162話 最終決戦4 サトル VS カイ&エミ 2
『僕の目的は最初から――魅了スキルを手に入れて、全ての女性を支配することだ』
ずっと騙してきた。
目的を達成するまで騙しきるつもりだった。
でももうサトルはボロボロで圧倒的有利は変わらず、目的達成間近ともいえる。
「…………」
だったらちょっとくらい早くてもいいよね?
ちょうどいい趣向とも言える。
今まで調子に乗っていたこいつが絶望する姿を見ながら、目標達成と行こうじゃないか。
「何……言ってるの、カイ? 全ての女性って……そんなの必要ないでしょ。だってカイには、エミっていう彼女がいるんだから」
「そうだね。じゃあ別れようか、僕たち」
「……っ!? じょ、冗談だよね?」
「もちろん冗談だよ。だって……僕は最初からエミのことを彼女だなんて思っていない、付き合ってなければ別れることも出来ないからね」
「彼女じゃないって……な、何でそんなこと言うの? エミたちいっぱいデートもしたし、ちゃんと付き合ってたじゃん!」
「ああ、本当おまえみたいなやつ相手に彼氏のフリをするのは疲れたよ」
今まで貯まっていた鬱憤が晴れていってスッキリする。
「……エミが悪いの? だったらはっきり言ってよ。全部直すから!」
「そう? じゃああげていこうか。まずはガサツなところが駄目でしょ。独占欲が強いところも駄目。頭が悪いのも駄目だし……うーん、困ったね。多すぎて手間がかかるよ。
あ、そうだ。逆にいいところをあげておこうか。顔だよ、顔。見てくれだけはいいから、キープにはちょうど良かったんだ」
「な、何それ……う、嘘だよね?」
「そうやって元彼を疑うところも駄目なところだね。本当にもう駄目駄目さんだ」
「そ、そんな……」
「全く、エミがユウカみたいに完璧だったら楽だったんだけどね」
はぁ、と溜め息を吐いたところで、その名前に反応したのかマウントポジションを取られたままのサトルが言葉をこぼす。
「あの夜のときも言ってたな……未だにユウカが理想なのか?」
「当然だろう。貞淑で、スタイルも良くて、気遣いも出来る……完璧な女性だ!」
「……ふっ」
サトルが鼻で笑う。
「何がおかしい?」
「あいつが、ユウカが完璧な女性……? 全くどんな幻想を見ているんだか」
「自分は分かっているアピールかい? ただ一緒に長く旅していただけな癖に」
「ああ、俺とユウカは所詮一緒のパーティーっていうだけの関係だ。少なくとも俺はそう思ってた」
「……何が言いたい」
「おまえはイケメンの癖に、全く女性の心が分かってないんだな。それじゃモテねえぞ」
「女性と付き合ったこともない君には言われたくないね。全く、その良く回る口を閉じる必要がありそうだ」
影で拘束するためスキルを発動しようとしたそのとき。
「おまえが目的を達成して魅了スキルを手中に収めたとしても、おまえが一番に欲しいもの――ユウカは手に入らねえよ。
だってあいつには魅了スキルがかかってないんだからな」
その言葉が耳に飛び込んできた。
「……………………………………は?」
何を……言っている。こいつは……?
「ほらな、分かってねえ。俺と同レベルじゃねえか」
「それは……おかしい。だってユウカには魅了スキルにかかった素振りが……」
「フリだとさ。俺に好意を抱いていることがバレないようにするためのな」
「おまえに好意…………それならば理屈は…………だが、そんなことあり得るはずが……っ!?」
「ははっ、初めて意見があったかもな。全くその通りだ。どうして俺なんかを好きになったのか……」
身体的にマウントを取られている癖に、精神的にマウントを取ってくるサトル。
「…………はははっ。なるほど、なるほど。そういうことか。僕としたことが焦ったよ。この状況を逃れるためにまさかここまでの嘘を吐くとはね」
「嘘だったらいいけどな」
「黙れ、黙れ、黙れ……!! 仮におまえの言うことが本当だったとしても関係ない。魅了スキルは予定通り手に入れる!!」
「ユウカは手に入らないのにか?」
「うるさい! ユウカが手に入らなくてもだ!! 世界中の女性が手に入るなら十分におつりが来るからな!!」
そうだ、例えこいつの言葉が万が一本当だとしても……!
