144話 復活派 過去1
過去編開始。
復活派のレイリは思い返す。
太古の昔の記憶を。
種族としての魔族は元々この世界の住人ではない。魔界と呼んでいる世界の住人だ。
なのにどうしてこの世界にいるのかというと、酔狂な人間により渡世の宝玉を使って呼び出されたのが始まりだったと聞いている。
その人間には復讐したい者がいたそうだ。同じ町に住む者に恋人を奪われたとか、そんなどうでもいい理由らしい。そのために固有スキルと強大な魔力を持つ魔族を呼び出した。
復讐は成った。
町一つ、魔族を呼び出した者も含めて全て滅ぶという形で。
「ははっ、何だ! この人間とかいう弱っちい種族はよっ!」
人間と魔族の力には圧倒的な差があった。
後に魔神と呼ばれる存在と出会ったことを契機に、魔族は欲望のままにこの世界にて破壊の限りを尽くし始めた。
それを止める者はいない……と思われていた。
しかし、人間は後に女神と呼ばれる存在を中心に団結した。人間にあって魔族にないアドバンテージ、数により魔族は徐々に劣勢に陥る。
そして奉っていた魔神様が人間たちに封印されたことで敗走する羽目となった。
「ちっ……人間どもめ……!」
木々生い茂る森の中を駆け抜けながら誰かが舌打ちした。
ここも既に包囲されている。生き残るための手段は一つだけ。集めておいた渡世の宝玉8つを使い、ゲートを開いて魔界に戻ることだった。
しかし、そうなればこの世界に二度と戻ることは出来ない。魔界は世界を渡る手段もないほどに荒廃した世界だったから。もう一度この世界に召喚されるような偶然が起きるとも思えない。
この世界への未練と生存することが両天秤に乗る。
そしてまた生存することを選んだ場合にも一つ問題があった。
この数が通る場合、渡世の宝玉八つを使ったゲートの容量では足りない。おそらく一人はこの世界に残らないといけなくなると。
ではその一人をどうするか? 争って誰か蹴落とすとでもいうのか。危機が迫る中、内部分裂している場合じゃないと誰もが分かっているが解決策は出てこない。
緊張感を持ってそれぞれが迷う中、私、レイリが手を挙げた。
「私がこの世界に残ります! そしていつの日か必ず姉様たちをこの世界に呼び戻します!」
「そうか……おまえがいたか」
答えたのは姉様。この魔族集団のリーダーにして、血のつながりこそないものの私が姉のように慕っていた人。
偶然異世界召喚に巻き込まれて、右も左も分からない幼い私に色々と教えてくれた人。
「私一人なら『変身』を使って人間に紛れてこの窮地も脱せるはずです!」
「ああそうだな。何とも都合が良い。私たちの使命は分かっているな」
「はい! 魔族の使命は世界滅亡です!」
「…………ははっ、では頼んだぞ」
その後姉様たちはゲートを開き、魔界へと戻って行った。私は変身を使い人間へと化けて包囲網を何とか脱出。
そこまでは上手く行って……そこからが大変だった。
魔神様を封印した集団が女神教なるものを興し、『災い』の驚異の伝承や渡世の宝玉の分割保管を進めたからだ。
伝承により魔族はどこに行っても警戒されて、分割により物理的に集めるのが難しくなった。
私は途方に暮れた。しかし、諦めるという選択肢は無かった。
姉様に教えられた魔族の使命『世界滅亡』を果たすためにも。
姉様の期待に応えるためにも。
だから『変身』を使って一つ一つ出来ることをやっていった。
女神教の信仰を落とすために高名な人に化けて不祥事を働き女神教の信仰を落として、『災い』も魔族の存在も何もかもが風化した現代。
ようやく渡世の宝玉の収集、本命に取りかかれると…………その思いが気の緩みを招いたのだろうか?
一年ほど前。
私は一人、王国領の森を駆けていた。追っ手から逃げるために。
「マズったな……」
現代で動くに当たって避けられない相手。大陸最大勢力の王国。
その状況を見極めるために忍び込んで……予想以上の警戒により侵入がバレてしまった。
どんな看破スキルでも見破れない『変身』にも二つの弱点がある。
それは一回姿を変えるごとに魔力を多く消費すること。もう一つは化けた姿のステータスそのものになることだ。
兵士の詰め所に侵入していた私はそこから脱出するために何度も変身を使ったため魔力がもう無くなっていて、兵の油断を誘うために変身した村娘の姿から戻ることが出来なくなっていた。
運動能力が低く、このままでは追ってくる兵士に捕まってしまう。
「見つけたぞ! 怪しいやつめ!!」
その懸念は現実となり、森の中で私は王国の兵士たちに囲まれてしまった。
「ほ、本当にこの村娘が侵入者なのですか?」
「警戒を怠るな! 姿を発見して以来、こやつは何度も姿を変えている! おそらく化け物の類だ!」
「了解しました!」
日和った様子の兵士も隊長の檄に立て直す。どうやら演技をしても無駄だろう。
森の中、人間に囲まれる。太古の昔を思い出すシチュエーション。
しかし私は一人で、『変身』も通じないと来ている。
後少しだったが……ここまでか。
太古の昔生き延びてから、ずっと使命を『世界滅亡』を果たすことだけを考えてきた。だが私の力ではあと一歩足りなかった。
仕方ない、諦めよう。
「誰か……助けてください!!」
そう覚悟を決めていたから、次の瞬間発せられた言葉が自分の口からであることに気付くのに時間がかかった。
助けて……私はそう言ったのか?
何とも往生際の悪い言葉だろうか。
私は魔族。この人間の世界における異分子。
世界全てが敵。
分かっていたから太古の昔よりずっと一人で活動してきたのだ。
だというのに……どうして助けを呼んだ? 誰かが魔族の私を助けると思ったのか?
私は……本当は誰かに助けてもらいたかったというのか?
「確保………………ぐはっ!!」
迷いを押しつぶすように隊長の号令によって兵士が私に殺到して…………次の瞬間その全てが吹き飛んだ。
「え……?」
何が起きたのか分からなかった。
私が何かをしたわけではない。未だ魔力は枯渇し力の無い村娘の姿のまま無様に地べたに座り込んでいるだけだ。
だからそれを為した人間は空から降りてきた。
「助けるつもりは無かったのだが…………」
竜の翼をはためかせ着地する。
その姿には見覚えがあった。
人間社会の隅で生活する私でさえ存在を知るその人。
先の大戦を終結させた英雄。
「そうだな……大丈夫か?」
魔族の私に人間の手が差し伸べられる。
これが私と伝説の傭兵ガランの初邂逅であった。




