155話 ユウカVSリオ
「『大火球』!!」
リオの手からその背丈を優に超える火の玉が放たれる。
竜闘士といえど直撃すればひとたまりも無いだろうが、そのような直線的な攻撃に当たるつもりはない。私はその横を竜の翼で通り抜けようとして。
「逃がしません!! 『竜巻』!!」
リオは新たな魔法を発動。
避けた火の玉の進路上に風の渦を起こし巻き込み、炎をばらまきながら風の勢いが増す。
複数属性の魔法を使える魔導士の特性を生かす連続した攻撃。
「『竜の鱗』!!」
避けきれないと判断した私は防御スキルを発動。
エネルギーの球に包まれ炎の渦を完全に遮断してやり過ごす。
防御力こそ高いものの、このスキルには使用後動けなくなる弱点があり、当然それは今まで一緒に戦ってきたリオも知っている。
「捉えました!! 『雷轟地帯』!!」
私の頭上に雷雲を放たれた。
それがもくもくと成長しながら広がりきり無数のイカズチを落とすのとちょうど同じタイミングで私も動けるようになった。
攻撃範囲と密度から私は避けるのは不可能と判断。
故に頭上を向いて。
「『竜の咆哮』!!」
衝撃波を放った。
それは雷雲の一部を打ち抜き、結果雷は私の周囲に落ちるだけに終わる。
「この攻撃も相殺しますか……!」
「ギリギリだったけどね。リオも良い攻撃するじゃん」
悔しがりながらもリオは微塵の油断もしていないようで、私から十分に距離を取っている。竜闘士相手に接近戦を挑む愚を犯すつもりは無さそうだ。魔導士の本領を発揮できる距離を常にキープしている。
私もそれを分かっているから接近を試みているのだが、リオの猛攻により阻まれている。
とはいえそれも長く続かないはずだ。
格上の私に渡り合うために、先ほどからリオは大魔法を連発している。いくら魔導士の魔力が多いとはいえ、そんなに使っては尽きるのも時間の問題だ。
魔力を失った魔導士となればただの人。逃走にだけ警戒して、堅実に立ち回ればいずれリオは立ち行かなくなる。
「消極的な立ち回りなのに余裕ですねユウカ。私の魔力を切らす作戦ですか?」
「……さぁ、どうだろうね?」
私はうそぶく。とはいえ親友だ、それくらいのこと分かっているだろう。
「魔導士に竜闘士は倒せないと……そう侮っているなら……絶対に後悔させてみせます!!」
「じゃあやってみせてよ」
「いいでしょう! 『巨大――――」
私の挑発にリオは右手を振り上げながら何かの魔法を発動しようとして。
「…………?」
「ぐっ……駄目です……」
リオは左手で右手を掴み、胸元に引き戻しながら苦しむように悶えていた。
「リオ?」
「ユウ……カ……。おかしい、ですよ……こんなの。親友同士……争う、なんて……」
何かに抵抗するようにしながら、途切れ途切れに言葉を紡ぐリオ。
「もしかして……サトル君の命令に抗って……」
「っ……長く、持ちません…………ユウカ、今の内に私を……!!」
魅了スキルの命令による強制力に逆らって、自分を討つようにお願いするリオ。
私はその親友の強かさに感心した。
だからこそその苦しみを早めに終わらせるために近づいたり…………せずに。
「『竜の咆哮』」
フルパワーの衝撃波を放った。
「……っ!? やばっ……!」
苦しげからギョッとした表情に変わったリオは、慌てるようにその攻撃を避ける。
「ああもう、やっぱり」
「何するんですか、ユウカ! 苦しんでいる親友に攻撃を仕掛けるなんて」
「それが本当なら私だって心配するわよ。命令に抗おうと苦しむ演技、だったんでしょ」
「…………」
「随分上手くなったわね。一瞬騙されそうになったわよ」
「……ふふっ、流石ですね。通用しませんか」
非難から一転、けろっと態度を変えたリオは微笑を浮かべる。
演技に騙され心配した私が不用意に近づいたところで攻撃でも加える予定だったのだろう。相変わらず人を食ったような態度の親友だ。
「そもそも最初からして不意打ちだったし正々堂々戦うはずないわよね」
「ええ、それも含めて私の全力ですから」
