158話 サトルの目的
ナキナこと私のこれまでの人生は数奇なものだった。
物心付いたときから王国の工作員としての教育を受け、それも十分となった頃命令により工作員として各地を暗躍。
数年前からは長期のミッションとして元宗教都市、現独裁都市に潜入した。
傀儡政権を樹立させ、富を王国に横流しする準備と共に都市の弱体化を計るも魅了スキルを持った少年たちによって阻まれる。
その命令により王国への逆スパイとして働かせられたと思うと、今度は王国を乗っ取るために利用される。
結果こうして乗っ取った王国でNo.2としての地位に就いている。
「ナキナさんは今回の命令についてどう考えますか」
主との謁見を経て退出したところで、魔導士の少女に声をかけられる。同じNo.2の立場として少女とはそれなりに交流がある。元が敵同士であったためかその関係はぎこちないものもあるが。
「抜け道のことか」
「ええ」
「単純に考えるならば罠だな。抜け道に入った時点でそれを封鎖することで一網打尽にする」
「私も一番にそれを考えました……しかし」
「ああ。王国の戦力は十分にある。わざわざそんな罠を使わずとも、正面から叩き潰せばいい」
「そうなんですよね……」
「故にもう一つ考えられる可能性として……誰かをこの魔王城に誘き出したいのではないか? 心当たりはないのか、主の昔からの知己として」
「心当たりは何人かいますが……その目的までは」
「少女に分からないことが、私に分かるわけ無かろう」
それもそうですか、と魔導士の少女は頷いてその場を去っていく。独裁都市での戦闘の疲れを癒すために自室待機するように命じられていたはずだ。
私も護衛として魔族どもの召喚を防いだ作戦を終えて待機を命じられていたため、自室に向かうのだった。
その夜。
私は唐突に主に呼び出された。
別にそれ自体は良くあることだった。珍しかったのは呼び出されたのが私だけだったということ。
二人のNo.2という立場からか、もしくは魅了スキルにかかっているとはいえ未だ私のことを信用していないのか、これまで呼び出すときは必ず魔導士の少女も一緒だったからだ。
「呼び出したのは私だけか?」
分からないことは素直に問うに限る。
「はい。決戦を三日後に控えて……個人的に頼みたいことがあるんです」
主、少年サトルの様子はいつもと違った。
口を開けば命令ばかりだったのに……頼みとは一体?
「珍しいことが続くな」
「今回限りです。それよりナキナさん、俺について何か気になることがあるんじゃないですか?」
ここまで命令がない会話も珍しい。
私の意見を求めることに至っては初めてだ。
どういう考えなのかは分からないが、私だって機械ではない。気になることなどたくさんある。
「気になること……と言われると山ほどあるが、一番は……そうだな、何故王国を支配したのかということだ」
「王国を支配した理由は簡単です。この大陸で一番強大な王国を支配することが、全てを支配する足がかりとしてちょうどいいと判断したからです」
「ならば続けて質問だ。何が目的で全てを支配する?」
「俺の夢のためです」
「夢とは何だ?」
「永遠の孤独です。誰にも干渉されず、誰にも邪魔されない、俺一人だけの世界。
あっちの世界では諦めた俺の夢が、この世界ならば叶えられる。
全てを支配したその中心で、俺は永遠の孤独を享受してやるんです!!」
少年は両手を広げ意気込んで語る。
その様子はいつもと違って、年相応に見えた。
「なるほどな……」
「そんな下らないことのために、って思いましたか?」
「いや、微塵も」
「本当ですか? 引かれると思ってましたが」
「ならば逆に問うが、どのような理由で世界を支配すれば崇高だと言える?」
「それは……」
「世界を支配する。そもそもが下らない行為だ。ならば理由も下らない物になって当然。世界を救うために、などと言われた方がよほど反吐が出る」
「……ははっ、そうですね。ナキナさんにこのことを話して良かったと心底から思いました」
少年が笑い飛ばす。
「全てを支配するか……なるほどな、全てが繋がった。少年がこれまでにしてきた行動、その意味も」
「分かったんですか?」
「ああ。少年と竜闘士の少女の奇怪な関係については聞いているからな」
「……リオか。そっちは明かすつもりはなかったんですが」
「論理的に考えてだからな。正直その行為がどのような意味を持つのかは分からん。恋というものを知らずに育ったからな」
「ハニートラップを仕掛けたこともあると聞いた覚えがありますが」
「あれは欲を理解していれば務まる」
珍しく軽口の応酬となる。私も少年もどうやらテンションが高まっているようだ。
「それで。私への頼みとは何だ。そういう話だっただろう?」
「そうでしたね。二つあります。一つは三日後の決戦時に、防衛隊の指揮を取って欲しいということです。ああ、これは命令です」
「命令か、当然承った」
「もう一つは……こちらが頼みですね。決戦を制せば、この世界のほとんどを掌握出来るといっても過言ではないでしょう。そうなったら支配権を俺からナキナさんに委譲したいんです」
「委譲……?」
「ええ。虜になった人間には『ナキナの命令に従うように』という命令を下しますから、その後はおまかせします」
「何故そのようなことを?」
「支配を維持するために一々命令しないといけないなんて、永遠の孤独に程遠いじゃないですか。同じ理由でナキナさんに命令ではなく、頼みとしてお願いしたいんです」
「……いいだろう。私にとって悪い提案ではないからな」
「言っておきますが、最低限の命令として俺を裏切れないようになどの効力はそのままですからね」
「裏切るものか、私に多大な恵みをくれる主に」
成り行きで仕えることになったが、今のやりとりを経て私はこのときのために今までを過ごしてきたのだと思うまでになった。
「そうですか……ならいいんですけど」
私の内心までは分からない主は、少々訝しげにこちらを見ていて。
「ねえ、パパ。まだ話終わらないの……?」
そのとき第三者の、幼い声が響いた。
「……寝ておけって言っただろ」
少年が不服そうに口を開く。
「嫌。パパと一緒に寝るの」
しかし幼女に引く様子はない。
「分かった、すぐに行くから」
「絶対に約束だからね」
仕方なく少年は折れたようだ。
「苦労しているようだな」
「ええ、割と。まあ元々ですが」
「ならば魅了スキルで支配すればいい」
「駒として見るには関わりすぎましたから。そうなるとあのような幼き者にまで魅力的に思うほど猿でもないですし」
「まあそうなったら擁護は出来まい」
「三日後、役割を持ってもらうつもりですから。それまではご機嫌取りしますよ」
話は終わりだと言わんばかりに少年は手を振りながら、幼女も引っ込んだ寝室に向かう。
私も部屋を出た。
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「すぅ……すぅ……」
「ようやく寝たか」
サトルこと俺は幼女をようやく寝かしつけて一息吐く。
「………………」
あの襲撃の日、『囁き』を受けた瞬間に思い描いていた通りに。
抱いた感情そのままに、ここまで突き進むことが出来た。
順調に進んでいる。
誰にも邪魔はさせない。
俺の夢を叶えて、理想を諦めるために。
「必ず会いに行くから……か。
いいだろう。全てを終わらせよう……ユウカ」
そして三日後。
異世界の命運の賭かった決戦の日を迎える。




