表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
147/170

147話 使命


「は? おまえまだ生きていたの?」


 太古の昔より再会した姉様は心底から呆気に取られた表情でその言葉を放った。




「………………え?」


 予想もしていなかった言葉にレイリこと私の思考もフリーズする。




「ん、どしたん? って、そいつは……」


 一人の魔族の男性が姉様に声をかける。


「ねえ、聞いて聞いて! あの子が生き残っていたみたいなのよ!」

「え、マジ!? ていうか置き去りにしたのいつだって言うんだよ!」

「私だって分かんないってば! いやもう本当生きて、しかも私たちを呼び戻すとかさ……」

「じゃああのとき本気で言ってたってわけ!?」


 ゲラゲラと笑いながら交わされる言葉。

 意味が、全く、分からない。




「ね、姉様……」


 声が震える。

 どうして笑われているのか?

 思考の焦点が定まらない。

 それでもどうにか振り絞って言葉を紡ぐ。


「わ、私はやり遂げました。ね、姉様たちを呼び戻しました。こ、これから使命を果たすためにどう動いていくか、き、教示してください」


 膝を付き、首を垂れて姉様の指示を待つ。

 姉様はいきなりの出来事に混乱しているだけ。すぐに状況を理解してくれるはず。そして魔族としての使命を果たすために必要なことを、あの頃のように私に教えて――。




「……? えっと使命ってなんだっけ?」


「冗談はよしてください! 魔族の使命が『世界滅亡』だとは姉様が私に言ったことです!!」


「あー……そういえばそんなことも吹き込んだんだっけ? うわあ、懐かしー」


「……っ!?」


 あっけらかんと放たれた姉様の言葉に私の思考はフリーズする。




「世界滅亡? 何言ってんの?」


 先ほどの男性魔族が姉様に問う。


「いやね、こいつがさ、前の召喚の時右も左も分からない年頃だったのよ。それで私がリーダーとして面倒見てたんだけど、ただお守りするのもつまんなかったからさ。魔族の使命は『世界滅亡』だって吹き込んだらまるっと信じちゃったのよ」


「何だよ、それ。めっちゃ面白いじゃん」


「本当にね。ずっとそんなこと信じてたなんて……ぷっ!」




「姉様……」


 私はその場にへたり込む。


 ガラガラと何かが崩れ落ちる音がする。

 崩れ落ちるのは私という存在の根底。

 太古の昔からずっとずっと使命を果たすために生きてきた。その使命が空虚であったと知って……私はどうすればいいというのか。




「ところで気になってたけど、その隣のイケメンは誰なん? めっちゃタイプなんだけど」


 姉様がガランに感心を示す。


「でもそいつと行動一緒にしてたって事は、それなりの仲なんじゃねえの?」


「……ねえ、そんなやつ捨てて私の物にならない? こう見えて私結構尽くすほうよ?」


「いや、一目惚れすぎない? 俺は、俺はどうなの?」


「鏡を見て出直してきな」


「酷くね?」




 二人の会話にハッとなる。

 ガランは今どのような表情をして、どのような胸中なのだろうか。

 隣にいるのだ。ならばそちらの方を向けばいい。なのに怖くて見れない。


 ……いや、そんなこと気にしてどうする。

 出会ったときから得体の知れないやつだった。『世界滅亡』を聞いても有無を言わさず勝手に付いてきた男。

 これで離れられるならせいせいして――。


「………………」


 私が使命を唯一打ち明けた人。


 使命のために。そう言って戦ってくれるのが嬉しかった。


 だが……その使命が空虚であると分かった今……彼が私と一緒にいる意味は失われて。




「ガラン……」


 焦がれるようにその名前を呼びながら、隣に立つその人を見上げる。




「はぁ……」


 姉様、魔族たち、そして私。全員の注目を浴びる中、ガランは一つため息を吐いてから。




「言っておくが……私の使命は『世界滅亡』などではない」




「……。……?」

 私と手を切る前の最後の言葉……だと思ったが、よく考えてみるとそうではないようだ。すぐにはその言葉の真意を測ることが出来ない。


「勘違いされてることは分かっていた。そちらの方が都合が良いから訂正してこなかったが……」


「っ、だったらガラン! おまえの使命とは一体……」


 すがりつくように問いかける私に、ガランはこの期に及んでマイペースで話し始める。




「私たちが初めて出会った日のことを覚えているか?」


「……は?」


「君は力のない村娘の姿で王国の兵士から逃げていたな。私には力がある、助けることは容易だ。

 だが王国に目を付けられることは避けたかった。それに王国ではあのような事は日常茶飯事だ。だからそれまでと同様にあの日も心を殺してスルーしようとして……君の助けを呼ぶ声が聞こえた」


