161話 最終決戦3 サトル VS カイ&エミ 1
「『火球』」
元々は野球ボールほどの大きさの炎を発射する魔法。
付加魔法で身体能力と魔力共に強化されたサトルが使うとその大きさは桁違いとなる。
「ちっ……!」
カイこと僕は身を投げ出すような横っ飛びで回避する。
「『雷速拳』!!」
僕に魔法を放った後の隙を狙って、サトルの背後にエミが回る。身体強化『雷速稼働』による超速度から繰り出される拳が振り下ろされて。
「ふっ!」
しかしサトルは剣を掲げることで頭上からの攻撃を受け止めた。
魔王城、謁見の間で始まった戦いは一進一退の攻防を繰り広げていた。
付加魔法で強化されたサトルの力は凄まじいことになっていたが、こちらは僕とエミの二人。二対一でそもそも数が有利な上、やつの弱点も見えている。
それがどれだけ強化されていても使えるのは初級魔法だけということだ。
初級魔法はシンプルな、直線軌道な攻撃がほとんどだ。故に僕とエミで挟むように陣取るだけで、サトルは同時に二人を攻撃することが出来ない。
辺り一帯を攻撃する魔法、たとえば魔導士の『吹雪の一撃』などをこの魔力で使われたら厄介だった。
だがこれなら二人で入れ替わり立ち替わり削っていけばいい。
「ああもうっ、守ってばっかでムカつく!!」
懇親の攻撃を防がれてエミが地団駄を踏む。
「落ち着いて、エミ。あいつは僕たち二人相手に守るしかないんだ。あんな攻撃力の数値だけバグった雑魚敵みたいなやつ、今の状態を維持していればいずれは倒せる」
「分かってるけど……だったらどうしてあいつは打って出ないのよ」
「っ、それは……」
エミの疑問に答えられない。
戦闘熟練度がないサトルは雑魚敵のような単純な挙動しか出来ない。
だがやつは人間、思考する生き物だ。
だったら何かの狙いが……。
「やっぱり実戦が一番だな。魔素の取り込み方、魔力の練り方……よく分かってきた」
自分の手のひらを見つめながら呟くサトル。
「『二重火球』」
そして両手をこちらに向け、それぞれから炎を放った。
「ちっ! 戦いの中での成長……それを見越して!」
今までと違って二個になった。
大きさは変わらないため、こうなると炎の壁が迫ってきているようなものだ。
回避では間に合わないと判断した僕はスキルを発動。
「『影剣』!!」
影で作られた剣で炎の壁を一刀両断。迎撃に成功する。
炎が二つに分かれて僕らの両端を通り過ぎて。
「『風塊』」
その奥からサトルが魔法を発動しながら飛び込んできた。
炎の壁をブラインドに接近という単純な策。
攻撃の有効度が上がりこちらが対応しないといけなくなったことで、やつも打って出れるようになったということか。
掲げた手に圧縮・収束された風。それが『影剣』を使った後隙に硬直する僕をめがけて叩きつけられて。
「危ない!! っ……!」
「くそっ……!」
その直前でエミが僕を抱えて高速移動。直撃は免れたが叩きつけられた風の余波に当てられてエミは転び僕ともども地面を転がる羽目になった。
「『水の矢』」
サトルはさらなる追撃を仕掛ける。
水を矢のように何本も飛ばして地面に転がる僕とエミを打ち抜こうとする。
怒濤の連撃に対応が間に合わずその身を貫かれて――身体にノイズが走ったように揺れてその姿が消えた。
「!?」
「ようやくその余裕そうな表情が崩れたね」
エミに助けられた瞬間、僕は『影の投影』を発動。逃げる方向と反対に僕らの幻影を放っていた。
『潜伏影』で自分たちの姿を隠すことまでは間に合わなかったけど、幻影を派手に地面に転がせた結果サトルの注意はそちらの方に向いていたようだ。
魔法を無駄撃ちして決定的な隙を晒したサトルに。
「『影の装甲』!!」
僕は自身の影を身に纏って身体能力を強化。
サトルに突進してそのバランスを崩し、地面に倒れたところでマウントポジションを取った。
「弱い癖にちょっと成長したくらいで調子に乗るからこんなことになるんだ。最初から弱者は強者に従っていればいいのにね」
「くそっ、黙れ!!」
「そっちこそね」
圧倒的有利な状況からタコ殴りにする。
サトルは身体能力こそ強化されているものの、身体の使い方は素人だ。影使いの専門外ではあるが、戦闘スキルの延長上に授けられた技術があるためこちらの方に長がある。
「ようやく力が抜けてきたか」
「…………」
ボコボコにされたサトルの抵抗が弱くなってきた。
僕の目的、魅了スキルを使う道具とするためにこいつを殺すわけには行かない。誰かを服従させる魔法などあれば簡単だったが、生憎なことにそれに準じるような力も含めて目の前にある魅了スキルくらいしかこの世界に存在しない。
故にこいつは力で屈服させるしかない。
しかし、身体の抵抗こそ弱まってきたものの、サトルの目には未だ強い意志が宿っている。
「全く、そろそろ諦めて欲しいものなんだけどね。助けでも待っているのかい? 残念だけど僕の部下たちが警備を攪乱している。しばらくは誰も来れないと思うよ」
「他人の手は借りねえよ。言っただろ、おまえは俺の手で倒すって」
「その状況でも強気な言葉を吐けるところは評価するよ」
さてもう少し痛めつけるか、と拳を握り直したところで。
「そうよ、さっさとユウカやリオたち、みんなにかけた魅了スキルを解除しなさいよ!!」
エミが口を挟んできた。
「……おまえもスキルの説明は見たはずだろ。魅了スキルは解除不可能だ」
サトルが答える。
「それは異世界に来たばかりの時の話でしょ。もうコントロール出来てオンオフくらい自由に出来るようになってないわけ?」
「無理だな。そういう類のスキルじゃない」
「あっそ。じゃあ殺すしかないわね」
「…………」
「殺せば流石にスキルの効果も無くなるでしょ。
あんたは憎い思いもあるけど、エミだって積極的にクラスメイトを殺そうだなんて思いたくない。
でも本気よ。
魅了スキルをかけてユウカやリオはあんたなんかに惚れさせられて、その自由を奪われた。いわばあんたに殺されたようなものでしょ。
それにこうして王国も乗っ取って多くの人に迷惑をかけている。殺されても仕方ない所行でしょ」
「……まあ他人の自由を奪ってきた俺が、自分の自由を奪われることを拒むのは筋違いだろうな」
「何だ、覚悟は出来てるのね。じゃあ、カイ」
エミは僕に呼びかける。
「…………」
何が『じゃあ』なのだろうか?
「あ、それともエミが殺した方がいい? なら代わるけど」
殺す? 僕の欲望を叶えるための魅了スキルの持ち主を?
「……? ねえ、カイ聞いてるの?」
ああ、聞いてるさ。
本当に、もう……我慢の限界だ。
「ちょっと黙っててくれないか、エミ?」
「え……ご、ごめん。何か気に障った?」
「何か? おかしいこと言うね。全部だよ、エミの言うこと全部が耳に障る」
「ぜ、全部って……そ、そんなおかしいこと言った? だってそいつを殺さないとみんな魅了スキルから解放されない……エミたちの目的はずっとそれで……」
「たち、じゃない。エミだけの目的だろう」
「……え?」
「僕の目的は最初から――魅了スキルを手に入れて、全ての女性を支配することだ」




