148話 規律
伝説の傭兵ガランは戦況を分析する。
魔族は生まれつき魔力が強く、戦闘力が高い。一人一人の力はあの少年や竜闘士の少女の傍らにいた『魔導士』の少女と同じ程度、最強級といったところか。
伝説級と分類される竜闘士の相手ではない。
だが、それはもちろん一対一に限った話。
「行けっ!」
四方八方から襲いかかってくる魔族。その数は十数を越える。
これだけの数に囲まれてはひとたまりもない。
ならばどうするべきか。
既にここは戦場。その渡り歩き方において、私の右に出る者はいない。
「はっ……!」
私はそれらに取り合わず引いた。
この地で動くための拠点としていた洞窟。その中は戦場として狭すぎる。包囲されることを避けるために、広く使える場所に出ないといけない。
「あれだけ威勢の良いことを言っておいて逃げるつもりなの!? まあ、逃がさないけどね!」
当然敵も追ってくるが、こちらの方が洞窟の出口に近い。
そのような配置になるように、召喚前から気を付けていた。
「………………」
最初からこの結末は分かっていた。
私はレイリがこの世に来てからの話を聞いている。その時点で偽物の使命に取り憑かれた洗脳状態であることに気付いた。
なぜ使命を果たさないといけないのかと聞いても、使命だから果たさないといけないと答えるばかり。
そんな使命止めた方がいいんじゃないかと聞いても、どうして使命を止めないといけないのかと答えるばかり。
重度の洗脳に陥っている者に外から働きかけることは難しい。却ってその支配を強固にしてしまう可能性があった。
必要なのは自分から気付くこと。
故に私は決別することを分かっていながら、召喚することを見守った。
その結果は半分の成功といったところだろう。
レイリは自身の呪縛を解こうとしている。だが呪縛がまだ残っていることも事実だ。
揺れる心を定めるその時間を確保するのが私の仕事。
「ちっ……出口か!」
魔族の一人が叫ぶ。
その通りでようやく洞窟の出口が見えてきた。差し込む光めがけて私はスピードを落とさず進む。
「逃がすか!」
どうやら洞窟内の方が地の利があると判断する程度の頭はあるようだ。
決死で逃走を阻もうと一人が突出してきて。
「ああ、逃げないとも」
「っ……!?」
「『竜の拳』」
「ぐはっ……!!」
私は突如反転。近づいてくる魔族相手にカウンターの要領で拳を放った。
冗談のような勢いで吹き飛んでいく姿に、他の敵も思わずその場に制止する。
「この場所が一番いいからな」
洞窟の出口近くは狭く、人一人がようやく通れるような場所だ。
ここに陣取れば敵は一人ずつしか私を襲うことは出来ない。一対複数ではなく、一対一が複数回になる。そして一対一ならば、何回連続しようとも私は負けるつもりはない。
「へえ……中々考えてんじゃないの」
先行していた味方に追いついた姉様とやら魔族が、状況を見て一言呟く。
彼女が『規律』とやら固有スキルで魔族全体を指揮する将だろう。どのような指揮を執るというのか。
「言っとくけど、もう対処はしてるわよ。やりなさい……!」
彼女の命令と共に――背後から一人の魔族が襲ってきた。
「なっ……!」
驚きながらも戦場に絶対が無いことを知っている体が反応した。間一髪で避けるが……これは。
「固有スキル『跳躍』よ。忘れたの? 私たちは魔族。一人一人がそれぞれ違う固有スキルの使い手よ」
「……なるほど、それで洞窟の外に出て。……ならばこの位置に陣取る意味もないな」
背後を取られるならばこの作戦は無効。すぐに破棄を選択する。
刻一刻と状況の変わる戦場において、一つの戦法に固執することは死を招く。
洞窟の出口から外に、そして振り返り。
「『竜の震脚』」
今し方出てきた場所に向かって衝撃波を放った。
未だ洞窟内に魔族たちはいる。洞窟を崩壊させて生き埋めにすれば少しは時間を稼げるはず。
出口の破壊が洞窟中に連鎖して行って――。
「『規律』更新。『防護』で洞窟の崩壊を守りなさい」
新たな指示、新たな固有スキル。
洞窟の崩落が止まったのを見た瞬間、私は森の中へと飛び込む。姿を隠しヒットアンドアウェイ、あるいは隙を見て逃走することを狙って――。
「『規律』更新。『印』で敵の位置を示して」
光の糸が私の腕に絡みつく。それ自体に攻撃力は無いようだが、辿ればこちらの位置がはっきりと分かる。
隠れても無駄だと悟り高く飛び上がって。
「『予測』の読み通りね。『規律』更新。取り囲みなさい」
行動が読まれていたようだ。
飛び上がったところで四方八方を魔族に取り囲まれる。
「固有スキル……本当にでたらめな力だな。……だが、それを最大限に発揮出来るのも束ねる者がいてこそか」
「あら、お褒めに与り光栄だわ。もっとも手を緩めるつもりはないけれど」
それぞれの固有スキルも強力だが、そのタイミングを『規律』で管理する姉様……敵軍の将が優秀だ。
思えば太古の昔この世界は滅びかけた。
しかし魔族の使命は『世界滅亡』ではない。だからこいつらが好き勝手したその余波で滅びかけたということが真相なのだろう。
だが本当に好き勝手するだけの集団ならば、団結した人間の敵ではないはず。
おそらくこいつが、太古の昔も魔族を『規律』でまとめ上げて、対抗するべき時は対抗したという事だろう。
「さて最後の通告よ。レイリ、今なら許して上げる。私たちの仲間に戻るって言うなら、その命を保証して上げてもいいのよ」
完全に優位に立ったと確信した姉様が私の腕の中のレイリに呼びかける。
「ガラン」
「そうか」
その声で全て察した私はレイリを下ろす。
レイリは魔法を発動して、中空に自らの足で立った。
「姉様。私、考えてみたんです。その結果、姉様には感謝しかないことを理解しました」
「へえ、分かってるじゃない」
「この世界に呼び出されて右も左も分からない私に色々と教えてくださりありがとうございました。『世界滅亡』という偽物の使命についても、振り返ってみればそれがあったこそここまで長い間頑張る原動力になったと思います」
「最初からそのつもりだったのよ。よく分かったわね」
「今までありがとうございました。……でもここからは私一人で歩いていけます」
「……は?」
「未だに今後どうするかは思いつきませんが、少なくとも姉様の言葉に縛られて生きるのは止めようと思います」
レイリは軽く頭を下げた。決別の意味を込めて。
「………………」
仲間になる。そう言えばこの場は見逃す。
これが姉様とやらの罠だったのだろう。
固有スキル『規律』。
最初見せたように、自殺すら強制させるその力。
ならば浮かび上がる当然の疑問。
どうして私たちに直接命令しないのか?
