28話 ドラゴン討伐、終幕
討伐完了しようとした目前、広場に新たな小さいドラゴンが現れたことで戦局は傾く。
というのも今まで戦っていた大きい方のドラゴンが、ユウカを小さなドラゴンに近づけさせまいと庇うような立ち回りに変化したからだった。
それでは動きが制限され、ユウカの攻撃を避けることも出来ない。元々俺たちが優勢だったのが、盤石となっていく。
とはいえやりづらいところがあった。
「親が子を守ろうとしている……みたいだな」
見たまま率直な感想をつぶやく。
子を守る親を攻撃する絵面がリンチのようになってきたのをユウカ自身も感じたのか、一度引いて俺たちのところに戻ってくる。
「えっと……どうしようか?」
「目的としてはドラゴン討伐だったんだが……このまま倒しちまっていいのか?」
「あの小さいのたぶん子供だよね。で、親が守ろうとしている……って思うとやりづらいよね」
ユウカも同じ感想だったようだ。
おそらくドラゴンの気迫の源はこの子供ドラゴンだったのだろう。自分が倒れたら次は子供が、と思って踏ん張っていたのだ。
ドラゴンは攻撃が止んで、俺たちに接近する絶好のチャンスだというのに動く様子がない。それだけダメージを食らったということだろう。休息に務めているところに、子供ドラゴンが寄り添っている。
どうするべきと悩んでいると。
「何言ってるんですか、二人とも。絶好のチャンスですし、このまま二体とも倒しましょう」
リオが事も無げに告げた。
「いや、だからな……」
「親が子供を庇おうとしてるから倒しづらいですか。そんなことありえませんよ」
「え?」
何かリオの様子が……。
「子供っていうのは親の奴隷です。道具です。親の言うことを聞いて完璧こなさなければなりません。子にとって親は変えようがありませんが、親にとって子供は変わりを用意できます。なのに命をかけて庇うなんてありえません。ですからあれは演技です。私たちの情に訴えかけるための。実際こうして攻撃の手を緩めてドラゴンの回復させています。それを許してはいけません。ですから今すぐに攻撃して二体まとめて――」
「リオ、深呼吸しろ。命令だ」
「えっ? すう……はあ……。すう……はあ……」
リオが戸惑いながら深呼吸する。魅了スキルの命令によって強制的に落ち着かせる。
「よし、止めていいぞ」
「………………すいません、サトルさん」
「もう大丈夫か?」
「はい♪ もういつも通りの私ですよ♪」
流石と言える切り替えの早さだ。
「……ならいい」
子供は親の奴隷で道具……か。
いつもの様子が超然としているため考えもしなかったが、当然俺の恋愛アンチのようにリオにだって何か抱えているものがあっておかしくない。
今のはそれが表に出てきたというわけだろう。
しかしリオはすぐに取り繕った。触れて欲しくないということだ。
俺も恋愛アンチについて触れて欲しくないから気持ちは分かる。
だから何も言わなかった。
「さて落ち着きましたけど、それでも私の意見は変わりませんよ。あのドラゴンを討伐するべきです」
「……まあ、そうだな。元々の目的がドラゴン討伐だしな。ここまで来たのが無駄になっちまう」
「ええ。それにドラゴンは強力な魔物です。生きているだけで周辺の土地を汚染し、魔物を発生させますので討伐すべきです」
「あー、害獣みたいな存在だったな」
日本でも山を下りてきた獣が畑を荒らしたり、人を襲ったりする被害はあった。それを食い止めるために殺処分すると「かわいそうじゃないか!」という声があがったものだった。
気持ちは分かるが、だったら被害を受けてもいいのか。殺処分だってしたくてしているわけじゃない。麻酔で眠らせて返せばいいだろ。そもそも住処を奪った人間が悪いんだ……というように紛糾した議論を思い出す。
つまりは難しい問題ということだ。どっちが正しいと断言することは、俺には出来ない。
「ユウカはどうするつもりで……ユウカ?」
なのでもう一人の仲間に意見を仰ごうとしたところで、おかしな行動を取っているのが目に入った。
「何か見た覚えがあるんだけど……」
ユウカは自分のステータス画面を呼び出して、スキルの一覧をスクロールしている。
「どうしたんだ?」
「あ、サトル君。えっとね、この状況で使える『竜闘士』のスキルがあったはずなんだけど、珍しいスキルだから説明もう一回読んでおこうと思って……あった!」
ユウカは快哉を上げると、スキルの詳細を読み始める。
この状況で使えるスキル? 何なんだろうか?
「リオ、何か知ってるか?」
「いえ。知っていれば私からその方法を提案してますよ」
「そうか」
現状俺が思いつく手段は討伐か見逃すかの二択である。
討伐するのは感情的にやりにくく、見逃せばこのまま魔物が増え続ける状況を放置することになる。どちらも取りにくい。
「……うん、うん! これなら行けそうだよ! サトル君にリオも聞いてくれる!?」
そんな中、ユウカが現状を打破する第三の選択肢を提示するのだった。
数時間後。
俺とリオはオンカラ商会・本館の買い取り区画にいた。
「お客様、どうぞー」
「はい」
現在五つあるカウンターの内二つしか稼働していない。昨日は朝だったからか人が多かったが、現在はもう昼過ぎでこの時間から売りに来る客は少ないから絞っているのだろう。
「今日のご用は何でしょうか?」
「あーその、ドラゴンについて何ですが」
「ドラゴンですか!?」
受付の女の人が驚いている。一年仕入れが無いレア素材なわけで珍しいのだろう。
「……お客様違っていたら申し訳ありません。昨日ドラゴンの資料を借りたお連れの方ですよね」
「ドラゴンの資料……あーユウカが借りてきた」
「ここ最近ドラゴンに挑戦する人は珍しかったので覚えていたんです。それでは当商会にドラゴンの素材を売っていただけるということでしょうか。開発部門も流通部門も知ったら喜びそうです」
受付の人はニコニコとしている。
さっきから感情表現が多いな……まあ現在俺たちしかカウンターの前に立っていないし、良く言えば余裕があり、悪く言えば暇というわけか。
まあ機械的に応対されるより、こういう人間的な応対を好む人の方が主流だとは知っている。
個人的には苦手だけどな。元の世界でも服屋や家電量販店に入ったときに、店員に声をかけられたくないタイプだった。
それは置いといて。
受付の人の言葉には訂正しないといけないところがあった。
「すいません、俺たちドラゴンの素材を売りに来たわけではないんです」
「……これは申し訳ありません。早とちりしましたでしょうか」
「いや、大筋ではあっているんですけど……正確にはドラゴンの素材ではなくて」
「なくて?」
「ドラゴン自体を売りに来たんです。親と子供の二体を『テイム』したので」
「……え?」