19話 オンカラ会長
相変わらず酒場は騒がしいが、俺はそれを遠い出来事のように感じていた。目の前の二人に向き合うことに集中していたからだ。
「ヘレス。少年は君に女神教の教会の取り壊しについて聞いていたな」
「そのようです。取り壊したのは30年前で間違っていませんでしたよね?」
「ああ、そうだ。しかし君が商会に入る前の出来事ではなかったか?」
「資料整理の際に一度見かけたのを覚えていただけです」
「だけ、というのは謙遜だと思うがな。一度見ただけで記憶出来るなど普通ではない」
「恐縮です」
すっかり酔いも覚めて貫禄の出てきたオンカラ会長と秘書のヘレスが俺を前に会話を交わす。
女神教の教会を取り壊したのはオンカラ商会で確定のようだ。その際に女神像のアクセサリーとして付けられていた渡世の宝玉の行方について聞きたいところだが……。
「さて、少年。君の目的は……渡世の宝玉だろうか」
「っ……!? それをどうして……!?」
まるで心を読まれたようなセリフに俺は動揺を隠せない。
「何、簡単な推理だ。君の年齢からして30年前は産まれていなかっただろうから、取り壊し自体に用があるとは思えない。なら跡地を使える契約についてだろうかとも思ったが、商会の関係者ならば私の顔を知らないはずがない。残る要素を考えて……取り壊しで得た渡世の宝玉について鎌をかけたところ当たったというわけだ」
「………………」
相手は商会の長。長年商売の場で人と関わって生きてきた者だ。俺のような若輩者の狙いを読むことなど訳ないのだろう。
「渡世の宝玉をどうしたんですか? やはり売り払ったんですか?」
「あのサイズの宝石となるとかなりの価値があるのでな。掘り出し物だと思って売り払おうと思っていたが、鑑定の結果を見て気が変わった。『世界を渡る力を持つ』なんて文言、それに女神像のアクセサリーに使われていたことに何らかの意味を感じて今も手元に置いてある。もっとも30年の月日は長く、埃を被っているだろうな」
「……そうですか」
「何故渡世の宝玉を求める? 私はその理由について興味がある」
オンカラ商会長の質問に俺には危惧していることがあった。
俺たちが女神の遣いで災いを防ぐために渡世の宝玉を集めているなんて言葉を信じてもらえるのかというものだ。
女神教が廃れた現代では、おそらく世迷い言だと思われてしまうだろう。
だったら嘘を吐いて誤魔化すか……しかし、この人を前に嘘を吐いて見破られない自信がない。
どっちにしろ信じられないのなら俺にとっての真実を話すだけだ。
俺は腹を括って女神の遣いであることなど全てを話す。
「――それで世界を救うため、俺たちが元の世界に戻るため、渡世の宝玉を譲ってもらえないかとお願いしたいわけです。虫の良いことを言っていることは自覚しています」
「なるほどな。一般的な意見を言ってもいいだろうか?」
「はい」
「今の君は壮大な作り話で騙して宝石を奪おうとする詐欺師だとしか見られないだろう」
「……でしょうね」
覚悟していたので詐欺師呼ばわりも受け入れる。
「そこで反発しないだけの分別はあるか。しかし信じられないだろうことを分かっていて、そのまま話す辺りは未熟であるな。世の中正しいことだけでは動かない。今の話が本当で、世界平和のために渡世の宝玉を欲するならば、嘘を吐いてでも私を納得させるべきだった」
「……そうしたら嘘を見抜いて、俺を詐欺師扱いするんじゃないですか?」
「もちろんだ。嘘は見破られる方が悪い」
そもそも八方塞がりだったか。
「まあ良い。荒唐無稽な話ではあるが、少年が嘘を吐いていないことは分かる」
「それだけ俺が分かりやすいってことですか」
「そう不貞腐れるな。何にしろ人に信じてもらえるのは才能だぞ」
相手に励まされる始末だ。俺のコミュニケーション能力の低さが浮き彫りになる。
「だが、それでも今の君には渡世の宝玉を渡せない」
「俺に何が足りないんですか?」
「まずは『対価』だ。言ったとおり、渡世の宝玉は宝石として価値ある物だ。私も商人でな、金を払えない者に商品を渡すことは出来ないのだが……そうだな、大体これくらいだが君は支払えるのか?」
「……」
提示された金額は現在の俺たちの全財産より大きい。
「そして金があったとしても、もう一つ『価値』が無ければ売ることは出来ない。というのも――」
「時間です、会長。そろそろ次の商談に向かわないと」
そのときずっと黙って見守っていたヘレスさんが声をかけた。
「分かっている。では行くぞ、ヘレス」
「了解しました」
ヘレスさんを付き従えてその場を去ろうとするオンカラ会長。
いきなりのことに俺は慌てて引き留めようとした。
「ちょ、ちょっと待っ……」
「残念だが待てない」
が、その歩みを止めないままオンカラ会長は返事する。
「会長は多忙なお方、今回のように普通に話せる機会の方が珍しいです。これ以上の用があるなら……時間を割いてでも相手しないといけないという『価値』を見せてください」
「あまり厳しいことを言ってやるな、ヘレス」
「言っていることは間違っていないと思いますが」
「……そういうことだ、少年。個人的にはその両手の花どちらが本命なのかも気になる……また話す機会があったら教えてくれ」
結局俺は二人の姿を見送ることしか出来なかった。
「……だから両手に花じゃないって」
不満をぽつりとこぼす。
せっかくの渡世の宝玉を手に入れるチャンスを失ってしまった。
「まあいきなりすぎて準備も整ってなかったから、しょうがないか」
落ち込んでいてもしょうがないので気を取り直す。
「それに収穫が無いわけでも無いしな」
渡世の宝玉の場所が分かり、やるべきことが明確になったことは大きい。
オンカラ会長にもう一度渡世の宝玉を渡してもらうように交渉する。
そのためには……やつが言っていたように『対価』の用意と『価値』の証明が必要だ。
「さて、具体的にはどうするか。二人と話し合って考えないとな……って、そういえば二人は?」
オンカラ会長とヘレスを相手に俺一人で立ち回っていたが……そうだ、俺には二人の仲間がいるはずなのだ。
なのに一切の援護も無かったが……二人はどうしているんだ?
きょろきょろと辺りを見回すと二人はすぐに見つかった。
「zzz……」
顔を真っ赤にしてテーブルに頭を埋めているユウカと。
「おおっと、王者陥落!! 何と、まさか誰がこの結末を予想できただろうか!? この少女、見た目と裏腹に酒豪だぞーーっ!!」
「ふふっ、なんか勝っちゃいました」
飲み比べに参加して人だかりの中心にいるリオの姿があった。
「二人とも……何してるんだ?」