おそらくしないのではなく、出来ないのだろう。
ルールとは同じ共同体を縛るためのもの。
やつの強制力は味方にしか発揮することが出来ない。
だからもし味方になると宣言した瞬間『規律』によりレイリは操られただろう。
だがレイリはその手を拒んだ。
呪縛を完全にはねのけた。
レイリはもう一人でも生きていける。
「そうか……」
感慨深くなるが……ここは戦場。浸っている暇はない。
さて、最後の仕事だ。
魔族たちに完全に囲まれたこの状況。
正直に言って部が悪い。
今まで見た固有スキルも五個ほど。魔族の数は十数いる。
まだ見ぬ力に対処しながら、戦えると奢るつもりはない。
だからせめて。
レイリだけでもこの戦場から逃がす。
誰がどの固有スキルを使用したのかは把握している。
狙うは『印』の使い手だ。
あれに残られてはどこまで逃げても尾けられる可能性が残る。戦闘用の固有スキルでも無いことも鑑みて、この選択がベストで……。
「ガラン、私一人だけでも逃がそう……などと考えてはいないよな?」
「……いえ、そのようなことは」
「おまえほどのやつでも、図星を突かれると言葉に詰まるんだな」
「どうして分かった?」
「何となくだ。捉えどころがないと言っても、流石にこれだけ一緒にいればな」
「………………」
「私がいつそのような命令をした?」
「……自分の判断だ」
「なるほどな。私が一人で歩いていけると言ったからか」
「………………」
「語弊があったな。私は一人では生きていけない。姉様の言葉に、掲げた使命に依存してきて生きてきたように……何かに支えられないと生きていけないんだ。
姉様にはもう付いていきたくない。ガラン、おまえと共に歩いていきたい。
別に利用してくれても良い。私が勝手に断言する、おまえが私に尽くせば、妹に対しての罪滅ぼしになると」
「レイリ……」
「分かったら命令だ。この場を二人揃って切り抜けろ。私の傭兵ならば叶えて見せろ」
「……承知した、我が主よ」
臨戦態勢に入る私の背中にこつんとレイリの背中がぶつかる。
背中合わせで360度対応出来る。
傭兵として、数多の戦場を渡り歩いてきた私は判断する。
これは完璧な布陣だと。
「……はぁ、残念ね。最後のチャンスだったのに。仲間になるって言ってくれたら……楽に殺して上げるつもりだったのに」
姉様とやらはため息を吐いて呆れている。
「私、壊れたおもちゃには興味ないのよね。ていうか何、背中合わせになって? 二人で本当にこの状況をどうにか出来ると思っているわけ?
ここまで対峙してそっちの男が凄まじい力を持っているのは分かったけど、レイリの方が完全に穴じゃない」
「おまえの目は節穴だな」
「……それが最期の言葉? いいわよ、だったらお望み通り殺して上げる」
そして姉様は上げた手を振り下ろしながら。
「『規律』更新!! 全員突撃!! 固有スキルもフル解放してこいつらを殺しなさい!!」
包囲していた魔族たちが突っ込んでくる。
戦闘に有用な固有スキル持ちはそれを発動しながら、そうでないなら魔法を発動しながら。
迫り来る猛威。対峙出来るのは背中にいる存在のおかげだ。
「レイリ」
「ガラン」
そして始まろうとした絶望の戦場を――――。
ピンク色の光が全てを包み込んだ。
「なっ」
「これは……!」
見覚えのある色。
そのスキルの特性は知っている。
上か、下か。
素早く確認して……上から降りて来る乱入者を発見した。
「っ、何が……!」
想定外の出来事に敵の将、姉様は付いていけないようだ。
包囲する魔族たちの行動も停止する中、乱入者は一言。
「男が半分……か。全てを戦力に出来るなんて、ムシの良い話はないか」
王国を転覆させ、支配した魔王。
少年、サトルがそこにはいた。




