26話 ドラゴン討伐、小休止
夜の森はユウカこと私と、リオの二人きり。
私が今はテントの中で眠りこけているサトル君と昨夜あった出来事――サトル君に介抱されて部屋まで送られて、寝言のフリして告白したことについて語る。
聞き終えたリオの反応はというと。
「はぁ………………」
とても大きなため息だった。
「リ、リオ様……?」
「何でしょうか、ユウカさん」
普段の呼び捨てではなく『さん』付けで呼ばれる。この時点でもうとても怖い。
「お、怒っているのでしょうか?」
「どうして私が怒らないといけないんですか? 怒られるような出来事をしたと思っているんですか?」
「た、たぶんそうだと思います」
「たぶん? はっきりと何が原因なのか自覚していないんですか?」
「すいません、私の何が至らなかったのかお教えください」
ビクビクと震えながら親友に許しを乞う。
「……冗談ですよ。怒ったフリです。今朝の落ち込み様を見るに反省はしているみたいですし、私まで責めるのは止めておきましょう」
「あ、ありがとうございます」
「お礼なんていいですよ。怒ったらユウカをいじって楽しむ余裕も無くなりますしね」
「……お礼言うんじゃなかった」
ニコニコしながら告げられた言葉は冗談で私を元気づけるためか、本心なのか…………後者じゃないよね?
「さて。まずは何から言いましょうか……あ、そういえば昨夜はあれだけ私がお膳立てしたのに間違いは起きなかったんですね」
「間違いって……1+1=3とか?」
「何早速ボケてるんですか。一夜の過ちって言った方が分かりやすいですか?」
「一夜の……も、もちろん起きてないってば!!」
過激なリオの発言に私は顔を真っ赤にする。
「酔っぱらった女性を介抱して部屋に連れ込み二人きり……普通なら何も起きていないと言っても絶対に信じられない状況ですが」
「そ、それでも何も起きなかったんだからね!! サトル君はちゃんと私を紳士的に介抱したんだから!!」
「そっちは分かってます。私の期待は逆です。酔っぱらったユウカがサトルさんを誘う方です」
「私からっ!?」
「当然でしょう。サトルさんの理性は鋼鉄です。それくらいで襲うようなら、とっくの昔に魅了スキルの命令で私たちは好き勝手されています」
「そ、それは……そうかもだけど」
私から誘うって……そんなはしたないことは出来ない。
「現時点でサトルさんから手を出すのを期待するなんて甘い見通しですよ」
「で、でも。サトル君、あの夜に私のパーティーに入れてくださいって……私のこと少しは求められていると思ってたんだけど……」
「何言ってるんですか。あのときサトルさんが求めたのはユウカの体だけですよ」
「体だけっ!?」
「ええ。竜闘士の力を振るうその体だけです」
「……ねえ、今わざと私の勘違いを誘うような言い回ししたでしょ?」
「鋼鉄の理性を持ってるって言ったばかりなのに勘違いする方が悪いんですよ」
私のあわてる姿に『してやったり』という表情のリオだが、そこで一転真剣な表情になった。
「大体ユウカ自身も言ったじゃないですか。私と一緒ならサトルさんに危険が陥ったときも助けられる、そのためにパーティーを組もうって」
「そ、それはサトル君をパーティーに誘うための建前で……」
「サトルさんにとっては建前じゃないということですよ。現時点でサトルさんのユウカ評はただの戦力です」
「……そっか」
「まあほんの少しくらいは他の感情も混ざっているんでしょうが……しかし、ユウカはそんな認識だったから寝たフリで告白なんてしたわけですね」
ワンクッション終えて、リオが本題を切り出す。
「……はい」
「誰だって間違うことはあります。大事なのはそこから学ぶことです。これで現状についてちゃんと理解できましたね?」
「うん。サトル君は魅了スキルで私が好意を持ったと……いや、好意を持たせてしまったと思って、そのことに罪悪感すら覚えている」
「まあ分からなくはない感情ですね。自分がスキルを暴発させたせいでユウカの行動を歪めている、という気持ちなのでしょう」
