな」
「犬とは規模がまた違うと思うが……まあそうか」
親の方針でペットは飼っていなかった俺には分からない感覚があるのだろう。
「本当は私たちで飼いたいくらいだけど……ドラゴンの世話なんて出来る気がしないし。ちゃんと世話できないのに飼うのは無責任だもんね」
「移動は楽になるし、戦闘においても戦力になるだろうけど、あんなの連れてたら目立つし、一般的に魔物であるから連れ回る際は事情の説明が必要だろうし、ドラゴンの習性もエサとして何を与えればいいのかすら分からないしな」
楽になる部分以上の問題を抱えることは目に見えている。
「だったらやっぱりテイムなんてしないで放置した方が良かったのかな。見方によっては私たちってドラゴンを捕らえて売り払う悪徳人だよね」
「どころか、まんまその通りだぞ」
「あの洞窟で二体一緒に自由に生きてた方が幸せで――」
「その内俺たち以外の手によって討伐されていただろうな」
「……」
ユウカが押し黙る。
「テイムするために必要なのは圧倒的な力を見せつけることに専用のスキルが必要なんだろ」
「……うん」
「となれば、おそらくユウカ以外には中々出来ることじゃないんだろう。テイムした方が価値があるのに、一年前ドラゴンは討伐されたのがその証拠だ」
「そうだね」
「存在するだけで魔物を生み出し人間に害になる以上あのドラゴンもいつか討伐されるはずだった。それがこうして人の手によって飼われることになったとはいえ生きていけるんだから、そっちの方が救いがあるとも考えられるだろ」
「……」
「これであの洞窟からドラゴンがいなくなったわけだから、魔物の発生も減っていくはずだ。鉱石の採掘にもまた行けるようになる。俺たちも当初の目的通りオンカラ商会に価値を示すことが出来た。全てが上手く行ってるじゃないか」
「分かってはいるんだけど……」
ユウカの顔は晴れない。
「何が心残りなんだ?」
「みんなが……あのドラゴン親子も含めて、もっともっと幸せになる道があったんじゃないか……と思って」
「強欲だな」
「分かってる。でも悪いことかな?」
「……さあな。俺には分からん」
煙に巻いたようにも取れる発言だったが、俺の本心だった。
ユウカは常に理想を追い求めようとしている。
俺とは真反対の姿勢だ。
だから俺の価値観で良し悪しを計ることは出来ない。
「…………」
いつの日か衝突することになるだろう。価値観の相違とは争いを生むものだから。
「……あ、オンカラ商会の人が来たみたい」
ちょうどそのとき商業都市の門から慌ただしく数人出てくるのが見えた。話に聞いていた流通部門の人たちだろう。
ユウカはその人たちとドラゴンの移送の方法や、テイム主の引き継ぎについて話し始める。
専門的な話はよく分からない俺は黙って隣で聞いてるのだった。