20話 介抱
オンカラ商会長とその秘書ヘレスの情報により、渡世の宝玉を手に入れるための算段が付いた。
俺一人での立ち回りに、目的同じくする仲間がどうしているのか気になって探すと、酔い潰れたユウカと人だかりの中心にいるリオを見つける。
「二人とも……何してるんだ?」
俺が頭を抱えていると。
「潰れた元王者を運び終わるまで休憩ですか。さて、新王者として防衛戦も気を抜くことなくやっていきましょうか」
「おいこら、何に気合いを入れてるんだ」
「あ、サトルさん。商会の会長とその秘書との話は終わったんですか?」
どうやら一休止に戻ってきたらしいリオを捕まえる。
「ああ、どうにか渡世の宝玉の話を聞けて…………って、どうしてあの二人が商会長とその秘書だって知ってるんだ?」
話の最後の方にようやく判明した事実のはずだ。そのときリオは近くにいなかったはず。
「お二人ともどうやら『認識阻害』のスキルを使っているのは『真実の眼』で分かっていたので、何やら訳ありなのだろうとでスキル『ステータス看破』を使ったんです。そしたらその名前が情報にあったオンカラ会長とその秘書へレスさんと一致していたので」
聞き慣れない単語はスキルや魔法なのだろう。使いこなしているようだ。
「分かっていたなら最初から教えて欲しかったんだが……」
「ふふっ、すいません。ですが正体を隠している二人の前で告げるのも難しかったので」
「まあ、それもそうか」
「二人から何か情報を得られましたか?」
「ああ。30年前に女神教の教会を取り壊したのは二人も属するオンカラ商会らしい。当事者である商会長が渡世の宝玉をそのまま持ち続けている。だから譲ってもらえないか頼んだが当然のように拒否された。交渉してもいいがそれには足りない物があると言われて、この場を去られたってところだ」
「なるほど。ではまた話を出来る機会を設けることが当分の目標というところでしょうか。今回の邂逅は偶然で、想定通り行政のトップである商会長ともなると話を付けるのも一苦労でしょうし。あと宝玉の対価も用意しないといけないですね」
「そうだな」
打てば響くとはこのことで、特に説明することなくリオは状況や俺の危惧していることを理解してくれた。
説明することが無くなったので話題を変える。
「それで俺が情報を聞き出している間に、おまえは飲み比べをしていたというわけか。にしては酔っているようには見えないな、ちゃんと思考できているようだし。あれか、酔いさましの魔法使ったのか」
「そんな無粋なことはしてませんよ、私の実力です。初めて飲んでみて分かりましたが、どうやらアルコールに相当強いみたいです。先ほどの飲み比べも10杯飲んで競り勝ちましたし」
「10杯って……無駄使いしすぎじゃねえか?」
「大丈夫ですよ。飲み比べの敗者が勝者の分まで料金を支払うシステムですので」
「それはそれで容赦ねえな」
運び出された元王者とやらの姿は俺からも見えたがおっさんだった。リオみたいな少女に負けてはプライドがズタズタで料金の支払いまでとなると踏んだり蹴ったりだろう。
「飲み比べか……遊んでるわけじゃないんだよな? おまえのことだ、理由あっての行動なんだよな」
「はい。どうしても私たちは余所者ですから。こうして輪の中に入ることで得られる情報もあると判断してのことです」
「おーい!! 可憐な王者さんよう、次の挑戦者が現れたぜー!!」
人だかりからリオを呼ぶ声がする。確かにリオの存在は酒場の客たちに受け入れられているようだ。コミュ力の塊のようなリオだからこそ為せたことだろう。
「はーい、今行きまーす! ……ということで後の情報収集は私に任せて、サトルさんはユウカを連れて先に部屋に戻っていてください。会計は私がまとめてしておきますので」
リオはテーブルに顔を埋めている親友の介抱をサトルに頼む。
「そういやユウカはどうしてこうなったんだ?」
「最初こそ威勢良く飲んでいましたが、二杯目で潰れたようです。状態異常耐性も加味してこれですから、元々とてもお酒に弱いんでしょうね」
