21話 おんぶ
「俺は気づいたんだ。ユウカ、君の気持ちに」
「サトル君……わ、私の気持ちって……」
「そしてそれは俺も同じなんだ」
「えっ……!」
「愛しているよ、ユウカ」
「サトル君……!」
サトル君は告白しながら両腕を開き受け入れる体勢になる。感極まった私はその胸の内に飛び込んだ。
「ありがとう、ユウカ」
「いいよ、お礼なんて。私だってサトル君のこと……あ、愛しているんだから」
私も告白を返す。
抱き合いながら顔を上げると、至近距離にサトル君の顔があった。
目があってその奥の心もつながる。
お互いに思い合っていることが、私の理想が叶ったことが実感できた。
ようやくサトル君と恋人同士になれたんだ。
その事実を思うだけでとても温かい気持ちになる。
長い片思いの時期を振り返ると、今の状況がまるで『夢』みたいに思えて…………………………。
「だ、駄目……っ!」
気づきから世界が崩落を始める。
私はサトル君と恋人になれたんだ……恋人になれたんだ……っ!
言葉で補強しても崩壊は止まらない。
ならばせめて後少しだけでもサトル君の温もりをと伸ばした手には、さっきまでの暖かさは消え失せてむなしさだけしか感じられない。
世界は無へと戻って行き――――そこで私は目が覚めた。
「………………」
そうだよね、夢だよね。
まぶたこそ未だに重く開けられないが、意識はすっかり覚醒していた。
ユウカこと私は今まで寝ていた。サトル君と恋人になれたと思ったのは夢の中の出来事だったというわけだ。
思い返してみると何とも不自然な夢だった。まあ夢とはそういうものだけど。
サトル君とは一緒に冒険するようになって話す機会が増えたが、私に心を開ききっていない。どこか壁を作って接している。
見ていれば分かることであったし、それ以外にスキンシップの取り方でも分かった。サトル君の方から私に触れたのは、あのカイ君に襲われた夜にパーティーを組もうと誘って手を差し出した一回だけだ。今日の道中のチョップはちょっと違うし。
もちろんサトル君の性格的にスキンシップが苦手ってのは分かっているし、現代的価値観から恥ずかしいという気持ちも分かるが……もうちょっと積極的になってくれてもいいのにとは思う。
とにかくそういう状況なのに、いきなり告白されるわけがない。夢とは自分の頭の中にない物を見ることが出来ないわけで、あのサトル君は私が都合良く生み出した妄想というわけだった。
それにしてもどうして寝ていたんだっけと思い返してみると、最後の記憶は気分良くお酒を飲んでいたものだった。
そうだ、サトル君と一緒の席でお酒という事実に舞い上がって、早々に潰れたんだった。
頭がズキズキする。世界がグラグラと揺れているように錯覚する。
落ち着くまでもうちょっと安静にしていよう。
私はもう一度寝ようとするが……それなのに世界が揺れている感覚が収まらない。
そんなに飲み過ぎたのか、と今後お酒には気を付けるように自戒して……気づいた。
違う、これ本当に揺れているんだ。
どうして? ずっと地震が起きているわけないし。
気になって目を開けて状況を確認すると。
「はぁ……やっと酒場を出て、宿屋の方に戻ってこれたな」
とても近くからサトル君の愚痴る言葉が聞こえてきた。
「……?」
なのにサトル君の顔が見当たらない。目の前に広がるのは私を支える大きな背中で…………。
「え……」
ここで驚きのあまり大声を上げなかった自分を誉めたかった。
それだけ今の状況は衝撃的だった。
世界が揺れているように感じたのも当然だ。
だって今、私は――サトル君におんぶされて移動しているのだから。
「っと……ああもう、呑気に寝やがって。明日絶対文句言ってやる」
ぶつくさ言いながらサトル君はずり落ちそうになった私を背負い直すと階段を登っていく。二階にある私たちの部屋が目的地なのだろう。
サトル君と密着状態である事実に私は酔いもすっかり収まって目も覚めていたが、どうやらサトル君は気づいてないようだ。
そ、それにしてもおんぶって……こんなに全身が密着するのも初めてだし、それをサトル君からやってくれたことが嬉しい。
私を部屋に運ぶためであろう目的を考えるとスキンシップと言えるかどうかは微妙だが、サトル君の方から私の身体に触れる行動をしたということが重要なのだ。
もしかしたら。
『お嬢さん、こんなところで寝ていたら風邪引くぞ』
みたいなこと言って、ひょいと私を背負ってくれたのかも知れない。きゃーーっ!!
――現時点でユウカが知る由も無いのだが、もちろんそのような積極的なサトルは存在しない。色んな要因が重なった結果やむをえずという行動である。
まずはリオに部屋まで連れて行くように脅されていたこと。
次にユウカが動くそぶりを見せず「おぶってー」と言ったこと。このときユウカは寝ぼけていて直後に再び眠ったため、発言した記憶は失われている。
そしてサトルが途方に暮れたタイミングで、酔っぱらった客が「その子、兄ちゃんの彼女か?」とウザ絡みをしてきたことで、逃げるために仕方なくユウカをおぶって酒場を抜け出したという経緯があった。
しかしそんなことを知らないユウカは、サトルが自分に少しでも心を開いた結果だと勘違いしているわけだった。
「重くはないが……階段は面倒だな」
単純に普段よりも重量が増えた状態で登る階段は負担が増え、物を背負うことで重心がブレて後ろに引っ張られそうになる。
それでもサトルは半分意地で頑張っていた。最初こそユウカを部屋まで介抱するのをしぶっていたが、いざやると途中で放り出すのも嫌でヤケクソになり踏ん張っている。
重くはない……って、嬉しい。
サトル君が何気なくつぶやいた言葉に胸をときめかせる私だけど、すぐに思考を切り替えた。
私を背負って運ぶの辛そう。もうすっかり目が覚めたし降りて自分の足で歩くべきだ。
サトル君に自分が起きていることを伝えようと口を開いて。
――あともう少しくらい大丈夫だよね。
「………………」
悪魔のささやきが言葉を止めさせた。
せっかくこうしてサトル君と密着できている状態を手放すのは惜しかったのだ。
サトル君が大変そうで罪悪感も沸くけど……あっ、そうだ! 階段で背負っていたものを下ろすのも足場の関係上難しいもんね! だからもうちょっとだけ……ごめん!
ちょうどいい建前も思いついた私は寝たフリを続けたまま、サトル君に回す腕の力をほんのちょっとだけ強める。
バクバクと早鳴る心臓の鼓動がサトル君に気づかれませんようにと祈りながら、私は恋する人の温もりを堪能するのであった。