「…………」


「それがそっくりだったんだ。私の妹に。気が付いたら体が動いていた」


「あの村娘の姿が……? だがあれは私の『変身』の一つ……ただの偶然で……」


「ああ。その後話す内に君が姿を偽っていることを暴き素の君と相対して……ますます妹にそっくりだと思った。妙に勝ち気な態度、一度言ったことは曲げない頑固さ……本当に生まれ変わりかと思った」


「……そうか」


「あの日ケンカをしたまま王国に赴き、私があいつに謝る機会は永遠に失われた。ずっと、ずっとそう思っていた。

 だが、ここに妹そっくりの世界相手に一人で奮闘している者がいて。

 チャンスだと思ったんだ。罪滅ぼしをする」


「…………」


「死者に生者を重ね合わせて……妹にも、君にも失礼なのかもしれない。だが不器用な私にはこんな方法しか思いつかなかった。


 私の使命は――レイリ、君の望むことを何でも叶えることだ。


 教えられた使命が虚構だと分かった今、君はどうしたいんだ?

 君自身が考えるんだ。何でもいい……それこそ、酷い裏切りにあってもなお『世界滅亡』を成し遂げたいというなら私はお供しよう」




「私は……」


「…………」


「私は……私は……っ!!」


「何だ?」


「……分からない。ずっとずっと信じていたことが崩れ去って……何をしていいのか、今すぐには分からない。

 だから…………一人でゆっくり考えさせてほしい」


「『一人でゆっくり考えさせてほしい』……か。承った、我が主よ」




 へたり込む私の頭の上にポンと手を載せて、ガランは正面の姉様たちを見据える。




「ならば、こいつらは邪魔だな」




「ちっ……何勝手に美談を繰り広げてやがるのよ」


 姉様が舌打ちする。


「姉様……といったか。悪いがそういうことだから君の物になることは出来ない。断らせてもらおう」


「律儀か。うっせえな」


 苦虫でも噛み潰した表情だ。




「あはははっ! すげえ、やっべえ! あれだけ上から言ってて、フられてやがんの!」


 魔族の男がそんな姉様のことを笑い飛ばして。


「……はぁ? おまえ、今何て言った?」


 姉様がギロリとそちらを睨む。




「え、あ、いや、やばっ……」


「私さ、人に笑われるのが一番嫌いって言ったよね?」


「そ、それは……」


「『規律ルール』発動。自殺しろ」


「ちょ、ちょっとマジでそれは――――」




規律ルール』。

 姉様の固有スキル。

 魔族の男は顔面蒼白になりながら手のひらを自分の顔に押し当てて魔法を発動。


 ボシュ! と顔から上が消し飛んだ。




「ひっ……」


 魔族の世界は荒廃している。そのため弱肉強食で資源を、食べ物を、命を奪い合う。

 戯れで命が奪われる……よくあることだったのに……人間の世界に慣れきった私は情けない声を上げてしまった。


「あーもうムカつく、ムカつく、ムカつく……」


 姉様は一つの命を、それも味方の命を奪ったことから既に関心が失われている。その頭の内を占めるのは自身の不快感だけのようだ。




「私の物を奪うやつはいらない。私の物にならないやつもいらない。

 『規律ルール』発動。おまえら、あの二人を襲え!」




 その感情の矛先が私とガランに向く。


 敵対するのは魔族の集団。

 味方にするべく召喚したその力が、そのまま反転して強大な敵へと変わる。




「ふっ、全く舐められたものだ」


 だが本当に頼れる味方……ガランは珍しく不敵に笑う。




「何がおかしいのよ。それとも戦力差に笑うしかなくなったってわけ?」


「おまえらはこの世界に来たばかりだから知らないのか。

 自ら名乗るのも面映ゆいが言っておく。

 私は先の大戦を終わらせた英雄、伝説の傭兵。

 おまえらのような力に酔ったゴロツキに負けたりはしない」


「うっざ、ほざいとけ」




「『規律ルール』更新。塵も残すな」

 姉様は味方に指示を出す。


「『竜の翼ドラゴンウィング』」

 ガランは竜の翼を生やし、私を抱え浮かび上がる。




「てっ、なっ、ガラン! 下ろせ! 私は自分の魔法で飛べる!」


「静かにしていろ。それよりも自分が何をしたいのか考えておけ」


「……だが私を抱えたままで戦えるのか?」


「気にするな、私を誰だと思っている」


「そうだな……余計な心配だった」




 そして始まる激しい戦闘。

 だが私は力強く支えるその腕に全てを委ね、安心感すら持ってこれからどうするべきかを考えるのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