「そうだろうとは思っていたが……しかし、もう一回飲み比べに行く前にユウカを部屋に運ぶくらいは手伝ってくれないか?」
「私が手伝うまでもないでしょう。ユウカは竜闘士という力を得ても一人の女の子です、サトルさんだけで部屋まで運べるはずです」
「いや、だが……」
ユウカがここまで酔っていて一人で歩けるとは思えず、おそらく肩を貸すなどの身体的接触を伴う介助が必要になるであろう。その役割を務めるのはどうにか避けたかったのでリオに押しつけようとしたのだが拒まれた。
俺の思考を分かった上で拒否しているのは口の端が上がっていることから読みとれる。
「ちなみに私はあと二時間は部屋に戻らないでしょうから、その間二人きりの部屋で何が起こっても気づきませんよ」
その上、このような煽る発言までしてきた。
「何の心配しているんだよっ!?」
「送り狼になってもいいんですよ」
「変な提案するなっ!!」
悪戯っぽい笑みを浮かべたリオに俺はツッコむ。
「ふふっ……念のために言っておきますが、この酒場に酔いつぶれた少女一人放って置いて、自分だけ部屋に戻るなんて真似したらどうなるかは分かってますよね?」
「さすがにそんな不義理なことはしないが……あれ、おかしいな、魅了スキルで命令出せる立場にあるのは俺のはずだよな……?」
何か完全に主従が逆転している気がする。
「おーっと、王者の到着が遅れているぞー! 挑戦者に恐れをなして逃げ出したかー!?」
「どうやらタイムリミットですね。オンカラ商会についての情報は集めておきますから、そちらはよろしくお願いしますよ、サトルさん」
実況の声が聞こえてくると、リオは後を俺に任せて人だかりに向かう。
「……ったく、あんまり飲み過ぎるなよー!!」
「分かってます、ほどほどにしますね」
こちらを振り返らずに告げられたリオの言葉に全然そのつもりが無いことは俺でも分かった。
リオが去ったことでテーブルに残されたのは俺と。
「zzz……」
先ほどから変わることなく寝息を立てているユウカだ。
この騒がしい酒場においてここまで寝ていられることは尊敬に値する。
「どうするか……」
考えても出てくる選択肢はユウカを介抱して部屋に戻るというものしか思いつかなかった。
リオが飲み比べを終えて戻ってくるまで俺も情報収集しながらこの酒場で待つことも考えたが、正直俺は飲めや騒げやの雰囲気に居心地の悪さを覚えていて部屋に戻りたかった。後の情報収集は言ってたようにリオに任せれば大丈夫だろうという算段もある。
となればユウカを置いていくわけにもいかない。
「はぁ……おーい。ユウカー。起きろー」
テーブルを軽く叩きながら声をかける。寝ている女子の身体に触れる勇気がないが故の行動だったが。
「zzz……」
それでは足りないようでユウカはピクリとも動かない。
呑気に寝ているその姿に、このままテーブルを思いっきり引いてユウカの支えを無くしてやろうかとも考えたが、そんな邪険に扱ってはリオに怒られる。
「部屋に戻るぞー、ユウカー」
仕方なくユウカの肩を掴んで身体を揺すりながら声をかける。
「…………ん、サトル君?」
すると今度はどうにかユウカの意識が戻った。とはいえ腕は未だテーブルに乗せたまま顔だけを上げている状況だ。そのまま顔をまた伏せればすぐに寝てしまうだろうことは想像に難くなく、俺はどうにかユウカが覚醒するように呼びかける。
「ああ、俺だ。状況は分かるか?」
「分かんない」
酔っているのか少々呂律が回っておらず、端的になるユウカの言葉。
「おまえは酒を飲んで潰れてたんだ。こんなところで寝るわけにもいかないし、部屋に戻るぞ」
「うーん……」
「すぐにも寝そうだな……ほら、歩けるか?」
「歩けない」
「しょうがない……じゃあ立つだけでいい。俺が支えて移動してやるから」
「やだ、動きたくない」
「やだじゃなくてだな……それだと部屋に戻れないだろ?」
どうにか説得しようとするサトルだったが。
「じゃあサトル君、おぶってー」
「…………は?」
次のユウカの提案によって思考停止に陥るのだった。