146話 復活派 過去3 ~ 現在
魔族としての姿を現したレイリこと私。
「やるならさっさとやれ」
私は身体から力を抜き覚悟を決めた。
『変身』を見破られた時点で私は詰んでいたのだ。正体を明かさねば怪しいやつだと誅され、明かせば魔族として人類の敵として殺される。
この男、伝説の傭兵に会った時点で運の尽きだった。
しかし。
「私の要求を聞いていなかったのか?」
「は?」
「君がすることは覚悟する事ではない。何をしていたのか説明することだ」
「……どうせ話した後で殺すつもりだろう。面倒だ」
「そうか……ならば話せば命の保証はしてやる」
ガランからの提案。
真っ先に思ったのは『どうせ嘘だろう』だった。
だとしても1%でも可能性があるならば、私は諦めるわけには行かない。
「話せばいいんだな?」
「ああ。言っておくが経緯・発端も含めてだ。そうだな、君が本当に伝承の魔族であるならば、太古の昔から現在に至るまでも語ってもらおうか」
「……本気か? どれだけ長くなると思っている」
「本気だとも。幸いにもまだ夜は長い」
奇妙な話になった。
ガランはどうして私の事情を聞きたがるのだろうか?
分からないが……やると決めたことだ。
「いいだろう、ならば『災い』から現在に至るまでを話してやる」
そのまま太古の昔からこれまでにやってきたこと、その果てにある使命『世界滅亡』についても伝説の傭兵ガランに語った。
それは私にとって初めてのことだった。
使命のためにずっと前へ前へと進んできた私が過去を振り返ることも。一人で世界相手に戦ってきた私が誰かに胸の内を打ち明けることも。
ガランは時折相槌を打ちながら話を聞いていた。
全て話し終えたのは何時間も後、夜も終わりかけて、空が白み始めた頃だった。
「なるほどな」
伝説の傭兵ガランは静かに頷く。
「これで全てだ。満足したか?」
寝ずにずっと話していたのだ、流石に疲労感が漂う。
しかし、私の内にはそれ以上に充足感であった。
満足したというのか……どうして?
ずっとずっと一人で戦ってきた。それが当然だった。別に苦に思うことも無かった。
だが、それは錯覚で……本当はこの思いを誰かと分かち合いたかったのだろうか?
「………………」
駄目だ、調子が狂う。
何が悪いのか、目の前の男だ。
「ふむ……」
今を持って何を考えているのかよく分からない、この男のせいだ。
「本当にここまで長話をさせおって……まあいい。約束は果たした。これで命は保証されるんだろうな?」
やれやれと呆れた雰囲気を出しながら、実のところガランの動きに意識を集中させていた。
話している間に魔力もある程度回復した。万全には程遠い状態だが、どうせ万全でもこの男には敵わない以上関係ない。
約束を反故にしてこちらを襲う動きを見せたなら徹底的に抗うつもりだった。逃げの一手に全力を注げばどうにか……。
「……ああ、そういえばそんな約束だったな。魔力も戻っただろうし、付近の魔物も一人で十分対処できるだろう。どこへでも行け」
だが、ガランの反応は予測に無いもの。
上の空のまましっしっと追い払うように手を振ったのだ。
「………………」
こちらの魔力の回復に気付いているほどだ。抜けているわけではない。
だったら何を考えて上の空なのか。
分からないが絶好のチャンスだ。この隙におさらばして――。
「本当にいいのか?」
気付けば口が開いていた。
「……何が?」
「私は使命を語った。世界を滅亡させると言ったのだぞ」
「…………」
「ならばそれを防ぐことが普通だ。そのための力もおまえなら持っている。なのにどうして見逃す?」
余計なことを言った。なのに口は止まらない。
思い直してしまったら私は終わる。なのにどうして。
「そうだな……それが普通の反応なのだろう」
「…………」
「だが生憎私は世界の行く末に興味など無い。……いや、それどころかこんな世界など滅んだ方がいいとも思っている。
だから君のすることに口を出すつもりはない」
「そうか」
「もっとも私一人程度に敵わないような者に世界を滅ぼせるのかは疑問だがな」
「……はあ?」
奇特な人間だと思いながらも頷いていたら、付け足すように心外な発言が飛び出した。
「悪いことは言わない、使命など忘れて静かに生きた方がいいぞ」
「馬鹿にするな! 世界滅亡は魔族の悲願だ! 私はそのために今まで生きてきたんだ!! それを捨てろだと!?」
「ふむ。だが……いや、これも絶好の……そうか」
こちらを慈しむように、圧倒的上から目線のままガランは。
「ならばその使命、私も手伝おう」
「……貴様、それは本気で言っているのか?」
「本気だとも」
「今さっき忘れろと言ったばかりだろうが」
「だが忘れるつもりはないのだろう? このまま死なれても寝覚めが悪い。それくらいなら手伝った方がいいという判断だ。どうせ他にすることも無いしな」
「………………」
