156話 残した物
翌朝。
私は神殿の医務室のベッドで目が覚めた。
隕石のダメージが大きかった私はリオが去ったのを見た後、気絶していたようだ。騒ぎを聞きつけた巡回兵により私は神殿に運ばれて、そこで治癒魔法を受けた。結果もうすでに回復に向かっていた。
「それで昨夜何があったってんだい?」
『癒し手』として私の治療をしていた姉御ことチトセ筆頭に、集まったみんなに私は事情を説明した。
「リオは魅了スキルの支配から逃れられていなかったか……くそ、気づいていればこんなことには」
チトセは悔しそうにして。
「対象が余りにも限定的で、さらにあまり褒められた戦法ではないが……こうして格上を破った結果が全てか」
ガランさんはリオの行動に感心して。
「全く。おまえたち『クラスメイト』とやらは本当に一枚岩ではないのだな。一夜にして二人も抜けるなんて」
レイリさんは呆れるように言葉を…………。
「二人……? それってどういうことですか?」
「あ、それなんですけど……今朝部屋に書き置きが残されていて」
私の疑問にソウタ君が紙を見せる。それには。
『いやー、久しぶりに旨いもん食ったで。ほんとごちそーさん。
そういうわけで俺はここらで退散させてもらうわ。
あ、ネビュラにも戻らんつもりやからな。
あっちも色々ひりついてて面倒くさくてな。
面倒なことはゴメン、が俺のモットーや。適当にこの世界で好き勝手生きさせてもらうで。
ほな、じゃあな。 ハヤト』
とその調子に合わせたような走り書きの言葉が綴られていた。
「そっか……ハヤト君も」
正直元々当てにしていなかったし、心も許していなかったからそんなに感情は動かなかった。
「メッセージを伝えるついでにネビュラから離れて、そのまま逃走する計画だったんだろうねえ。ったく、その上、手癖も悪くて懲りちゃいない。
ソウタが個人的に持っていたお金もちゃっかり盗んでいったって話だから、ユウカも何か盗まれたかもしれないよ」
「あーそっか、昨夜は私部屋にいなかったし……でもあんまり手元にお金持つようにしてなかったし大丈夫だよ」
「ならいいけどね……ああもう、ユウカがサトルのところにたどり着けるように頑張るとか、あの言葉も嘘だったんだねえ」
チトセが歯噛みして悔しがる。
「でも、本当にハヤトさんらしくて感心さえしました」
お金を盗まれたという話のソウタ君なのに、のほほんとしたことを言う。
「……まあ、そうだねえ。これだけ世界に危機が迫る問題だって分かっているはずなのに……それでも放り投げて逃げ出せるんだから、ある意味大物なのかもねえ」
一時とはいえ一緒に冒険した二人には色々と思うところがあるのだろう。
「去った者の事を考えても仕方ない。しかし、今回のことで少女の弱点ともいえる面が露呈したな」
ガランさんが話を軌道修正する。
「弱点ですか?」
「ああ。魔導士の少女を自爆だと分かっていながら助けた。今後魔王城を攻め入った際に同じ事をされないとは限らない。それは少年も同じ事だ」
「……そうですね。サトル君相手でも私は同じ事をしたでしょう」
もしサトル君が自分の首にナイフを当てて、これ以上傷つけられたくなかったら大人しくしろ、と脅しにもならないことを言われたら……それでも私は従ってしまうだろう。
「その気質は戦場でなければ美点なのだろうがな。さてどうするか……」
「いえ、それなら大丈夫だと思いますよ」
ガランさんの言葉に物申したのは意外にもソウタ君だった。
「どういうことだ?」
「サトルさんの動機からして……そんな好意を盾にした行動は取らないはず……ということです」
「動機……? 何か知っているのか?」
「えっ……あ、いや……その」
ソウタ君はどうやら独り言くらいのつもりで発言していたようだ。みんなの注目が集まって慌て出す。
「どういうこと、ソウタ君? サトル君の動機について、何か心当たりでも――」