「おまえのこれまでの行いには全く頷けるところがない。だけどな、一つだけ。理想の人を手に入れるためには善悪問わずに何でもするその姿勢だけはすごいな、と思ってたよ。
だけど……そうか。その程度で諦められる、代替出来るものだったのか……。本当ガッカリだ」
サトルは嘆息すら吐いてみせた。
「調子に乗りすぎだ。おまえは死んだ方がマシだ、と思えるような目に合わせる」
廃人となるまで追い込むと道具として使い勝手が悪いから遠慮していたが、こいつの図太さだ。ぶっこわすつもりでちょうどいいだろう。
「あっそ、やってみな」
もう軽口には付き合わない。
僕は手を出そうとして。
――激情に駆られているようでカイはずっと冷静だった。
サトルがマウントポジションを解除する方法は一つ。
肉弾戦が駄目なら、魔法を使えばいい。
だからこそカイはエミとの会話の間も、サトルとの口論の時も、サトルが魔素を取り込み、魔力を練らないかの観察を怠っていなかった。
その傾向が見えた瞬間殴ることでサトルの集中を阻害、魔法を使わせないつもりだった。
今この瞬間もサトルに魔力を練る気配はない。
故に魔法は使われない、想定外の事態は起きない。
そのように考えていて。
――だからこそ、その行動には虚を突かれた。
「魅了、発動!!」
「っ……!!」
魅了スキル。
サトルが授かったただ一つのスキル。魔力を練らずとも使えるそのスキルの効果は異性の支配が主で、同姓のカイには効かない。
だが、効果はそれだけではない。
ピンク色の光。
「ふんっ……!!」
カイの目が眩んだその隙にサトルは全力を振り絞る。
元々影使いのカイと付加魔法を受けたサトルの身体能力は拮抗していた。カイが技術によりサトルを押さえつけていたが、一瞬の緩みを突くだけで逆転される程度の差。
結果サトルは拘束を解き距離を取ることに成功した。
「油断したな」
「ちっ、魅了スキルか」
やけに大人しくしていると思ったら、このワンチャンスに賭けていたのか。
だがダメージは十分にあるはず、面倒だが第二ラウンドの開始……と思って僕は戦闘体勢に入るが。
「はぁ……」
やつは、サトルは身体から力を抜いてリラックスしていた。
「何のつもりだ?」
「今までの問答でよく分かった。俺の手でおまえを倒そうなんて間違っていたってことに」
「今さら命乞いかい? だが容赦するつもりはない、僕はおまえを――」
「そういうことじゃない。おまえ程度のやつにこだわる意味を無くしたってことだ。まあそれも戦った結果だから無駄ではないんだろうが。
それにおまえを倒すのに、俺よりふさわしいやつがいる」
そしてサトルは……面倒そうに口を開く。
「命令だ、カイをやれ」
「っ……」
命令。
それこそずっと警戒していた選択肢だ。
ここは魔王城、敵の本拠地。
周囲の気配は窺っていたが、その程度では足りるはずがない。伏兵が配置されていてもおかしくはないと思っていた。
(自分の手で倒す……そんなことにこだわって負けるようでは本末転倒だからね)
最初からサトルの言葉は信じていない。
故にサトルの方針転換を素直に受け取った。
そして全力で敵の気配を察知しようと周囲に気を配る。
(どこからだ……壁は遠い、隠れられるような場所もない、天井は高くもしものときに間に合わない……なら下だ!)
敵に警戒した――だからこそ。
カイは味方からの攻撃に反応することが出来なかった。
「ぐふっ……!?」
無警戒の後頭部を思いっきり殴られて派手に倒れる。
後……ろ?
そこにいたのは――。
「エミ!! 何をしている!!」
元彼女、縁を切ったはずのその人しかいない。
一瞬で状況を理解した。
早めに種明かししすぎたか。
僕に捨てられたエミが自暴自棄になって僕を殴ったということだろう。
全く女ってやつは非合理的過ぎる。役に立たないどころか、足まで引っ張るとは。僕に貢献するなら手元に置いておくことも考えたというのに。
そう思いながら振り向きエミの姿を見上げて。
「ち、違うの……わ、私は……その、身体が勝手に……」
エミが拳を振り切った姿勢のまま――涙を流していることに気づいた。
「え……?」
流石に想定していなかった事態に思考がフリーズする。
涙……? どうして自分を切り捨てた僕を憎んでいない? よく分からないがそれなのにどうして殴って……。
『命令だ、カイをやれ』
もしかして……。だが、いや、それこそ――。
「有り得ない!! エミが虜になるはずがない!!」
エミが意志に反して僕を殴ったのは、サトルの命令によるものだろう。
先ほど目くらましに使用された魅了スキルの範囲にエミもいて、そのとき虜になったと。
だが……そうだ、異世界に召喚された際、暴発した魅了スキルはエミに効果を発揮しなかった。
なのに……どうして今回は成功して……。
「俺の魅了スキル、効果対象は『魅力的な異性』だ。
だが絶世の美女がいたとして……そいつが老いておばあちゃんになっても魅力的かというと、絶対にそうとは限らないだろ?」
サトルが頭の悪い子供に言い聞かせるような調子で話し始める。
「魅力的かどうかなんて同じ人だとしてもその時々によって変わる。魅力的じゃなくなることもあるし、逆もまた然りだ。
無駄な人間関係は切り捨てられるおまえには分からないだろうな。最初は嫌な印象を持っていたとしても、ふとしたことで評価がガラリと変わることもあるってことを」
「つまり今のおまえには、エミが魅力的な異性に見えているってことか? はっ、馬鹿な。それこそ有り得ない。こいつのどこが魅力的だって言うんだ」
「簡単だ。おまえに裏切られた今このときに涙を流すことが出来るところだ」
「……?」
涙? それに一体何の意味が……?
サトルがエミの方を向いて口を開く。
「独裁都市での襲撃の際、リオと交わしたやりとりは聞いた。エミ、おまえは自分がカイに愛されてないことを知っていたんだろ」
「…………」
「命令だ、質問に答えろ」
「……はい、その通りです」
エミが頷く。
「な、何を言っている……僕はきちんと彼氏のフリをして、騙して――」
「浅い演技なんてバレていたわけだ」
「そんなはずあるか! おかしいだろ! 騙されていることが分かっていて、どうして僕に尽くしたんだ!」
「それでも好きだから、ってことだろ」
「なっ……」
今度こそ僕は絶句する。
「自分を騙していて、他の女を追っていて。
それでも諦めきれなかった、一途に思い続けた。
エミは十分に魅力的な女の子じゃねえか。
そんな子に慕われて……おまえは何が不満だったんだよ? なあ、教えてくれよ」
「…………」
「なんて……まあ俺が言えた立場じゃねえか。
命令だ、そいつを気絶させて、地下牢まで運べ」
サトルは命令を残し、その身を翻した。
「ごめん、カイ」
命令を実行するために近づいてきたエミ。
「…………」
僕を殴ってしまったことで、未だに涙を流す彼女に何かを言えるはずもなく。
視界が暗転した。
 




