157話 決戦三日前
翌日。
一日安静にしていたユウカこと私はすっかり元気になった。
私、チトセ、ソウタ君、ガランさん、レイリさんに加えて、ちょうど周辺地域を回って協力を取り付けから帰ってきたホミ姫様と、オンカラ会長も交えて最終確認を行っている。
「準備は整いました。決戦は三日後です」
ホミさんの宣言に、ようやくこの時が来たかという心持ちだ。
「王国に攻め入って、絶対に魔王城を落としてみせるよ……!!」
「外でそんなこと言わないでくださいね。今回、名目上は王国解放作戦です。大義名分の無い他国への攻撃はただの侵略ですから。
サトルさんたちを、王国を乗っ取ったテロリストとして扱い、それから王国を解放することが今回連合軍が結成された目的です」
ホミさんに注意される。
今回の作戦には大勢が関わる。私が分かっていないだけで、色々としがらみや建前と本音が入り交じるドロドロとした物が裏にはあるのだろう。
「気にすることはない。ユウカ君は彼をどう説得するかだけを考えていたまえ」
「……ありがとうございます」
私の微妙な面持ちを見抜いたオンカラ会長に声をかけられる。
「極論、今の王国は少年の魅了スキル一つで成り立っているようなものだ。少年を攻略することが、そのまま王国を攻略することに繋がる」
「少女よ、そのための策について後で提案したいことがある」
ガランさんに続いてレイリさんが言うけど……策の提案って何だろう……?
「そうなってくるとリオが残してくれた情報が役立ってくれそうだねえ」
チトセが拳をもう一つの手にパチンと打ち付ける。
「そうだね」
リオが残してくれた情報。
チトセが見つけてくれたそれについては、私も昨日の内に目を通していた。
曰く、魔王城には抜け道があると。
元は王国の王族が使っていた城だ。有事の際に王族だけでも逃がすために秘密の抜け道が設えられていた。王都の近くの森に出るそれを逆に侵入路として使ってみてはどうか、と。
命令が無い合間を縫って城を見回っていたリオが見つけたもので、サトル君はその存在も知らないようだ。おそらく一番防御の堅いだろう王都をスキップして、直接魔王城に侵入できるならありがたい。
私としてはその情報の内容以上に、リオがサトル君の命令の外で残してくれたという事実の方が大きかった。こちらに協力するという証だから。
リオが使ったベッドの枕からメモ紙が出てきたって話だったけど……よく考えてみれば襲撃から去る直前。
『私だってそうしたいところです。寝心地の良さそうな枕だったのに、あのベッドで結局一睡も出来ませんでしたし』
と、自分が使っていた枕を気にするように言葉を残していた。気づけなかった私はニブチンだ。
「そういえばソウタ君。やっぱりサトル君の動機について教えてもらえないの?」
「……な、何の話ですか?」
私の問いかけにソウタ君は目を逸らして答える。嘘を吐いているのが見ただけで分かる。
『サトルさんの動機からして……そんな好意を盾にした行動は取らないはず……ということです』
ソウタ君が口を割らないため、昨日口を滑らせたその言葉の意味は分からないままだ。
「ああなったソウ君は頑固でねえ。すまんね、ユウカ」
「チトセが謝る事じゃないでしょ」
「まあ流石にアタイたちに大きく不利益が出るようなことなら、ソウ君だって黙ること無いはずだ。黙っていても大丈夫だと判断したことだろうから、気になるだろうけど気にしないでくれ」
「……はーい」
本人よりもすまなそうにしているチトセの姿に免じて、それ以上の追求は止める。
「ネビュラとの共闘の話って、どうなったんですか?」
気を取り直して私はオンカラ会長に聞く。
ハヤト君は去っていったけど、その情報は本物だった……と信じたい。王国をどうにかするために犯罪結社のネビュラと協力するかという話だったけど。
「ネビュラとは特に話をしていないが、三日後連合軍が王国解放作戦を実行することは大々的に報じておる。協力するつもりなら、勝手にあちらの方で日程を合わせるだろう」
「あ……そっか。二正面作戦をするだけだから、特に連携も取る必要がないと」
「ネビュラが現れようと現れまいとすることに変わりはないからな」
オンカラ会長の言葉に納得する。
私たちの準備は完了した。
気になるのは残る二つの勢力の状況。
ネビュラをバックにカイ君を筆頭とする駐留派はどう動くつもりなのか。
そして王国、支配派であるサトル君はどう応じるつもりなのか。
「あー……気になるなあ……」
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「三日後、連合軍が動く。僕たちネビュラもその日に合わせて動く事にするよ」
