18話 酒場
部屋に荷物を置いた俺たちは早速宿屋に併設されている酒場に向かった。
「おーい、こっちにビール五杯もらえるかー!!」
「はーい、ビール五ね!! こっちはおつまみセットはいお待ち!!」
「ようやく来たか! サンキューな!!」
入り口から一望できる小じんまりとした店内には、ところ狭しと丸テーブルとイスが置かれている。それを囲む客と間を縫って進む店員の声が溢れている。
「すごい活気だね」
「ざっと数えて四、五十人くらいはいるでしょうか?」
「少し尻込みするな……」
正直騒々しいところはあまり好きではないが、そのようなことを言っている場合でもないか。ここでどうにか渡世の宝玉の手がかりや、この商業都市の最新の情勢を仕入れなければ。
俺たちは隅の方に空いてたテーブルを見つけてそこに三人囲んで座ると目聡い店員が寄ってきた。
「注文は何にしますかー!」
店内では叫び声がデフォルトだ。そうでも無いとかき消されるのでしょうがないが。
「えっと……」
「そうですね……」
「まずは……」
酒場に入るのが初めてな俺たちは戸惑う。ましてや異世界の酒場ともなれば勝手が分からなくて当然だろう。
「兄ちゃん嬢ちゃんたち酒場は初めてか? こういうときはとりあえず生三つとあつまみセット言っとけばいいぞ!」
見かねた隣のテーブルの赤ら顔したおっさんが割り込んできた。仕切りがないため、テーブルを越えた交流はそこかしこで行われている。
「それでいいでしょうか?」
「それでお願いします」
「了解しました。生三つとおつまみセット入りまーす!!」
確認を取ってきた店員に頷きを返す。こういうときは経験者に従うのが吉であろう。
厨房に注文を伝えに戻った店員を見送ると、おっさんはさらに絡んできた。
「ふむ、若いな。注文にもたついていたことといい、酒場は初めてかね?」
「そんなところです」
「若い男女……宿屋の方から来たという事はここに宿泊……ということは……もしかして駆け落ちかね!?」
「か、駆け落ちって……そ、それは……!?」
おっさんの言葉に過剰に反応するのはユウカ。
「違います、俺たちは目的があって旅している最中で……」
「がははっ、兄ちゃんすごいな。両手に花で駆け落ちたあ滅多にないぞ!!」
「……聞いてねえ」
既にかなり飲んでいるのか、すっかり出来上がっているようだ。酔いの回ったおっさんは俺の話が耳に入っていない様子。
「良いねえ、両手に花! 男のロマンだ! おっさんももう少し若ければ……」
「自分の立場を考えてください」
「痛てっ!?」
耳を引っ張っておっさんの暴走を止めたのは、同じテーブルに座っている女性。
「すいません、迷惑をかけまして。この人、酔うと歯止めが効かないもので」
「何おう!? おっさんはまだ酔ってないぞ!」
「その言葉は耳にタコが出来るくらい聞きました」
女性の言動の節々からは怜悧な印象が受け取れる。歳が50は行ってそうなおっさんに対して、女性は30前半と見える。このコンビは……一体どんな関係性なのだろうか?
気にはなるが突っ込んだことを聞く度胸も無い。その内注文の品である生三つとおつまみセットがやってきたため乾杯することになった。
「それではこの出会いに祝福して! 乾杯!!」
「「「乾杯ー!」」」
おっさんの音頭で俺たちは杯を掲げる。
新たな酒を片手にテンションが高いおっさんだがそれに釣られて俺たちもテンションが上がりこの場に何とか付いて行けているため正直助かっている。
と、肝心の酒の味は……。
「苦っ……!?」
「生って……ビールのことだよね? こんな味なんだ……」
「私は好きな味ですね」
「最初はそんなもんだ! しかし、嬢ちゃんは見込みがあるな!!」
顔をしかめている俺とユウカに対し、ゴクゴクと一息で飲み干さんばかりの勢いで杯を傾けるリオ。凄えな。
「これはおっさんの奢りだ! 生もう一つ追加!!」
「ありがとうございます」
「……はあ、全くこの人は」
追加注文をするおっさんに、お礼を言うリオと頭を抱える女性。
「リオのやつノリノリだな」
「あんな姿初めて見たよ。お酒強いんだね」
「あ、そういえばだが、早速一緒にお酒飲むって約束達成したな」
「そうだね。……サトル君とお酒。うん、いいね! よーし、じゃあ盛り上がっていくよー!!」
「いや情報収集も忘れないように……っていうかもう酔ってないか?」
まだ一口飲んだだけだというのに、ユウカの頬がほんのり赤い。
スキル『状態異常耐性』で酔いにくいって話だったのに……いや、それを差し引いてこれだとすると、元はかなりお酒に弱いってことか?