「そんな私は元からサトル君のことを…………って『魅了スキルにかかったフリ』なんて嘘吐いた私が悪いのに言うのはズルいよね」
「よって告白を受けても想定内、むしろそこまで歪めているのかと罪悪感を強くしてしまったというわけですね」
このことはこの前の夜二人で話したはずだったのに……私は全く分かっていなかった。
「どうすればいいかな?」
「この件自体にはもう触れないでしょう。寝言のフリなのでユウカは知らない設定ですし、サトルさんも自分の胸の内にしまっているようなので取っ掛かりがありません」
「……そう」
サトル君に心労を増やしてしまったな……。
「ですから挽回するためにどうするかです。ユウカもサトルさんの厄介さについては身に染みて分かりましたよね」
「厄介って……サトル君をそう悪く言うのは……」
「いいんですよ、乙女をここまで悩ませているのは悪い人です」
リオが悪戯っぽく微笑む。
「サトル君は私がいくらアプローチしても、魅了スキルでの好意により起こした行動だから受け入れないんだよね。その理由はトラウマから来る恋愛アンチによるものだから克服させるしかない」
私は現状を再確認する。
「はい。この前の夜話した通りです」
「前半は今回の失敗で身に染みて分かったけど……でも、どうして恋愛アンチでそうなるの?」
「……そこからですか」
リオが呆れている。
「ご、ごめん」
「……いえ。言われてみれば、ちゃんと説明しないとユウカのような人には分からないでしょうね。サトルさんとは真逆の思考回路をしていますし」
「……?」
どういうことだろう?
「まず前提ですが、サトルさんはユウカのことを魅力的に思っています。これはユウカに魅了スキルがかかっていない理由を聞いたときにこぼした言葉から分かってましたが、今回の寝たフリの告白に動揺したことで補強されました。嫌いな人間の告白に動揺する人はいません」
「そ、そう……それは嬉しいな」
「そして現在魅了スキルによってではありますが、ユウカに好意を抱かれる状況が出来ています。となればサトルさんも好意を返して結ばれる……それが普通のはずです」
リオが話す仮定はとても幸せなものだが、あくまで仮定だ。
「でも現実は違うよね?」
「はい。おそらくですがサトルさんはユウカに裏切られるのが怖いのでしょう。実体の無い好意に怯えていることから予想できます」
「私は裏切らないよ!」
「それがサトルさんにとっては確信が付かないのです。ユウカの言葉は魅了スキルによって歪められていますし、ユウカの心の内も分かりませんから。ですから裏切られるくらいなら、最初から信じない、受け入れない、距離を置くというわけです」
「……ん、ちょっと待って」
リオが何か不可解なことを言った気がする。
「どうしましたか、ユウカ?」
「それっておかしいでしょ。最初から駄目だったときのことを考えてたら何も動けないじゃん」
「……ええ、その通りですよ。ですがサトルさんはそういう考えなのです」
「???」
リオの答えでさらに分からなくなる。
「やはり今回の失敗は根本的なところから出たズレによるものですか。これはどうすれば……」
「え、え? 私、何かおかしなこと言った?」
「いえ、私個人としてはユウカは正しいことを言っていると思いますよ。でも世の中ユウカが考えもしないような人もいるわけで……これは言葉で説明しても理解してもらえないと思います」
「そんな諦めないでよ!」
「前回説明しておいたのに、理解せず失敗した人の言葉ではないですね」
「ごめんなさい、調子乗りました……」
まさにその通りだ。
「百の言葉より、一の体験です。ユウカとサトルさん、これからも一緒に旅するわけですし……いつかサトルさんの本質を目の当たりにするでしょう。話はまたそのときにします」
「サトル君の本質……」
私がサトル君と結ばれるために乗り越えないといけない障害。
今は分からないけど……リオの言葉によればいずれ分かるのだろう。
「さて、明日はドラゴン討伐ですし今日は早めに寝ましょうか」
「……うん、分かった」
リオの言葉に従って二人でテントに入った。