167話 最終決戦9 終幕
ユウカこと私には今全てが分かっていた。
全ての発端は魅了スキル。
最初から最後まで私とサトル君の関係にこのスキルは付きまとってくるのだ。
その詳細を私は思い出す。
スキル『魅了』
効果範囲:術者から周囲5m
効果対象:術者が魅力的だと思う異性のみ
・発動すると範囲内の対象を虜にする。
・虜になった対象は術者に対して好意を持つ。
・虜になった対象は術者のどんな命令にも身体が従う。
・元々対象が術者に特別な好意を持っている場合、このスキルは効力を発揮しない。
・一度かけたスキルの解除は不可能。
「サトル君の真なる目的……永遠の孤独。それって文字通り誰からも干渉されないことを目指したんでしょ」
「何でそう思うようになったのかは分からないけど……その場合邪魔な存在がいる。それが私」
「魅了スキルにかかっていないから命令することも出来ないし、サトル君のことを好きだからどれだけ突き放そうが構ってくる。おまけに竜闘士というとてつもない力を持っているからタチが悪い」
「どうにかする方法が無いかと思案して……魅了スキルを使うことを考えたんだよね」
「『効果対象:術者が魅力的だと思う異性のみ』に私は当てはまる。でも、もちろん私は魅了スキルにかからない。
『元々対象が術者に特別な好意を持っている場合、このスキルは効力を発揮しない』から」
「だけど裏を返せば……私がサトル君への好意を無くせば魅了スキルをかけることが出来る」
「だからサトル君は私に嫌われようとした」
「渡世の宝玉を手に入れるだけなら過剰とも言えるのに、わざわざ王国を支配したのも」
「王国の無辜の民を虐殺したって嘘情報を私たちだけに流したのも」
「そして今の戦い。わざと私の憎悪を煽ったのも」
「『俺はこれだけ悪いことをした。どうだ嫌いになったか?』ってことだったんだよね?」
「全部、私に魅了スキルをかけるためだったんだ」
私の言葉に。
「いや……違う。そうじゃないんだ」
サトル君は反対の意を唱えた。
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「いや……違う。そうじゃないんだ」
ユウカの言葉に俺は反対する。
「何が違うっていうの? 倒れた私相手に魅了スキルをかけようとしたこと、さっき私に命令したこと……全部そうじゃないと辻褄が合わない」
ユウカの反論はもっともだ。
ユウカの意見は全部当たっている。
別に俺も全てが暴かれて抵抗するつもりはなかった。
ただ一つだけ、訂正する場所があった。
「魅了スキルにかけるために嫌われようとしたんじゃないんだ。
嫌われたら魅了スキルをかけることが出来ると思っただけなんだ」
「……続けて」
ユウカが先を促す。
「始まりは……ああ、そうだ。学術都市でユウカに告白されたことだった」
「嬉しかったよ。俺もユウカとなら一緒に歩いていける。告白を受けるつもりだったんだ」
「だけど直後に襲撃があって……俺を守るために傷つくユウカを見て思ったんだ」
「俺なんかがユウカに釣り合うだろうかって」
「確かに今俺とユウカは想い合っている。でもそれがずっと続くだろうかって」
「俺の不甲斐なさは俺自身が一番知っている。付き合うことになって、俺のどうしようも無さを間近で見るようになれば、きっと近い将来ユウカは俺を嫌いになる」
「いつか必ず訪れるだろうそのときが……俺は怖かったんだ」
「だから……そんなことになる前に、先に嫌われようと思ったんだ」
「今の内に嫌われれば受けるダメージは少なくて済む」
「魅了スキルをかけることが出来れば、嫌われたという証明になる」
「そうなって俺は『ははっ、やっぱりそうだよな』と思いながら、今度こそ誰にも関わらずに生きていく」
「『永遠の孤独』……何も得られることが無い代わりに、何も失わないで済む世界で……ただただ生きて、そのまま朽ち果てるつもりだった」
骨の髄から陰湿してジメジメとした生き方。
自分から嫌われようとしたのに、やっぱり嫌いになったのかと見返そうという考え方。
どうしようもなく嫌になる俺なんかを――。
「それでも私はサトル君のことを好きなままだった」
「…………」
ユウカは太陽のように照らす。
「………………」
「………………」
お互いがお互いを見つめ合う。
お互いに無言でともすれば切迫しているとも取られるかもしれないが、不思議と居心地は悪くない。
いつまでもこうでもいいと思い始めたところで――。
「だぁっもう、じれったいですね」
そんな雰囲気を壊すように、第三者の声が上がった。
「リオ……って、ええっ!? どうして!? 死んだんじゃなかったの!?」
「勝手に殺さないでください……って言いたいところですが、実際死んでましたよ。仮ですけどね」
「仮?」
