25話 ドラゴン討伐、道中
俺たちは必要な準備を終わらせると、午前の内に商業都市を出た。目的地はドラゴンが生息する洞窟である。
森の中の道を行くが……昨日リーレ村から商業都市に向かった道より荒れているため苦労していた。
「この道の先には洞窟しかなく人里はありません。その洞窟も昔は鉱石など求める人が訪れていたようですが、最近はドラゴンが住み着いたためすっかり誰も寄りつかなくなったようです」
ドラゴンに関する資料で得た情報をリオが披露する。
「人の往来が少ないから荒れているのか」
日本にいるときは意識していなかったが、道というものを維持するには人の手がいる。誰も通らないのに整備するのはコストがかかるし、この世界には魔物に襲われる危険性が常につきまとう。そのため放置されているのだろう。
昨日とは違って道中では散発的に魔物と遭遇した。この辺りは魔物が多いらしい。ユウカとリオが瞬殺するも、気が抜けないことには変わりない。
休憩を挟みながらでも、職による身体能力強化が無い俺が一番疲労が早かった。
「なあ、昨日みたいに空を飛んで進むのは駄目なのか?」
俺はつい二人を頼ろうとするが、返ってきたのはNOだった。
「空を飛ぶのには魔力を多く消費するからね。もし魔力が少ない状態で魔物に囲まれたりしたら、さすがに私たちでも危ないし。昨日は商業都市に着く直前だったから魔力を使い切っても大丈夫だったけど、今日は森で野宿だから魔力は出来るだけ節約して進むよ」
「……その通りだな」
ユウカの言葉は俺が一遍も思考したことのない物だった。
守られているからって……気楽な思考になっていたな。
この世界において、魔物に襲われて死ぬことは少なくない。
俺だってあの夜、イノシシ型の魔物に襲われて死にかけたじゃねえか。
慎重になってなりすぎることはない。
「そう自分を責めないでくださいね、サトルさん。言われてみれば職によって身体能力が強化された私たち二人のペースに付き合わせるのは酷でしたね」
俺の自己嫌悪を読んだのか、リオがフォローを入れてくる。
ドラゴンを二人で倒せると豪語するくらい、二人の身体能力はこの異世界に来て強化されている。
「あ、そっか。ごめん、サトル君。進むの早すぎた?」
「そんなことねえよ…………と言いたいところだが、ちょっとペースを落としてくれると助かる」
意地を張る元気もなくなった俺の言葉。
するとリオが少々考え込んで。
「そうですね……これなら魔力の消費も抑えられるでしょうか。サトルさん、強化魔法かけますね」
「強化魔法……って、何だ?」
聞き慣れない単語に耳が滑る。
「百聞は一見に如かずです。発動『妖精の羽根』!」
するとリオが有無を言わさず魔法を発動した。その対象は俺のようで、リオの手元から発せられた光が俺を包み込んだ後に消える。
「な、何だ今の……って、うわっ!?」
リオに向かって一歩踏みだそうとした足から伝わる感触に違和感を覚えて俺は声を上げる。
「サトルさんの身体を軽くしました。これで長時間歩いても疲労しにくくなるはずです」
「身体を軽く……って、そんなことも出来るのかよ」
昔、小学校の遠足で行った科学館で補助具を使った月面歩行体験を思い出す。月は地球の重力の6分の1で、それを再現した装置によって歩く度にふわふわ浮き上がっていた。今の状態はそれに近い。
「昨日はその身体を軽くする魔法と『一陣の風』という風を起こす魔法を合わせることで空を飛んでいたんです」
「あー、そういやユウカの飛翔にリオも空飛んで付いて来てたな。そんなことしてたのか」
「風まで起こすと魔力の消費が大きいので身体を軽くするだけですが、歩く分にはそれで十分楽になりませんか?」
「そうだな。助かる、リオ」
進むにつれて道にせり出す木の根っこなどを乗り越えながら進んでいるのだが、身体が軽いため障害物を一跳びで越えられる。着地の衝撃も軽くなり足が疲れにくい。
「いや、これやべえわ。さっきまでとは大違いだ」
「そこまで効果があるなら最初から使っておけば良かったですね」
森の中を先ほどよりスピードを上げて駆け抜ける。リオとユウカは何のスキルも使わず、素の状態で遅れずに付いてきた。……俺にペース合わせてなくて謝られたけど、あれでも十分にセーブしていたんだな。
「リオの『魔導士』いいなあ。私の『竜闘士』はどうしても攻撃や自己強化に特化しているから、サトル君の手助け出来るようなスキル無いんだよね。あ、『竜の咆哮』!」
ユウカは進みながらも『千里眼』で周囲の索敵を怠らず、捉えた魔物が姿を現した瞬間『竜の咆哮』の衝撃波を飛ばして粉砕する。
……いやいや、十分に強いと思いますが。まあ、竜の力を体現して戦うってくらいだから他者のサポートは苦手なのだろう。
