24話 ドラゴン討伐、立案
リオが提案したドラゴン討伐というワードに思考停止していた俺だが、すぐに首を振って否定する。
「いやいやいや、無理だろそんなの。そもそもドラゴンって人間が倒せるのか?」
「一年は入荷が無いということは、一年前に誰か倒した人がいるってことでしょう。頑張れば人間でも倒せる存在ってことじゃないですか?」
「100人くらいの大規模なドラゴン討伐隊を組んでようやく倒せたって可能性もあるじゃねえか」
少なくとも俺たち三人、いや魅了スキルだけの俺は戦力にならないので二人だけで倒せるとは思えない。
平行線になりかけた議論に終止符を打ったのはユウカだった。
「二人ともそこまで。ドラゴンについて商会が掴んでいる情報をまとめた資料を借りられたから、それを見ながら話そうよ」
「そうだな」
「このまま想像で話しても埒が開きませんものね」
ユウカが持ってきた資料に目を落とす。
『素材高価買い取り中:ドラゴン』
『生息地:洞穴』
『個体特徴:大きさ20m級。レッドドラゴン種。耐火装備推奨』
その下には生息地付近の情報やドラゴンの習性、注意事項やその他の情報と続いていた。
中には前回ドラゴンを討伐した際の記録もあり、100人規模の討伐隊を組んでなお死闘で、どうにか死者を出さずに帰還出来たのは奇跡だったと書いてある。
「………………」
20mもある生物ってヤバいな。とりあえず昔近所にいた大型犬にもビビっていた俺が対峙出来るとは思えない。
レッドドラゴン種とやらが何かは分からないが、耐火装備という注意があるくらいだからおそらく火を吹くのだろう。
つうかやっぱり100人規模の討伐隊でやっとなんじゃねえか。
やっぱり無理だ、ドラゴン討伐なんて諦めて――。
「うーん、これならどうにかなりそうかな」
「マジで!?」
ユウカのつぶやきに驚く。
「サトル君は初期職で分からないかもだけど、職の力って元から自分が持っていたかのように使いこなせるのね。だから自分がどれくらい戦えるかも感覚で分かって……うん、ここにある情報の感じドラゴン相手に私一人で互角、リオのサポートもあれば余裕を持って倒せると思うよ」
「でも100人でやっとって書いているぞ!?」
「資料を見る限り、前回の討伐隊は私たち二人には遠く及ばないレベルの人たちの集まりだったみたいですし、参考になりませんよ」
「………………」
二人の言葉に改めて思い知る。俺の仲間って規格外だったんだな、と。
「じゃあドラゴン討伐に挑むってことで……サトル君もいい?」
「……あ、ああ。二人で倒せる計算なら任せた。オンカラ商会に俺たちの価値を認めさせる近道であることは確かだしな」
それ以外に返せる言葉があるだろうか、いやない。
「よし、そうと決まれば準備をしないとね。ドラゴンの生息地、洞窟は地図を見た感じここから歩いて一日半はかかるみたいだし」
「道中は野宿でしょうか。その準備をして……ユウカはドラゴン相手に装備は今のままで大丈夫ですか」
「うん。『竜闘士』は素手でも十分に戦えるし、リオの方こそ『魔導士』だし杖とかいらないの?」
「杖は魔法発動の補助道具です。あったら便利ですが、無くても魔法は十分に使えますし。それに高位魔法まで補助出来る杖となると高級品なので、しばらくは無しで行こうと思っています」
「そっか」
目の前で繰り広げられる二人の会話から現実味が感じられない。……あ、そっか。ここ異世界か。二人とも馴染んでるなあ。俺もやっぱり戦闘力のある職が欲しかったなあ。
「じゃあ三人分の野宿の準備をして――」
「…………ちょっと待った。俺もそれに付いていくのか?」
ユウカが必要なものをまとめているところに、俺は言葉を割り込ませる。
「え、当然でしょ。一緒のパーティーなんだし」
「いや、でも知っての通り俺は魅了スキルだけの戦闘力無しの雑魚でだな」
「サトル君の強みが戦闘力以外のところにあるのは分かっているからそんな卑下しないでって」