皮肉に対して堂々と宣われる。
「それで小細工は終わり? だったらそろそろ幕を下ろす時間だけど」
「そうですね……では最後の大細工と行きましょうか」
リオは右手を振り上げて、先ほどは中断した魔法を今度こそ発動する。
「『巨大隕石』!!」
遠く天上に生成されたのは巨大な隕石。
「逃げるだけの魔力を残して、その他全部を注ぎ込みました。これが私の最後の攻撃……どうか対処してくださいね」
「いいよ、受けて立つ!!」
拳を構えながら私は毛ほどの油断もしていなかった。
生成された隕石にはかなりの魔力を感じる。魔力がほとんど残っていないのはおそらく本当だろう。
リオ自身に何かをする力は無い。隕石だけに注意すればいい。
だが、リオのことだ。素直に私に向けて落とすだけ……ということはあり得ないだろう。
考えられるのは最初に攻撃目標としていた建物に落とすことで、慌てて守りに入った私に無茶な防御を強いる方法。もしくは市街地に落とす可能性も……いやそんな誰かを巻き込む方法を取るとは思えないけど。
何にしろ、どこに隕石を落とされようと対処してみせる。
――と、警戒していたのにそれでも私は虚を突かれた。
隕石がゆっくりと術者に……リオに向かって落ちていくからだ。
「っ、何を……!?」
「『逃げられない場合は自害しろ』なんて命令が……いや、嘘ですけどね」
「だったら……!!」
「魔法は解除しませんよ。だって……私の親友が守ってくれるって信じていますからね」
にっこりと笑う親友。
今さらながらにチトセに注意をされたときの自戒を思い出した。
『リオがもし私に付け込む余地があるとしたら、それは私の親友であるという事』
「…………」
これは攻撃にすらなっていない。
ただの自爆だ。
どうせ当たりそうになったら解除するに決まっている。
わざわざ飛び込むなんて愚の骨頂。
だと……分かっているのに。
「リオォォォォォォォッ………!!」
私は隕石の落下地点に飛び込む。
その数瞬後、隕石は大量の破壊を振りまいた。
「信じていましたよ、ユウカなら守ってくれるって」
「リ……オ……」
破壊の中心点で。
防御も回避も迎撃も……何も間に合わなかった私は大きくダメージを受けて地べたをはいずくばっていた。
一方、隕石が落下する直前、私が攻撃範囲から弾き飛ばしたリオは空中に浮き無傷だ。
「ごめんなさいね、ユウカの思いをこんな踏みにじるようなマネをして。親友失格です」
「そんな……ことないよ……。リオは……命令に従っただけでしょ」
「確かに全力で、手を抜くなという命令です。……しかし、こんな最低な方法を思いついたのは私ですから」
私に勝ったのに、くしゃくしゃに顔を歪めているリオ。
魅了スキルは感情まで操ることは出来ない。命令のために非情に徹しろということは出来ない。
「あはは……何を今さら……」
「ユウカ……?」
「私の親友は……初恋に悩む私に既成事実を作るようにアドバイスしたり……いつだってえげつない方法を考えてるような人だよ」
「……誰ですか、そんな酷い人」
「だから……今さらそんなことで見限ったりはしないって」
そうだ考えることが罪になるはずがない。その実行を強制させた力の方が問題だ。
「ユウ……っ、いえ……。
追っ手はこれ以上戦闘出来ないと判断。しかし破壊工作を行うだけの時間も魔力もありませんね。というわけで、これよりすみやかに逃走させてもらいます」
リオは何かを言おうと寸前まで出かけた言葉を呑み込んで状況を判断する。
「早いね。もうちょっとゆっくりしていけばいいのに」
「私だってそうしたいところです。寝心地の良さそうな枕だったのに、あのベッドで結局一睡も出来ませんでしたし」
「……あ、最後に一つ伝言いい?」
「何ですか?」
「サトル君に。絶対に会いに行くからって伝えといて」
「分かりました」
「ありがと……じゃあまたね」
「ええ、また会えるそのときを待っています」
私は去ってゆく親友を見送るのだった。