「あ、僕はちょっとハヤトさんに他に盗まれた物が無いか確認してくるので失礼します!!」
私の問いにあたふたしながらソウタ君はその場を去っていった。
「あの様子……何やら気づいたのか?」
「だったら何故共有しない」
ガランさんとレイリさんは訝しげだ。
「ユウカ、あんたは大人しくしているんだよ。治療こそしたけど、あれだけのダメージだったからね」
「えー、でも……」
「代わりにアタイがソウ君から聞き出しておくからさ。……まあいざとなったときのソウ君はかなり頑固だから無理かも知れないけど」
ひらひらと後ろ手を振りながらチトセは医務室を出て行く。
「……まあ、そっか。安静にしておかないとね」
リオによる襲撃の被害は私だけに止まり、結果的に防げた形だ。
独裁都市の戦力は順調に集まっている。
決戦は近い、そのときに万全の状態じゃないなんて話にもならない。
今の私は回復に努めることだと判断して……そう思うとダメージから来る疲れと、夜更けに起きていたことからそのまま眠りに就いた。
チトセことアタイは医務室を出て左右を見回した。
「ああもう、こういうときはすばしっこいね」
ソウ君の姿は近くに見当たらない。
さて、どこに向かったのか……考えてとりあえず見当は付いた。
「ソウ君は真面目だから、言い訳のようにして出てきたけど本当にハヤトからの被害がどれだけあったか確かめている……ってところだろうねえ」
そうなれば向かうは客室だ。
この神殿は政治の中枢としても使われる拠点だ。そちらの方は今は決戦準備のため24時間体制で動いている。そのように人がいるところでは流石にハヤトも盗みは働かないだろう。
だから被害があったとしたら客室方面だ。私は足をそちらに向ける。
「さて後はどこに行ったかという問題だが……そういえば……」
最初に目が付いたのはユウカが使っている客室だった。
「昨夜はいなかったから入られたかも知れないって言ってたねえ……」
とはいえ女子が使っている部屋に入る度胸はソウ君にはないだろう。
「でもまあ一応、一応。代わりに被害状況を確認するってことで」
アタイはそう言いながら部屋に入る。
二人用の客室。
二つのベッドにはどちらも使用された形跡があった。
「リオも寝るフリだけはしたって言ってたし、そのせいかね……」
それにしても……未だに歯痒かった。
リオが命令に従って動いていたことに気づけなかった自分に。
演技の可能性は思い浮かんでいたのに……それでも自然に振る舞うリオに騙された。
「全く悔しいねえ……リオ、あんたも悔しくないのかい」
ここにはいない人に問いかける。
リオはおそらくアタイ以上に悔しがっているだろう。
サトルの命令通りに動くしかないことに。
本当はアタイたちに協力したいと、昨夜ユウカにも言ったようだ。それなのに真逆の行動をさせられて…………。
「……ん、あれは」
そのとき視界の隅に違和感を覚えた。
正体は枕だ。
枕カバーのファスナーが閉まりきっていない。この神殿の清掃員は都市の中枢であるこの建物に勤めるだけあって丁寧な仕事を心掛けている。アタイなら気にしないような細かいことまできっちりする人たちだ。
こんな雑をするはずがない。だとしたら……その後ベッドを使った人による仕業……?
アタイは枕を手にとって枕カバーを取り外す。すると中身と一緒に……一枚の紙が滑り落ちた。
私はそれを拾い上げて……そこに書かれた内容を読む。
「……はんっ。なるほどねえ。リオ、あんたも中々やるじゃないか」
メッセージはリオによるものだった。
『リオです。
申し訳ありません、これを読まれている頃には私はそこにいないでしょう。
サトルさんの命令下ではこんなものを残すことが精一杯でした。
ユウカたちが役立てることを願って、私が独自に掴んだ情報を記します。
魔王城の抜け道についてです』