カイこと僕は部屋を訪れた彼女のエミにそう告げた。
「三日後? 随分早いわね」
「ああ、トップがかなり優秀なようでな。生まれ変わった独裁都市の姫、そしてオンカラ商会の長の力のおかげだろう」
「ふーん、まあどうでもいいけど」
「そうだな、王国の気を引いてくれさえすればいい」
僕の頭にあるのは作戦が上手く行くか、否かだけ。
すなわち魅了スキルの奪取だ。
最初からそれを目的に動いてきた。
状況が推移して、サトルが積極的に魅了スキルを使用するようになった今も変わりはない。
いや、それ以上の旨味が増えたとも言えるだろう。
魅了スキルによって王国を支配している現状、僕が魅了スキルを手に入れることが出来れば、王国もまるっと戴けるということだから。
そうして今度こそユウカを手に入れる。
「にしてもハヤトも薄情者よねえ。エミたちやネビュラへの恩も忘れて出て行くなんてさ」
「最近あいつが不満を溜めていたのは分かっていたからな。遅いか早いかの問題だったさ。まあ最後に重要な情報を残してくれた辺り、完全に恩を感じていないわけではないだろう」
独裁都市に大使として向かわせたハヤトから送られてきた手紙。
それには情報を伝えたという旨と、ネビュラから脱退すること、そして魔王城の抜け道についてが記されていた。
最後の情報については、金目の物を探している内に見つけた情報らしい。サトルに支配されているリオが支配の外で残した情報とやら記されていて、どうやら向こうも向こうで複雑な事情があるようだが関係ない。情報の中身が全てだ。
魔王城に直接侵入する通路の存在については喉から手が出るほど欲しかった情報だ。その重要さは、ハヤトが抜けた戦力の穴と十分に釣り合うほどだ。
「…………」
世界が僕の都合のいいように回っている。
三日後僕は全てを手に入れる。
そうなるとこいつともそろそろお別れだな。
「ん、どうしたのエミの顔を見て? あーそういえば最近恋人らしいことしてなかったもんね。キスでもする?」
「……そうしたいのはやまやまだけどね。この後ちょっと用事があってね」
「えー。最近カイずっとそんな感じじゃない?」
「ごめんって、今回の作戦が終わったら思う存分付き合うからさ」
「……ならいいけど」
エミは口を尖らせながらも引き下がる。
のうてんきな提案に口調を荒げる寸前で、僕がこいつの彼氏であったことを思いだして、聞き当たりの良い言葉を並べた。
まだ我慢だ。こいつは僕のためといって、最近ますます力を伸ばしている。魔王城攻略に当たって、有力な駒となる。
この脳みそ空っぽ女は、最後の最後まで自分が利用されていることに気づかないのだろう。まあそうやってコントロール出来る自信があったからこいつを選んだとも言える。
帰還派の連合軍と支配派の王国はどのように動くか。
気にはなるが関係ない。
最終的な勝者は僕に決まっている。
ああ……三日後が待ち遠しいくらいだ。
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「……まあいいだろう、総合的な首尾は上々だ」
リオこと私は独裁都市から帰った魔王城にて、サトルさんに今回の作戦の経過について報告しました。
今回命じられていたことは大きく分けて三つ。
まず一つは独裁都市の現状を探ること。これについては概ね達成できたと見て構わないでしょう。
もう一つは独裁都市の戦力を削ること。これはユウカに妨害されて失敗。
最後に……一番妖しげな企み。
『サトルさんの命令の外ではこの情報を残すことが精一杯』という体で、サトルさんに命令された通りの情報を流すこと。
これについては……最後に枕に注目するように言いましたが、ユウカは気づいたのでしょうか。
魔王城への抜け道。
確かに私が発見した代物ですが、『気づいたことは全て知らせろ』という命令によりサトルさんに共有されその存在は知っています。
こんな嘘の情報を流して、一体何の意味があるのか。いつも通りサトルさんは命令だけして何の説明もしてくれません。
考えても分かりませんが、いずれにしろ全てがサトルさんの手の平の上で進行しているようにしか思えなくて恐ろしいばかりです。
サトルさんはその先に何を見ているのでしょうか?
「報告はそれで終わりか?」
サトルさんが問います。
今回命令されたことについては一通り既に述べたので……最後に大事な伝言を伝えましょう。
「ユウカからサトルさんに伝言をもらいました。『絶対に会いに行くから』だそうです」
「……そうか。下がっていいぞ」
サトルさんは何の反応も見せず、私に退室するよう勧めたのでした。




