17話 宿屋
「すごいですね……」
リオから感嘆の言葉が漏れる。
商業都市は魔物対策か高い壁に囲まれている。そのため都市への出入りは東西南北の四つの門からしか行えない。
三人は東の門の前にいたが、そこではこの異世界に来てからみた人間の数を軽く数倍は越える量が行き来していた。人だけでなくこの世界で初めて見る馬車などもある。
「門が四つあるので、単純に考えるとこれでも人の量は四分の一なんですよね……。ずいぶん活気がある都市ですね」
またも感心する言葉が出るが。
「「………………」」
それに答える声がない。
リオは振り返って、同行者二人に檄を飛ばした。
「サトルさんにユウカ。いつまで静かにしているんですか?」
「つっても……くっ、まだぐらぐらする……」
「サ、サトル君を……お、お姫様だっこ? わ、私はなんてはしたないことを…………」
ここまで空を飛んできた影響でまだ身体がふらつくサトルに、冷静になって自分の行動が恥ずかしくなってきたユウカ。
「はぁ……。さっさと行きますよ。今日の宿も見つけないといけないんですからね」
理由は違えどテンションの低い二人を連れてリオは商業都市、東門に歩を進めた。
門では身分や持ち物の軽いチェックが行われていた。大勢の人の流れに身を任せて、三人はリーレ村の村長タイグスが用意してくれたリーレ村の村民の証明を見せて通過する。
そうして町の中に入ると、さらなる人の渦に巻き込まれることとなった。
「長旅ご苦労さまっ!! お腹が空いたなら、これ!! オンカラ商会印のパンはいかが!!」
「今日お見せするのは新商品!! 今朝入ったばかり旬のフルーツを使ったジュースだよっ!!」
「さあさあ、パンならこっちだ!! リバイス商会のパンはどこよりも安いぞ!!」
人の流れに流されるまま、道の左右に構える店から聞こえてくる商品の宣伝。
門の前は一番人が行き来する場所なのだろう。現代世界で駅前は商業施設がよく賑わっているのと同じで、交通量が多い場所はもっとも客の見込める場所だ。そのためほとんど叫ぶような客引きの声が行き交っている。
「商業が盛んな都市の中でもさらに熾烈な場所なんだろうな……」
先ほどの空の旅の後遺症がようやく回復してきた俺だが、今度は人の多さに酔いそうになる。
「色々と気になる商品もありますが……とりあえずこの一帯を抜けましょう」
「あっちのパンおいしそう……あ、そ、そうだね」
買い物好きの女子の本性が垣間見えるが、それでも我慢して門前の区画をどうにか抜ける一行であった。
「流石にどこもかしこもあの人の数では無いんだな」
メインストリートを外れた枝道に入ると、人の流れはかなり減った。とはいえここに構えている店もあり、その客や通行人がそこそこいる。
「これからどうしようか?」
三人は人の邪魔にならない道の脇に立ち止まって行動方針を話し合うことにした。
「とりあえず今日やるべきことは二つだろうな」
俺は指を二つ立てて見せる。
「一つは先から言っていたように今日泊まる宿を探すことでしょうか?」
「そうだろうね。もう一つは何なの、サトル君?」
「情報収集だ。俺たちはこの商業都市について、タイグスさんの話でしか知らないだろ。もうずいぶん前に訪れたってことだったから、情報が変わっている可能性もあるし、最近の情勢についても不明だ。だから情報を集めることで、渡世の宝玉をゲットするための道筋を考える」
「言われてみると基本中の基本ですね。分かりました」
「宿屋探しと情報収集ね。了解!!」
二人が頷く。
「それで一つ目の宿屋探しですが……この商業都市には多くの宿屋があるみたいですね。外から訪れる人が多いからでしょうか?」
歩きながらも並ぶ建物を観察していたリオの言葉。
「この並びにも二、三軒あるみたいだしな」
「数が多いとどこを選ぶべきか悩むね。やっぱり安さ重視かな。旅の資金も多くあるわけじゃないし……」
現在手元にあるのは女神教に寄付金として集まったものをタイグスの厚意により授かった分のみである。しばらく生活する分はあるが、先立つものは多い方がいいし、金さえあれば宝玉を買い取るという選択も出来る。
俺が魅了スキルで強奪まがいのことをすれば簡単に金を増やせるだろうが、ユウカが賛成するわけがないし、それに目立つ行動をして魅了スキルのことが広く知れ渡ることは避けないといけない。
となると今後金を稼がないといけなくなったときは、ユウカとリオを頼ることになるだろう。リーレ村のイールに聞いたところ、竜闘士と魔導士の力をもってすれば、魔物退治などで荒稼ぎも楽勝らしい。
……二人が稼いだ金で養ってもらう俺は完全にヒモだな、これ。
