159話 最終決戦1 戦況 ~ 殲滅
今回から最終局面です。最終章も残り10話前後となりました。最後までお付き合いしてもらえれば光栄です。
それでは本編どうぞ。
ホミこと私は初めて見るその光景に恐れおののいていました。
武器を手に取り相手を打ち倒さんと迫る者たち、雨霰のように飛び交う魔法、気勢や怒号や悲鳴といった強い感情の籠もった声の響き。
それがいたるところに溢れている場所。
戦場。
前の大戦の際、私は物心が付いていない子供でした。
大陸でそのとき以来に起こった大規模な戦闘だと言えるでしょう。
「体が震えておるな。悪いことは言わない、今からでも帰っていいのだぞ?」
「会長さん……」
オンカラ会長に声をかけられます。
私が今いるここは今回の王国解放作戦を実行する連合軍の司令所です。
戦闘中ということで色々な人が立ち替わり入れ替わりで忙しなく動いています。
戦場を見ただけで震える私のような小娘がいるべき場所では無いのでしょう。
それでも私はこの戦いの結末を自分の目で見届けたい、ということで自ら望んでこの場にいました。
正直邪魔だと思われているでしょうが、私は独裁都市の代表であり、今回の作戦の提案者。無碍に扱うことも出来ないのです。
「全く。何ともなワガママを通したものだ」
動く様子を見せない私に、会長さんは呆れた様子で呟きました。
「ええ、ワガママは得意なんです。元は『少女姫』でしたから」
「話は聞いたことはあるぞ」
「私をあの操り人形だった日々から解放してくれたのはサトルさんです。莫大な恩があるんです。
理由も目的も思惑も分かりません。それでも今のサトルさんを、私はおかしいと判断します。ならばそこから戻すのが私の恩返しです」
「そうか……各所への交渉、やけにはりきっておるとは思ったが」
「本当は直接サトルさんに言いたいんです。誰にだってその役割を譲りたくない。……でも、分かるんです。私の想いでは届かないだろうことが」
私は視線を上に向ける。
ユウカさんは戦場上空にて王国のドラゴン部隊と戦闘中だった。数体のドラゴン相手に一歩も引かない立ち回りをしている。
「あの中に私が売ったドラゴンが何体いるだろうか」
「そういえばオンカラ商会はドラゴンの取り扱いもしていましたね」
「ああ。別にそのこと自体に思うところはない。商人として必要としている人に必要な物を売っただけだからな。
だが……直近でドラゴンを取り扱ったのが、少年たちがテイムしたものだったからそれを思い出してな」
「サトルさんの話で聞きました。オンカラ商会のスパイ騒動を解決したことも」
「ヘレスを過去や苦しみから解放して、私との絆も守ってくれた少年たちには感謝してもしきれない。そういう意味では姫、そなたと同じだな」
「なるほど……腑に落ちました。かき集めても足りなかった今回の作戦の費用。足りなかった分を私財を投入までして補った、会長の気持ちが」
「少年たちが守ってくれた物を思えばまだまだ足りないくらいだ」
会長は頭を振りますが……独裁都市の一ヶ月分の運営費ほどの額です。とてつもない額だというのに……いやそれほどサトルさんたちの行為に感謝しているということでしょうか。
「いやはや、年を取るとどうにも昔話ばかりしてしまう。大事なのは今だというのにな」
オンカラ会長はポンと手を叩いて話題を変えた。
「あ、すいません。会長は補給の責任者。私と無駄話している暇はありませんよね」
「いや何、本当に余裕が無ければそもそも話しかけてはおらん。次の補給が到着するまで後少しあるから大丈夫だ。
それまでに現在の戦況を説明しておこう。ここは指令所。流れ弾が飛ばないように陣の最後衛に位置している分、状況も分かりづらいだろうしな」
「ありがとうございます」
「正直なことを言うと、現在連合軍は王国軍に押され気味だ。想定外なことが二つ発生しているからだろう。戦場に伝説の傭兵殿の姿が無いことと王国軍の数が多いことだ」
「伝説の傭兵……ガランさんがいないんですか?」