「ごくごく……ぷはーっ!!」
「お、そっちの嬢ちゃんの飲みっぷりもすごいな!!」
「流石ですね、ユウカ。……ですけど、負けませんよ」
何故かライバル視するリオ。
これは……俺が一人で情報収集頑張るしかないか。
「すいません、ちょっといいですか?」
「何でしょうか?」
俺は会話が成り立ちそうな女性の方に話しかける。彼女も片手に酒を持っているが、この落ち着いた様子は酔いにくい体質ということか。
「俺たち今日この商業都市に着いたばかりで……この都市の成り立ちだったり、商業が盛んだってことは知っているんですが最近の情勢には疎くて。特に大商人会について知っていることがあったら教えてもらえませんか?」
「……なるほど、いいでしょう」
女性は表情を変えずに頷くと話し始める。
「基本的なことは知っていると言いましたね? なら大商人会が、大きな商会のトップによって成り立っていることはご存じですね?」
「はい」
「大商人会は現在10の商会で運営されています。共に統治するという目的のため、その10の商会に地位の優劣は無いのですが……それでもそれぞれの商会の規模により発言力の大小はどうしても生まれます」
「それは……何とも面倒そうだな」
建前として立場は同格だが、力には差がある。大商人会では神経すり減らすやりとりが為されているだろうことは容易に想像が付く。
「その中でも一番のトップがオンカラ商会といいます。この宿屋と酒場もそこの経営ですね。商業都市発足時から存在するという、最古参の商会です」
「古くからいるやつが一番発言力があるってわけか。上手く行っている内はいいだろうな」
「ええ、その危惧の通り最近そのオンカラ商会の地位を脅かす存在が現れたのです。10年ほど前に出来た新参のリバイス商会、大商人会の中でも一番若い商会です」
「やっぱりか」
古参に対抗するのはいつだって新参だ。異世界でもそれは変わらない。
「リバイス商会の勢いは凄まじく、その地位にあぐらをかいていたところもあったオンカラ商会は改革を迫られました。そういう意味では良い刺激だったと言えるでしょう」
「だが、その改革がことごとく的外れで、オンカラ商会はますます力を落としていく……そんなところか?」
話の流れを読み切ったと俺は先に言い当てようとしてみせるが女性は否定する。
「いえ、それがオンカラ商会の会長はどうやら才があったようで、改革は上手く行きました。ですが……それでもリバイス商会に遅れを取っているのが現状です」
「ふーん、珍しいな。……しかし、遅れを取っているとはどういうことだ」
「それは……私の口から言えるところではありません」
女性が口をつぐむ。
頭角を現した新参の商会に、改革に成功した古参の商会。しかしなお古参の商会は手こずっている。その理由とは……。
まあいい、色々な情報を得られた。最後に駄目元で聞いてみるか。
「えっと、すいません。ちょっと変なことを聞きますが……女神教ってご存じですか?」
「古くに廃れた宗教だと理解していますが……それが何か?」
「この都市にも昔女神教の教会があったと聞きます。その教会の取り壊しを主導したのがどこなのかを調べていて」
「教会の取り壊し……」
「ああ、いや、その、昔のことらしいので知らなくても……」
「――それなら30年前にオンカラ商会が主導して行っていますね。その跡地を利用できる契約で引き受けたと記憶しています」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ。資料も残っていると思いますが、実際に立ち会った人に話を聞くとすれば……30年前となると当事者は会長くらいしか残っていないでしょうね」
「会長……ですか。分かりました。情報ありがとうございます!!」
望外の情報を手に入れたことにガッツポーズを取る。
これで道筋は立った。
古参でこの都市のトップ、オンカラ商会が教会を取り壊した。その際に女神像に埋め込まれた渡世の宝玉を……商人だしその価値を理解して取っているだろう。
問題はその後売り飛ばしたりしていないかだが……こればかりは直接聞くしかないか。
とりあえず足がかりはオンカラ商会の会長だ。どうにか会えないか、明日から探ってみよう。
「………………」
と、興奮冷めやらない頭で考えていたが、ふと疑問が沸いた。
その情報を知っているこの女性は……何者なんだ?