そう、俺はリオを殺していない。
即死魔法を打った闇の奔流の中でリオに仮死状態になるように命令して、さっきその命令を解除したから起きたというわけだった。
そもそも魔導士は魔法抵抗力が高いため無防備なところに即死魔法を受けても効果が発揮することはない。
ユウカに嫌われるための策として咄嗟に思いついた方法だった。
「よく分かんないけど……生きてて本当に良かったよ!!」
「ああもう、抱きつかないでください!!」
抱きつくユウカに揉みくちゃにされるリオ。
「リオ、おまえにかけられた全ての命令を解除する。……今まで、そして最後まで済まなかったな」
「サトルさん……謝れば許されると思ってますか?」
「思っていない。どんな罰でも受ける覚悟だ」
俺はリオに、いや魅了スキルで支配して強制してきた全ての人に対して償いをしなければならないだろう。
「はぁ……とりあえずそれは置いておきます。さっさとやらないといけないことがありますから。
私は今から軍の方に出向いて戦闘行為の停止を申告してきますね。サトルさんももう戦う理由が無くなったでしょうし、いいですよね」
「ああ、頼む」
「了解しました。では私がまた帰ってくるまでにお二人も決着を付けておいてくださいね」
リオが人を食ったような笑みを浮かべて言う。久しぶりに見た表情だ。
「け、決着って……な、何を」
「分かってるでしょうに。今回の騒動は結局のところ異世界をまたに掛けた痴話喧嘩だったってことじゃないですか。ちゃんとケリを付けないとオチが付かないですよ」
「だ、だが……」
「言い訳は聞きたくありません。帰ってきたときに何も進んでなかったら、この魔王城を吹き飛ばしますからね」
リオは物騒な発破をかけるとボロボロになった謁見の間を出て行った。
これで正真正銘ユウカと二人きりになったわけだ。
「サトル君」
「……」
「私からはもう何も言わないからね。だってもう伝えているから」
「ああ、そうだな」
俺は既にユウカから告白されている。
その返事をさっさとしろ、というのがリオも言いたかったことだろう。
どのように返事をするか考える。
「…………」
待ちきれなくなったユウカはボロボロになった謁見の間を手持ちぶさたに歩き回る。
俺はその後ろを付いていきながら口を開いた。
「なあ、ユウカ。その何言ってるんだって思われるかもしれないんだけど……」
「うん」
「あのときの告白……無かったことに出来ないかな」
「……どういう意味?」
ユウカは足を止めず、振り向かずに問う。
「ああいや断るとかそういうんじゃなくて…………その、な。こういうのって本当は男の方からびしっと言うべきだろ。でも俺が不甲斐ないからユウカに言わせてしまって。やり直したってその何かが変わるわけじゃないんだけど……」
「もう……サトル君はズルいな」
「いや、本当におっしゃる通りで」
「違うよ。サトル君は私のツボをしっかり押さえていて……本当にズルいってこと」
「……?」
「うん、分かった。私はあの日何も言っていない。それでサトル君は何を伝えたいの?」
ユウカが振り返る。
話している間も俺たちの足は動いていて、ちょうどベランダに出たところだった。
眼下に王都を一望出来る絶好のロケーション。
正面にはあの日と同じく夕日が沈みゆく最中だ。
いざとなると決心も思考も必要なかった。
驚くほど自然に、するりと俺の想いを伝えるための言葉が紡がれる。
「好きだ、ユウカ。これからもずっと俺の隣を一緒に歩いて欲しい」
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ずっとずっと夢に描いていたものと一致していた。
お互いに落ち着いていて。
男の方から言い出したのもプラス。
ちゃんと等身大の言葉で伝えてくれたのもプラスだ。
場所も完璧。沈みゆく夕日はどうしてこうも心の原点を浮き彫りにしてくれるのだろうか。
サトル君は頭を下げ、私に手を差し出して返事を待っている。
ここまで待たされたのだ。
少しイジワルでもしようかと思ったけど。
……駄目だ、もう私の心を抑えきれない。
「サトル君、私も好きだよ。これからもずっとずっとよろしくね!」
その手を握ると感極まったようにサトル君も顔を上げた。
ニコりと微笑んでみせるとサトル君にぐいっと引っ張られて強く抱きしめられる。
「ああ! ずっと、ずっと大切にするからな……!!」
こうして魔王君臨を発端に大戦とまで至った一連の騒動は決着を迎えたのだった。
終章 王国編完結です。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
作品はこれで終わりではなくエピローグへと続きます。
色々取りこぼした要素を拾うのとその後を短く描いて今度こそ終わります。