「ああ。元々ガラン殿からは『連合軍の指揮下で動くつもりはない、自分たちの策の下に動くつもりだ』とは聞いている」
「策というとレイリさんとユウカさんと何か打ち合わせをしているのは耳に挟みましたが」
「何を企んでいるのかは分からないが、とにかく一騎当千の竜闘士が二人いれば盤石だと思っていたところで、戦場にユウカ君一人しかいないため目論見が外れているところが一点」
「もう一つ、王国軍の数が多いというのは?」
「そのままの意味だ。正確には連合軍と戦闘中の数が、ということになるな」
オンカラ会長の曖昧な言い回し。
この場所は連合軍の司令所。二人で話しているが、先ほどから周囲の人の行き来も激しい。
つまりその無関係な人に聞かれるわけには行かない言葉を避けているということで…………。
「あれが動いていないというわけですか?」
すなわち犯罪結社ネビュラのことだ。元々、二正面作戦によって戦力の分散を計るという話である。
「その可能性が高いのだろうな」
「まだ王国側にあれが動いていることを気づかれていないだけという可能性も……」
「いや、無いだろう。使者の話を魔導士の少女、リオ君は聞いている。王国には筒抜けのはずだ」
「あっ、そうでした」
「話自体が嘘だったか、もしくは何か想定外のことが起きているのか……いずれにしてもやることには変わりない。ここを突破して、王都にたどり着き、何としても魔王城までたどり着かねば」
今の戦場は王国の郊外だ。王都にあると言われる魔王城まではまだまだ遠い。
「さて、時間だな。私は行くぞ」
「貴重な時間を割いてくれて、ありがとうございました」
去っていく会長に私は礼をする。
「…………」
どうやら戦況は芳しくないようです。
王国の力は強大。それに対抗しうる力をかき集められたのは奇跡で一回限り。作戦を失敗すれば、王国の支配はもはや誰にも止められないでしょう。
戦う力も戦場を動かす権限も持たない私。
唯一出来ることといえば。
「お願いします、女神様。私たちを勝たしてください」
願うこと。
それは女神教の大巫女として祈りは欠かしたことが無い私には得意分野でした。
「はぁ……」
リオこと私は空中で溜め息を吐きました。
現在の状況は連合軍による王国解放作戦の進行中です。サトルさんの魅了スキルによって王国に味方するしかない私は防衛する側と言えます。
連合軍はかなりの戦力を揃えてきたようですが、王国軍だって盤石の準備をしています。
総司令官を命じられたナキナさんの指揮の下、ほぼ全勢力で以て当たっているはずです。遅れは取らない、いえこちらが圧倒することもあり得ますね。
――と、想像するしかないのは私がその場にいないからです。
連合軍に王国軍の全力で当たった結果、生じる当然の問題。
すなわちネビュラの攻撃を如何にして防衛するかということです。
「うじゃうじゃいますね……」
浮遊魔法で宙を行く私の眼下に見えてきたのは地上を埋め尽くすネビュラの構成員。
ざっと数えて5000人ほどでしょうか。それら全てが王都に向けて進んでいます。
浮遊魔法に加えて透明化魔法をかけているため地上の構成員たちに気づかれていませんが、気づかれた瞬間魔法や矢が飛んできてたちまち危機に陥るでしょう。
「ネビュラはどうやらかなりの数を揃えてきたようですね」
ハヤトさんの話が嘘だったら、私の仕事も無くなったのですが。
ネビュラに対しての防衛はサトルさんの命令によって私に任されました。
しかし、何度も言っていますが現在連合軍相手にほとんどの戦力を割いていますし、何かあったときのための人員を王都と魔王城にも配置しなければなりません。
結果、ネビュラ防衛にかけられる人員は――2人。
私ともう1人で5000という数を相手しろ、というわけです。
見た感じネビュラの構成員にそこまでの練度は無いようですので、魔導士である私なら一度に十数人ほどは相手出来るでしょう。
ですがそれが限界で、まともに戦えば一瞬でやられるに決まっています。
サトルさんが私への嫌がらせにこのような配置にしたのか?