そうだ、俺は駄目元で聞いたんだ。普通に考えて、昔に教会の取り壊しをどこが行ったのかを知っているなんて思わない。
なのにこの女性は知っていた。
これは、もしかして……。
「さて、そろそろ時間ですよ。会長」
女性がおっさんの耳を引っ張る。
「痛っ!? ……もうそんな時間か?」
「はい。もう十分に視察出来たでしょう」
「えーもうちょっと飲んでたかったのに……あ、いえ何でも無いです」
女性に凄まれると慌てて取り繕うおっさん。
オンカラ商会についてやけに詳しかったこと、その経営であるこの酒場に視察に来る立場、さらに会長という言葉……これは。
「二人はオンカラ商会の会長とその補佐といったところですか?」
「補佐ではなく秘書です。……しかし、流石にしゃべりすぎましたか。私も少し酔っていましたね」
「やーいやーい、失敗してやんの。いつも儂に注意してるのに」
「何か言いましたか、会長?」
「いえ、何でもありません」
女性が人でも殺せそうな目で睨むと、おっさんは萎縮する。
女性は俺に向き直った。
「周囲にバレると騒ぎになるので、黙っていてもらえると助かります。さっきの情報が対価ということでよろしいでしょうか?」
「それは構わないですが……」
少しちぐはぐさを感じる。商会のトップのような人なら、その顔も有名じゃないのか? 騒がれるのが嫌なら変装でもして対策するばいいのに、それもしておらず、なのに誰にも気づかれていない。
これは……ああそうか、元の世界の常識で考えちゃいけないのか。
他者からの認識を阻害するようなスキルを使っているのだろう。しかし、俺には女性が話しすぎたため気づかれてしまったと。
まさかこんな大衆酒場に、行政トップの人間がいるとは……いや、このおっさんの馴染みっぷりが異常だし気づく方が無理だ。
というか正直今も疑っている。このどこにでもいそうなおっさんが最古参の商会、オンカラ商会の会長なのか。改革も上手く行った才ある人だと言っていたが……。
「世界が揺れてる……あれをもらえるか、ヘレス」
「はい、酔いさましです」
「おう、サンキュー」
女性……いや、秘書のヘレスが差し出した錠剤を受け取り口に含むおっさん。
すると。
「……相変わらずこの感覚は慣れないな」
「でしたらそこまで酔わないでください。その酔いさましは上級の魔法を合成しているので高いんですよ」
「そう言うな、客として最大限に楽しんだ方が問題点が見えやすいからな」
「それは分かっていますが……それでここの評価はどうですか」
「いいだろう。店員の教育も行き届いているようだしな。少々騒々しいが、それがこの場所の特色だ。奪ってはならんだろう。細かいところは……後にするか。ちょっとそこの少年がしていた話に興味があるのでな」
「次もあるので短めにお願いしますよ」
「……はっ!?」
そこの少年……おそらく俺のことが話題に出てようやく頭のフリーズが解けた。しかし、混乱は収まっていない。
……誰だ、この人!?
酔いが醒めた瞬間、貫禄のあるおっさん……いやおじさんになった。同一人物とは全く思えない豹変ぶり。
「オンカラ会長は酒癖が悪いところだけが玉に傷です」
「そう言うな、これでも一線は弁えている。それに完璧な上司は部下から引かれるものだ。これくらいの欠点があった方が上に立つものとしてちょうどいい」
やけに計算高いセリフを吐くおじさん……いや、オンカラ会長と呼ぶべきだろうか。
どうやら渡世の宝玉の行方を知っている人物と早々に邂逅したようだった。