表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
142/170

142話 手


 魔王城に、サトル君のいるところに乗り込む。

 今後の大きな方針が決まった。


 そうだ、私は何をごちゃごちゃと悩んでいたんだろう。

 はっきりとした言葉で拒絶されたならともかく、あんなふんわりとした言葉で私の長年の想いを否定されてたまるものか。


 サトル君に告白の返事をさせる。返ってくる言葉は絶対にYESだ、みんなもそう言っているし。

 そして恋人同士になった私たちは、色んな場所に一緒に行って、同じ気持ちを共有して、二人の思い出を紡いでいく。

 そんな日が来るのが楽しみで…………楽しみすぎて……。




「ねえ、今すぐ魔王城に乗り込んじゃ駄目なの?」


 抑えきれずに私は提案していた。 




 ホミさんがはぁ、とため息を吐いてから答える。


「話を聞いてましたか? サトルさんは今や王国の持っていた軍事力を保有しているも同然なんですよ。内戦による同士討ちで少しは削れたかもしれませんが、いずれにしても竜闘士一人で敵う相手じゃありません。各所から対抗できるだけの戦力を集めるしかないわけで、それまでおとなしく待ってください」

「その理屈は分かっているんだけど……実際そんな正面衝突になるのかなぁ、と思って」

「……はい?」

「いや、だからね。サトル君は私のこと大事に思っているわけでしょ? だから案外私だけで王国に向かったら、叩き潰すようなこと出来なくて、魔王城までスルっと到達できるんじゃないかな……って」

「断言します。有り得ませんね」


 ホミさんは言い切る。 




「いや、まあホミさんがそう言いたいのは分かるけど……」

「鼻に付く言い方ですね……先ほど神妙に振る舞って損した気分ですよ。それと別に嫉妬で言っている訳じゃありません。サトルさんはユウカさん相手に手を抜くことは無いでしょう」

「え、どうして?」

「その程度の覚悟で王国を支配するなんて出来るはず無いからです。ユウカさんを置いていくことが正しいと思ったなら、簡単に翻すとは思いません。元々サトルさんは頑固な人ですから。私のときだって自分が犠牲になることが正しいと、どれだけ説得しても聞く耳持たずに貫こうとしましたし」

「……そっか、そうだよね」

「加えて『囁き』がその思いをさらに強固にするでしょうから……本気で対抗してくると思いますよ」


 サトル君は思いこんだら頑ななところがある。そのせいで私とサトル君は何度も衝突してきて、それを乗り越えることで絆を深めてきた。


 今回もそれと同じ……いや、それ以上だ。


 『囁き』の影響だけじゃない、今までサトル君は私に魅了スキルをかけてしまったという負い目をいつだってどこか感じていたはずだ。

 しかし、今やその嘘も暴かれた。

 本気でぶつかってくるサトル君はとても厄介になるだろう。


 でもそれが私には嬉しかった。

 障害が大きければ大きいほど、乗り越えた時の報酬も大きくなる……そう思うから。






「といってもサトルさんも今はまだ王国内外の対応に忙しいでしょうし、しばらくは私たちに何かする余裕も無いと思いますけど」

「そっか、その内に準備を進めておきたいね」


 サトル君がどんな手を打ってくるか、想像も付かない。出来ることは早めにやっておかないと。




「ユウカさんが前向きになったようで何よりです。オンカラ商会としても各地で混乱が起きているこの状況では商売上がったりです。何としてでも解決するよう尽力いたします」


 ヘレスさんの言葉にふと疑問が沸く。


「そういえば魔王君臨における各地の混乱って具体的にはどういうことなんですか?」

「まずは単純に王国を乗っ取る勢力の登場による恐怖ですね。王国の武力は誰でも知っていましたから、それを圧倒する力への畏怖が一つ。

 もう一つはサトルさんの出した宣言、宝玉を差し出すように迫ったことによるものです」

「宣言がですか? 王国が手段を選ばないって言っている以上、抵抗するのも難しいですから、みんな普通に差し出して終わりだと思ってましたけど」

「ええ。宝玉の所在が分かっている地域はその通りの対応ですね」

「……あ、そっか。私たちが観光の町で体験したように、宝玉がどこに行ったのか分からない地域もあって……」

「そういう場所では血眼になって宝玉を探す者や、急ぎ避難しようとする者、行政に対してさっさと差し出すように詰めかける者もいて……軽いパニックになっていますね。場所が分かっていても、所有者が首を縦に振らない場所などもあるようです。安全のためとはいえ、宝玉は高価な宝石です。差し出せと言われて、はい分かりました、とは行かないのが人間ですから」

「思ったより大変なことになっているんだ……」


 他者に迷惑をかけることを嫌がるサトル君らしくない手段…………いや、そういう遠慮を取っ払ったのが今のサトル君だ。




「……。……。……。とりあえずこれまでの会議の内容と急ぎ対抗戦力を集めるよう進言するため、私は一度商会に戻ろうと思います」


 ヘレスさんが窓の外を眺めながら言った。


「はい。お願いします」

「本当にありがとうございます!」

「いえいえ、私に出来ることはこれくらいですから。それでは」


 ホミさんと私が礼を言うと、ヘレスさんはお辞儀をして執務室を出て行った。




「オンカラ商会が全面的にバックアップしてくれるのはありがたいですね」

「私たちが渡世とせ宝玉ほうぎょくを順調に集められたのも、最初に商業都市でオンカラ商会とのパイプが出来たおかげです」

「独裁都市としても復興にとても協力的で助かっていますね」


 ホミさんとオンカラ商会を賞賛しあう。




「でも商売上がったりなのにそんな協力してもらって……何か悪い気もするね」

「まあそれこそがオンカラ商会がここまで繁盛した本質なんでしょうけど」

「……?」

「本来なら商会にとって今は絶好の稼ぎ時なんですよ。王国に武器を売って、不安になった周辺諸国にも武器を売って、緊張下で不足した物資を値段を釣り上げて売って……お金を稼ぐだけならこんなにも楽なことはありません」