「そういえばリオの『魔導士』って色んな魔法を極めているとは聞いたが、実際にはどんな魔法が使えるんだ。さっきかけられるまでこんな身体を軽くする魔法を持っているなんて知らなかったし」
「サトルさんには説明していませんでしたか」
リオは失念していた、と俺に説明を始める。
「使える魔法というと、まずは攻撃魔法でしょうか。単純に雷を呼び出して敵に落としたり、火の玉をぶつけたり出来て、しかもあらゆる属性の魔法が使えます。また煙を出して敵を攪乱したり、カイさんに使ったように蔦を使って敵を拘束する魔法なども含まれますね。
強化魔法はその名の通り自分や他者を強化する魔法です。サトルさんに現在かかっている身体を軽くする魔法や、筋力を上げる魔法などもありますね。これもあらゆる種類が使えます。
回復魔法も傷を治す魔法や、状態異常を治す魔法が使えます。クラスの皆さんの二日酔いを治したのはこの系統ですね。
他には結界魔法や……そうそう、昨夜酒場でヘレスさんの『認識阻害』を破った『真実の眼』は判別魔法ですね。
後まだ説明していないのは……」
「いや、そこらへんでいいわ。多すぎるだろ」
どこまでも説明が続きそうだったため、こちらから打ち切る。
「そんな! もっと私のこと知って欲しいのに!」
「言い方。というかここまで使える魔法が多いと、使えない魔法を聞いた方が早そうだな」
「私が使えない魔法となると、もう単純にこの異世界に存在しない魔法と言い換えた方が早そうですね」
「早いのかよ」
改めて規格外な存在だな。
「創作物などでよく目にする魔法で、私が使えないものといえば転移魔法でしょうか。物体を一瞬で移動させるような魔法はこの世界に存在しません」
「まあだろうな。そんなのがあったら今ごろ俺たちは一瞬で洞窟に到着しているだろうし」
だからこそこうして足を動かしているのである。
「あとは蘇生魔法ですね。回復魔法で傷を治すことは出来ますが、死んでしまった場合生き返らせることは出来ません」
「……この世界でも死は絶対なのか」
魔法なんてゲームみたいな存在があってもコンティニューは出来ない。
まあそれくらい現実に則していた方がいいだろう。死んでもいい世界なんて正直怖い。
「他にも出来ないことは時間を止めたり、未来の出来事を予知したりなどですかね」
「総じて現実をぶっ壊すような魔法は使えないってことか」
超人的ではあるが神とまでは行かない。そんなイメージでいいだろう。
まあ個人で神のような力を振るえたら危ないし――。
「それと魅了スキルのように人に命令出来るなんて魔法もありませんね。その点ではサトルさんの方が優れています」
「……そうだな」
リオの言葉にハッとなった。
好意を抱かせ、命令出来る……やろうと思えば世界の半分を支配して、この世界を滅茶苦茶にすることも出来る。
このスキルの力はまるで神みたいなもので……実際神の持ち物だったのか?
言われてみればあの石碑には召喚にあたって俺たちに力を分け与えたと書いてあった。メッセージは女神が残したものだと思われるから、女神が力を分け与えたと考えていいだろう。
その中に俺が授かった力として魅了スキルがあったのだから……元々魅了スキルは女神の持ち物となる。
災いを愛の力で納めた結果、神として祀られた女性。
女神は魅了スキルの持ち主だった。
「………………」
この符号は何か意味があるのだろうか?
ーーーーー
その夜。
ユウカこと私たちは、サトル君が『妖精の羽根』を受けて以来、かなりのスピードで森を進むことが出来た。
結果、一日半かかる予定だった洞窟までの道を一日で踏破。
とはいえ消耗した状態でドラゴンと戦うのは無謀なため、洞窟の近くで野宿することにした。
「zzz……」
疲れていたのかサトル君は夕食を取ってすぐにテントで眠っている。
私はサトル君を起こさないようにそっとテントから出た。
「これでよし……っと」
そこではリオがテントの周りで作業をしている。
どうやら結界魔法『対魔結界』を張るために魔法陣を描いているらしい。準備が必要な分その効果は強力で、結界の内に魔物を寄せ付けない。これで魔物がいる森の中でも見張りを立てることなく全員寝ることが出来るとのこと。
「調子はどう、リオ?」
「ええ、万全です。これで朝まで魔物にこのテントが襲われることは無いでしょう」
「じゃあ今日はもうゆっくり寝て明日はドラゴン討伐だね」
私はテントに誘うが、リオはその場から動かず。
「その前にちょうど二人きりですし、聞いておきましょうか。昨夜ユウカが犯した失敗について」
「それは……」
親友の気遣いに日中ずっと押し込めていた感情が去来して。
「……ありがと、リオ。じゃあ聞いてくれる?」
私は礼を返して話し始めた。