今のサトルさんがおかしくなっているとはいえ、そこまでのことをするはずがありません。勝算があっての行動です。
鍵となるのはもう一人の存在。
「空飛んでる!! あ、ねえねえ、お姉ちゃん!! 人がいっぱいいるよ!!」
私の脇に抱えている幼女の発言。
私が独裁都市から帰ってきたときには、集まった渡世の宝玉を使い既に呼び出されていた存在。
つまりは――これまで魔神と呼んできた存在です。
「ああもう暴れないでください」
空中にいるのに落ちたら一大事です。はしゃぎだした幼女を強く抱えます。
魔神と呼ばれていてもその正体は幼き少女です。戦う力も持っていません。
その身に宿すのは一つのスキルのみ。
固有スキル『囁き』。
この世界を滅ぼす直前まで追い詰めた最凶のスキル。
「この辺りで大丈夫ですか?」
「もうちょっと高い方がいいかも」
「……本当ですか? 地上からさらに離れることになりますが」
「うん、もうちょっと高いところに行った方が楽しそう…………あ、じゃなくて」
「はぁ……真面目にやらないとパパに言いつけますよ」
「ごめんなさい、嘘を吐きました! パパには言わないでください!」
私が出したパパという単語
幼女はサトルさんのことをパパと呼んでいます。召喚されてサトルさんの姿を見たところ、パパに似ているということからだそうです。
そしてこのように自由に振る舞っているのもサトルさんの魅了スキルがかかっていないからです。
学術都市でリンクが繋がって以来、頻繁に会話が交わされた結果、サトルさんは幼女を駒として見ることが出来なくなったそうです。そうなると幼き少女を魅力的に思うほど腐ってはいないという言い分で、虜に出来ていないのです。
ですから普通に関係を築いた結果、幼女はサトルさんの言うことだけは聞くようになりました。本当に娘と父のような関係です。
「だったら言われたとおりお願いします」
「うん、分かった。お姉ちゃん、透明化解いて。そしてみんなの注目を集めて」
「了解です。『不可視』解除。『吹雪の一撃』!!」
私は言われた通り透明化を解除して、氷の雨を地上に降らせてこちらに注目を向けさせます。
「いたっ……何だいきなり……って、誰だあいつ?」
「おまえ情報にあっただろ、クラスメイトとかいうくくりに属する魔導士だ」
「魔導士とかやべえな。でも一人、しかも子連れとか無謀すぎるだろ」
気づいた構成員たちがこちらを見上げだしました。
私と幼女の姿しか見えないことに嘲笑が辺りに満ちます。
犯罪結社の構成員だけあって、下卑で粗野な男たちばかりです。
だからこそこれからの行動の効果が増すでしょう。
「じゃあ行くよ! 『囁き』!!」
幼女が、魔神がその最凶のスキルを発動します。
その条件はお互いに存在を認識すること。
その効果は対象の欲望を解放すること。
「「「あっ…………」」」
ネビュラの構成員全てに『囁き』がかかった結果起きることは。
「おまえ前から気に入らなかったんだよ!!」
「その得物いいな、よこせっ!!」
「いっつも、いっつも嫌がらせをしやがって!! うんざりなんだよ!!」
「おまえの女いいやつだよな! おまえが死ねば俺の物になるよな!」
「いっつも偉そうにしやがってよぉっ!!」
壮絶な同士討ち。
5000の数を1人で自滅に追い込む。
これこそが固有スキル『囁き』の本領。
「ねえ、お姉ちゃん。手退けてよ」
私は自然と目の前の醜い光景を見せないために幼女の目を手で覆っていました。
これまで触れ合って分かったのは、規格外の力を持ってしまっただけのただの幼き少女だということです。
こんなもの見せるわけにはいけません。サトルさんの命令で禁止されている事項じゃなくて助かりました。
「駄目です。見ちゃいけないものがあるんです」
「でも見えないと上手く行ったか分からないじゃん」
「それなら完璧ですよ。きっとパパも褒めてくれると思います」
「本当っ!?」
「さて仕事も終わりましたし帰りますよ」
命令通りネビュラの戦力を殲滅した私は、次なる命令『魔王城に帰還すること』の実行に移りました。