「サトルさんはどう思いますか?」
「え、俺?」
「今晩泊まる宿についてだよ。どこがいいのかな」
「……ああそれか」
考えごとをしていたところに急に話を振られたが、それなら一つ考えがある。
「そうだな、活気のある酒場が近くにある宿屋を探すぞ」
それからしばらくして。
「こことかいいんじゃない?」
「そうですね、ここまで騒ぎ声が聞こえるくらいですし」
「酒場に併設された宿屋か。まさにぴったりじゃねえか」
地図が無いためさまよっていた俺たちは、日が落ちた頃に目当ての物を見つけることが出来た。
俺が酒場が近くにある宿を望んだのは、もう一つの目的、情報収集のためだ。
古来より情報収集といえば酒場と決まっている。この世界では俺たちも飲酒してもいいようだし、活かさない手はない。
ユウカとリオの二人も反対意見はなかった。
「まずは宿屋の方からですね。部屋が空いていればいいですが」
「そうだね、これだけ人が多いと埋まっているかもしれないし……」
「こればかりは祈るしかないな」
俺たちは宿屋に入って、受付に話を聞く。
結果からして、良い知らせと悪い知らせがあった。
代表として交渉していたリオが聞いた情報を確認する。
「部屋は空いてますが残り一部屋だけ、と。そういうことですね?」
「そうさね、昼間に引き払った人がいてね。ちょうど三人部屋だし……ははっ、お客さんたち運が良かったよ」
「良かったです。それではその部屋でお願い――」
「ちょ、ちょっと待ってよ!?」
リオが了承しようとしたそのとき、ユウカのストップがかかる。
「……どうしましたかユウカ? 何か駄目なところがあったでしょうか?」
「大ありだって!! 三人で一部屋って……それってサトル君も一緒の部屋で寝泊まりするって事でしょ!? そ、そんな男女が一緒の部屋で寝るなんて駄目だよ!!」
「……まああまり良いことではないよな」
俺もどちらかというとユウカ寄りの立場である。
「えっと……それの何が良くないのでしょうか?」
「分からないフリしてない、リオ?」
「あらバレましたか」
テへ、とおどけるリオ。
しかしすぐに真面目な顔付きになって。
「ですが、半分は本気ですよ。三人で旅するって決まった時点でこんな事態になるのはあり得る思ってましたから。まさかこれくらいの想定外も無い順風満帆の旅が続くとはユウカも思ってませんよね?」
「それは……」
「お金も余裕あるわけではないですから、二部屋より一部屋の方が節約できますしちょうどいいじゃないですか。それに……もしサトルさんに何かするつもりがあるなら、魅了スキルで命令に逆らえない私たちはとっくに襲われてます」
「まあ、そうだが……」
「というわけで何も問題は無いということです」
反論しにくい……。少々釈然としないが、リオの言い分を認めるしかない。
「どうだい? ここに決めなって。この時間だし他の宿に行っても旅人が押し寄せて埋まっていると思うよ。今なら特別に割り引きするから……ほらね」
受付のお姉さんの援護射撃が飛ぶ。厚意が半分、せっかくの客を逃がしたくない気持ちが半分だろう。
「ううっ…………でも……」
渋々ではあるが俺が認めたため、残る反対派はユウカだけである。理屈としては納得しているようだが、心の方の整理が付かないようだ。
魅了スキルでは心を操れないためどうすることも出来ない。そもそも俺が無理強い出来る立場でもないし。
どうしても譲れない場合は他の宿を探すことも考えながら待っていると。
「はぁ……ちょっと耳を貸してください、ユウカ」
「え、何?」
埒があかないと判断したリオがユウカに何やら耳打ちする。
それから少しして。
「分かったわ!! 三人一緒の部屋でいいわよ!!」
ユウカが大きな声で了承を告げる。
「……どんな心変わりがあったんだ?」
「まあ、そのよく考えてみれば……チャンスだもんね……!!」
「チャンス?」
「な、何でも無いって!!」
慌てて否定するユウカ。チャンスって……どういうことだ? リオは何を吹き込んだって言うんだ?
「話がまとまったみたいさね。まいどあり!! はい、これ鍵。二階の207号室だよ」
受付のお姉さんは話しながら事務処理を行っていたようだ。手早いな、やり手なのかもしれん。
「よし、じゃあ一回部屋に行くか」
「分かりました」
「荷物を置いたら早速酒場に行って情報収集だね」
俺たちは指定された部屋に向かう。
宿屋の部屋は特に俺たちの想像を超えるところはなかった。
三つのベッド、窓際のテーブル、トイレやシャワーも完備されている。
異世界ならではのトンデモは無かったが、これはこれでいつもと同じで落ち着けるだろう。