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23話 スパイ


 翌朝、商業都市滞在二日目。


 俺たちは昨夜も訪れた酒場のスペースにいた。

 夜は酒場として営業されているが、朝は宿屋に滞在する客の朝食会場となっているようだ。


 俺とユウカとリオは同じテーブルで朝食を取る。

 そして昨夜介抱を強要されたユウカに文句を言ってやるつもりだったのだが。


「………………」


 そのユウカが死んだ目で黙っているので、どうにも切り出すことが出来なかった。

 この異世界でずっとリーダーシップを取り、みんなをまとめて元気だったユウカらしからぬ姿である。




「……なあ、リオ。どうしてユウカは落ち込んでいるんだ? あれか、貧血で朝は元気が出ないとかなのか?」

「私が知る限りではそんなことは無いはずですが……」

 親友のリオが言うのだからおそらく間違いないだろう。


「だったら、どうして……」

「サトルさんが原因じゃないんですか? 昨夜、あの後介抱して二人で部屋に戻ったんですよね? そのときに何かあったとか」

「俺がユウカを襲ったとでも言いたいのか? 言っておくが神に誓って何もしてねえぞ」

 ベッドに寝かせた後は一切ユウカの身体に触れていない。それとは別に寝言の告白は聞いたが……寝言だし関係ないことだろう。


「いえ、その心配はしてません。どちらにもその度胸がないのは分かっているので」

「どちらにも……?」

「ですからこの事態の原因は……サトルさんが何もしなかったことか、それともユウカが墓穴を掘ったか、どちらかですかね」

「…………?」

 リオの言葉の意味が分からない。どういうことだ?




 だがリオは解説する気はないようで、ユウカに話しかける。

「ユウカ、少しいいですか?」

「……何、リオ?」

「話はまた今度聞きます。ですから今は私たちの使命に……渡世とせ宝玉ほうぎょくを手に入れることに集中してもらえますか?」

「……そうだね。せめてそっちの失敗だけでも挽回しなきゃ。……よしっ!!」

 親友の言葉に両頬を張って気合いを入れるユウカ。


「そっちの失敗……?」

「なるほど、墓穴の方でしたか」

 再び疑問に思う俺に対して、リオは何やら得心が行ったようで。


「昨日は早々に酔いつぶれてごめんね。情報収集の結果から教えてもらえる?」

「……ああ、じゃあ俺から話すぞ」

 気にはなったが、ユウカが前向きな姿勢になったところ水を差すわけにも行かず、俺は昨夜オンカラ会長とその秘書ヘレスから聞いた渡世とせ宝玉ほうぎょく関連の情報を伝えた。




「大商人会の最古参オンカラ商会が、30年前に女神教の教会を取り壊した……そしてそのときに出た渡世とせ宝玉ほうぎょくをオンカラ会長が持ち続けている。だからまずはオンカラ会長と話の場を設けないといけない……ってことね」

「想定通り面倒なことになったな」

 行政トップの人間に一市民が交渉を持ちかけることが大変だとは道中で共有している。


 俺が手に入れた情報は明かしたため、話は残り一人に移る。

「リオは飲み比べで馴染んだ客から、何かオンカラ商会に関する情報をゲットできたの?」

「俺にも聞かせてくれないか」

 昨夜、リオは結局俺が寝るまでの間に帰ってこなかった。朝もここまで話す余裕はなかったため、情報収集の結果がどうなったのか俺にも分からない。


 リオは俺たちの期待に応えるように微笑み。

「そうですね……オンカラ商会に私たちの価値を認めさせる方法と気になる情報と一つずつ仕入れました。ひとまず話しながら移動しませんか?」






 俺たちは朝食を平らげると宿屋を出て、リオの先導の元に歩き出した。

 足取りからしてどこかに向かっているようだが、どこなのかは説明されていない。


「まずは気になる情報から話しましょうか」


 目的地が気になる俺たちを前に、マイペースで話し始めるリオ。


「ところで質問なのですが、サトルさんは秘書のヘレスさんかオンカラ商会長から、オンカラ商会がその地位を脅かされそうになった出来事について聞きませんでしたか?」

「えっと……あ、そうだ。最古参で一番力のある商会だったが、新参のリバイス商会に抜かれそうになったって話は聞いたぞ。改革が上手く行ったが、それでも何故か遅れを取っているって話も」

「へえ、そうだったんだ」

 ユウカが初めて聞く話に頷く。




「それなら話が早いですね。気になる情報とはその遅れを取っている理由について。……どうやらオンカラ商会には、リバイス商会のスパイが潜り込んでいるようです」

「スパイ?」

 きな臭い話だな。




「例えばオンカラ商会が売り出す商品の値段より少しだけ安い値段で同じ商品をリバイス商会が売り出していたり、独自に開発していた商品に非常に類似した商品が売り出されたりと。本来機密であるはずの様々な情報が漏れているとしか言えない状況が何年か前から現在まで続いているため、巷ではスパイがいるのではないかと噂されている……という話を聞くことが出来ました」

 スパイを仕掛けた新参勢力に、スパイに悩まされる古参商会か……。


「興味深い情報だけど……渡世とせ宝玉ほうぎょくを手に入れるために関係ある情報なの?」

「何言ってるんだ、大有りだろ」

 ユウカの疑問に俺は断言する。


「え、でも、どうやって……」

「オンカラ商会、渡世とせ宝玉ほうぎょくの持ち主である組織がスパイに悩まされているんだろ。ならそのスパイを見つけてやる『対価』に、渡世とせ宝玉ほうぎょくを譲ってもらう……とかそういう交渉が可能じゃねえか」