「安心しろ。協力するフリして邪魔などはしない。先ほど述べた世界など滅亡するべきだという言葉は本心だしな」
「………………」
「………………」
「……おそらく嘘は吐いて無いのだろう。だが気に食わん、拒否する」
「残念だが私より弱い君に拒否権はない」
「ちっ……」
「分かったな?」
「……仕方がない。いいだろう、だが邪魔をしたらしょうちしないぞ」
それから私はガランと行動を共にした。
最初こそどういう意図か分からず警戒したが、ガランに妨害の意志はなく、それどころか私の命令全てに従った。
『傭兵として主の命令に答えるのは当然だ』
とはガランの意見だが、いつの間に私が主になったというのか。
しかしながらやつがこちらを主として行動を続けた結果、こっちも主として振る舞うようになってしまった。
渡世の宝玉集めは順調だった。
最強の武力による力押しと『変身』による搦め手。女神教の教えも絶えて邪魔をする者も……いなかったのは最初だけで、途中から女神の遣いを称する召喚者に邪魔されることとなったが……それでも使命達成のための第一段階には到達した。
<現在>
帰還派の一人、あの忌々しい女神の力『魅了』を継いだ少年による王国の乗っ取り。それによって大陸全土が混乱する最中を狙い手に入れたもの。
「これで渡世の宝玉も八個目だ」
人里から離れた場所にある洞窟。今回の行動の拠点としていたその場所まで戻り戦果を確認していた。
「今回は拍子抜けするほど楽だったな、レイリ」
「ああ。これもあの少年が起こした騒ぎのおかげだ。敵である私たちに利してしまったとは思ってもいまい」
「…………」
「どうした、ガラン」
「いや、どうして少年が今回のような行動を取ったのか気になってだな」
「そういえば学術都市では接触して直接やりとりしたと聞いたな」
「こんな大それたことをするとも出来るとも思え…………いや、力だけならば可能か」
「そうだな。話によると王国を陥落させたのもあの『魅了』の力を駆使してとのことだ」
「ならばその精神に何らかの…………」
「気にしても仕方あるまい。それよりも今回の収穫の方が大事だ」
改めて渡世の宝玉を眺める。
魔神様を復活させるためには12個必要。そのため他の勢力は私たちが12個集めようとしているという勘違いの隙を狙っていた。
八個。これだけあればかなりの規模のゲートを開くことが出来る。
姉様たち全員を呼び戻すことも可能なはずだ。
「早速呼び出すのか?」
ガランが問う。
当然ながらガランも姉様たちを呼び出す計画のことは知っている。
「『災い』の起きた太古の昔より幾久しい時が経った。これ以上待たせるのも忍びないだろう」
「そうか……予定外だったが事が楽に運んだおかげで力も存分に残している。いいだろう」
「……?」
力を残す……? ガランが何を懸念しているのかは分からないが……まあいい、この男は時折私にも分からない振る舞いを見せる。そのときに限っては命令をしてもその意図を明かしたりしない。つまり気にしてもキリがないだけだ。
洞窟の奥、だだ広い空間に場所を移す。
これから姉様たち十数人が出てきても大丈夫なスペースを確保してから作業に取りかかる。
宝玉八個を一カ所にまとめると中の魔法陣の輝きを増し始める。
それに手を置いてイメージする。
繋ぐべき世界、呼び出す者。
そして――。
「ゲート開放!!」
その宣言した瞬間、薄暗かった洞窟内が目映い光で溢れた。
目を閉じるだけでは足りずに顔を伏せて光をやり過ごす。
凄まじい魔力の奔流が収まると共に、明るさも落ち着き始める。
目を開けて最初に目に入ったのは力を失った宝玉だった。中の魔法陣が消えて、ただの青い宝石のような見た目になっている。
徐々に目線を上げて、そこにいたのは。
「姉様……」
太古の昔に離ればなれとなったとき以来なわけだが、そのときと姿は全く変わらなかった。
魔族の証としての巻き角、褐色の肌。私よりずっと自身に満ちあふれている顔つきの姉様。
他にも男性と女性が半々の魔族十数人、あの日ゲートの向こう側へと消えていったその全員を呼び戻すことに成功した。
その一人一人が最上級の使い手である。これだけの力があれば人間たち相手に力押しを仕掛けることも可能だろう。
この世界でこそこそと動く時間は終わったのだ。これからは魔族として、そしてガランと共に世界を滅亡させて――。
「これは……ん?」
突然召喚されたことに状況がつかめない様子だった姉様がようやくこちらに気付いた。
「………………」
何と言われるだろうか?
姉様に教えてもらった使命を果たすためこれまで頑張ってきたことを賞賛されるか。
それとも呼び戻すのに時間がかかったことを叱責されるだろうか。
気にすることなく、魔神様を呼び戻すための行動に移るように言われるか。
何が来てもいいように私は心を構えて――。
「は? おまえまだ生きていたの?」
「………………え?」