ユウカに自虐の言葉を窘められる。
「でも付いて行っても役に立たないのは事実だぞ」
「じゃあ逆に質問だけど、私たち二人でドラゴン討伐に行ってる間サトル君はここでお留守番してるの?」
「そっちの方が安全だろ」
「もしカイ君が襲ってきたらどうしようもないよ?」
「………………」
魅了スキルを求めるカイの襲撃を受けた夜を思い出す。
「そうですね。カイさんがこの短期間でまた襲ってくるとは思えませんが、そうでなくてもここは異世界です。この商業都市は治安が良い方とはいえ、日本ほどではないでしょう。何らかの犯罪まがいの出来事に巻き込まれる可能性も考えると、身を守ることも出来ないサトルさん一人置いていくのは反対ですね」
リオのもっともな言い分。
「私たちがパーティーを組んだのはサトル君を守るため。なのにサトル君と離れてたら守れないでしょ。だから一緒にいるべきだよ。大丈夫、ドラゴンの指一本もサトル君には触れさせないんだから」
やだ、何この男前……。
二人の少女にここまで言われては「正直ドラゴンとか見たらチビりそうなんだよな」とか臆病なことも言えるわけが無く。
「分かった、俺も付いていく方向で話を進めるぞ」
と腹をくくるしかなかった。
話がまとまった俺たちは借りてきたドラゴンに関する資料を返すと、必要な準備をするためその場を離れる。
そしてオンカラ商会・本館の総合受付前で黒山のような人だかりと遭遇した。
「何だ、この集まりは」
「受付ですから人が集まる場所ではあるんでしょうけど……それだけでは無さそうですね」
「あの二人が原因じゃない?」
ユウカが見ている方向には、昨夜会ったオンカラ会長とその秘書ヘレスがいた。
酒場で見たときと違って今朝はスーツを着ているオンカラ会長。その貫禄はこの都市を仕切る大商人会で一番の影響力を持つ人間にふさわしいものであった。
秘書のヘレスは変わらず会長の傍らに付き添っている。大物感露わとなった会長を変わらずに支えているところがその能力の高さを表していた。
「何してるんだろう?」
「受付に来た人に挨拶か、外回りに出る前に通りかかっただけかと推測しますけど、近づけないので判断出来ませんね」
「………………」
リオの言うとおりこの人の数では近づけそうにない。
「にしてもあの酒場で見た二人が本当に商会長と秘書だったなんて。話は聞いてたけど、実際に見てようやく信じられた感じ」
二人の正体を偽った状態しか知らないユウカの言葉。
「あのときと変わらずにヘレスさんがオンカラ会長を支えているのは伝わりますね」
「そうだよね、本当お互いを信じ合っているって感じ」
「昨夜聞いた話によるとオンカラ会長はかなりの古株で、ヘレスさんが商会に入ったのが後みたいですね。まあ年齢からしてそうでしょうが。
ヘレスさんはそこからメキメキと頭角を現していき、10年ほど前にオンカラ商会長の右腕に収まったそうです。リバイス商会の台頭により改革を迫られたときも、二人で協力して頑張ったみたいですね」
「10年も一緒に戦ってきた戦友……あの二人出来ていないのかな!? オフィスラブあるんじゃない!?」
「さあどうでしょう。ただ二人とも独身であるとは聞きましたが」
「やっぱりどっちにも気があるんだよ!!」
恋愛話が好きな女子らしい会話。
「…………」
俺は意識の片隅にそれを聞きながらも、オンカラ会長を眺めていた。
話しかけてくる人に対応している彼の目に、俺の姿は移っていないだろう。それだけ物理的にも立場的にも距離がある。
昨夜は少々不甲斐ないところを見せたが……俺にだって使命がある。
渡世の宝玉を集めて、元の世界に戻る。
そのために最初から躓いている場合じゃない。
「二人とも行くぞ、準備をするんだろ」
「……そうだね!」
「今度ここに来るときはドラゴンの素材と共にですね」
俺は決意を新たにして、オンカラ商会本館を後にした。