「なるほど……けど、商会だってそのスパイを見つけようと調査しているはずだよね? それなのに部外者の私たちがスパイを見つけることが出来るかな?」

 続くユウカの疑問も俺は一刀両断する。


「そんなの簡単だ、簡単。流石にオンカラ紹介もスパイの目星くらいは付けてるだろ。怪しいやつ全員に俺の魅了スキルを使って口を割るように命令すればいいだけだ」

「あ、そっか……」

「もちろん男がスパイの可能性はあるが、それでも魅了スキルを使ってその周囲の女から情報を聞き出したりも出来るし……とにかく人間関係における問題において、魅了スキルは無敵の力を発揮する」

 実際に使うかはともかくとして、重要な交渉カードを手に入れることが出来たな。




「とはいえ、今のままでは私たちの言葉に力はありません。スパイの調査に力を貸しますといっても、突っ返されるのがオチでしょう。ですから予定通り一手目はオンカラ商会に私たちの『価値』をアピールしなければなりません」

 リオの言うとおり交渉を切り出すためには対等な立場に立たなければならない。




「そうだな……そこでもう一つの情報、オンカラ商会に俺たちの価値を認める方法とやらが聞きたいんだが」

「それなら見た方が早いでしょう、ちょうど着きましたし」

「着いた……って」

 リオが足を止める。俺たちの目の前にある建物が目的地だったようだ。


 それは周囲の建物より群を抜いて高く大きかった。まだ朝だというのにひっきりなしに人が出入りしていることから活気のあることが分かる。

 看板には『オンカラ商会・本館』と書かれていた。


 リオが人の流れに割って建物に入っていくのに合わせて、俺とユウカも付いていく。


「どういうことだ、いきなりオンカラ商会の本館って。何か物騒なことして正面突破とか考えてるんじゃないだろうな?」

「そんな野蛮なことは考えてませんよ。オンカラ商会がリバイス商会に対抗するためにした改革の一つに、幅広い層から商品を仕入れることを始めたと聞きました」

「仕入れ……?」

「ここがその部署のようですね」


 そこは広い一階フロアの中でも、一番人が集まっている区画だった。

 五つあるカウンターの前には行列が途切れず、順番が来た者が次々に農作物や畜産物、魔物を狩って手に入れた素材などを職員に渡す。職員は受け取った物を鑑定スキルによってどれだけの価値があるかを判断し、それに応じたお金を渡して買い取っているようだ。


「なるほどな……」

 客にとっては商品を買い取ってくれる場所で、商会にとっては仕入れということか。


「特に煩わしい手続き無しに商品を個人からでも買い取ってくれるこのシステムは、客にとっては売る相手を捜す手間が省けますし、商会にとっては珍しい商品も入ってくることもあって成功しているようです」

「個人からも……つまり俺たちでも可能ってわけか」

「でも、ここまで売る人が多いってことは私たちもその内の一人になって、特に価値を示せないんじゃないの?」

 ユウカの疑問にはリオが答えた。


「ええ。ですが私たちにしか手に入れられないようなものを卸せば……価値を示せるとは思いませんか?」

「俺たちにしか……?」

「あれを見てください」

 リオが仕入れ区画の壁を指さす。


 そこには雑多に張り紙がされていた。

 一番大きな張り紙は仕入れ価格目安表、つまりこの商品はだいたいこれくらいの価格で買い取っていますよー、という指標だ。

 もちろんあくまで目安で、在庫が多いものは安くなるし、逆に在庫が少ないものは高くで買い取るようだ。商売の基本である。


 その例外を示しているのが他の張り紙のようだ。これは在庫が十分にあるため現在買い取れません、これは在庫が無いため現在高額で買い取っていますなどの内容で溢れている。

 中でも一際強調して張られているのが。




『ドラゴンの素材、ここ一年仕入れがないため、高価買い取り中です!』

『※ただし強大な魔物のため討伐に向かう際はきちんとしたパーティーを組み、準備をしてください』

『※当商会は狩りの際に命を落とされても保証は出来ません』

『※気になる方は情報をまとめた資料があります』




「へえ、やっぱファンタジー世界だな。ドラゴンとかもいるのか」

「まあ私が『竜闘士』だし、そういう存在がいてもおかしくないかもね」

「あ、そうか」

 今さらなことに気づく。




「二人とも良い目の付け所ですね。ちょうど良さそうですし、それにしましょうか」

「…………は?」

「え?」


 俺とユウカはリオの言葉が理解できなかった。

 それにする……どれにするんだ?




「昨日飲み比べで馴染んだ客の一人が、とても珍しい商品を偶然手に入れてオンカラ商会に売ったところ、商会長直々にお礼をされたという自慢話をしてくれました。直接会って話をする『価値』があると認めたわけでしょう。

 ならば私たちも同じことをすればいいのです。一年仕入れが無いドラゴンの素材ならそれにピッタリです。というわけで私たちでドラゴン討伐をしましょう♪」




 リオがピクニックに行きましょうくらいのテンションで言ったことに俺は耳を疑った。

 ドラゴン討伐って……マジで? 命の保証は無いとか書いてるけど、大丈夫なのか?



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