「そっかオンカラ商会も色々手広く商売しているから……」

「ですがそうやって一時的に儲ける代わりに顧客の不興を買えば、長期的に見るとマイナスになるに決まっています。商売に大事なのは信用。それを分かっているからこそ、この非常時に多くを助けるように活動しているんでしょう」

「私たちに協力するのもその一環ってことか……なるほど」


 オンカラ商会の裏にある打算……とても暖かいものに触れて、私も嬉しくなる。




「とにかく早めにオンカラ商会と連携を取れたのは助かりました。ヘレスさんを会議に呼んでくれてありがとうございます、ユウカさん」

「いえいえ、そんなこと。呼んだのはホミさんでしょう。こちらこそ助かりました」


「何言ってるんですか。ヘレスさんがユウカさんに誘われたって言ってたんですよ」

「そちらこそ間違っています。ホミさんに誘われたって言ってました」


「とにかく私はヘレスさんに声をかけていません」

「こっちこそ声をかけていません」


「………………」

「………………」




「「………………?」」




 二人とも首を傾げる。

 この齟齬は……一体どういうことだろうか?


「何だい、何だい? 結局どっちが正しいんだ?」

「ちなみに言っておくと僕たちも違いますよ。連絡を受けてこの独裁都市に急ぎ向かうので精一杯でしたから」


 ソウタ君の補足。

 誰も声をかけていないとしたら……ヘレスさんはこの会議のことをどこで知ったのか? どうして参加したのか?




 ちょうどそのとき執務室の扉がドンドンとノックされ、答える前に扉が開けられた。


「ヘレス!! ヘレスはここにいるのか!!」


 ドタバタと慌てた様子で入ってきたのは意外な人物。オンカラ商会の長、オンカラ会長だった。商会の本部がある商業都市にいることが多いと聞いていたので、わざわざ独裁都市まで足を運ぶのが意外ということである。


「いつもお世話になっています。それにしても急な訪問ですね」

「ヘレスさんならさっきちょうど出て行って……あれ、タイミング的に鉢合っていると思ったけど」


 ホミさんが立ち上がって一礼する。予定にない来客のようだが、復興の世話になっている恩もあって歓迎して当然だ。

 そして私がヘレスさんのことを伝えると。


「おぉ……良かった、良かった……! ヘレス……生きておったのだな!!」


 オンカラ会長は感極まって涙まで流した。




「……?」


 事態がうまく飲み込めない。涙? 生きていて? でも……。




「ええと、事情を窺ってもいいですか? 思えば先ほどもノックに答える前に扉を開けるほど慌てていて……オンカラ会長らしくない振る舞いでしたが」

「ああ、そうだな。説明すると……事の始まりはヘレスが一週間ほど前から王国支部に視察に行っていたことからだな。四日ほど前から連絡が取れなくなって――王国で内戦が始まったからであろう――私はいてもたってもいられなくて、ヘレスの安否を確認しようと王国には入れないでも、周辺諸国で情報でも集めるためにこの辺りまでやってきて……そしたらヘレスがこの地にいると聞いてすっ飛んできたのだ」


 この独裁都市はわりかし王国から近い位置にある。

 思えばヘレスさんは内戦に巻き込まれたと他人事のように語ったが、実際かなり危険だったということだ。だからこうしてオンカラ会長も心配した。

 なるほど…………と納得しそうになったが、そうなるとまた一つ疑問が浮かび上がる。ホミさんも同じ事を思ったようでそれを指摘する。


「おかしいですね……。ヘレスさんはこの状況をどうにかするためにもオンカラ商会として私たちをバックアップすると言っていたので、既に会長には連絡を付けて話くらいはしているのだろうと思ったんですが」

「どういうことだ? もちろん協力をするのは吝かではないが……ヘレスがそのような大事なことを私に相談せずに決めるとは思えん。あくまで私の秘書であって、商会の長ではないのだからな」


 いくらオンカラ会長がヘレスさんのことを大事に思っていたとしても、そういう公私混同はしないだろう。


「いや、そもそも会長が心配していることを想像して、真っ先に連絡を取るはずだよね」

「そうだな、ヘレスはそこまで気を回せる人だ」


 私の言葉も頷かれて……ますます分からなくなる。




「………………」

 私は思考する。

 ヘレスさんが去ってようやく気付いた違和感の数々。これが意味するものは……ただの勘違いで済ましていいのだろうか?

 いや、そういえばヘレスさんは去る直前窓の外を見ていて…………………………。




「……そっか。そういうことか」

「何か分かったんですか、ユウカさん」

「うん。ホミさんも見ていたと思うけど、ヘレスさん執務室を去る直前、窓の外を見ていたでしょう?」

「そういえばそうでしたね。……って時間的に考えるとヘレスさんが見たのは」

「オンカラ会長がこの神殿にたどり着いたのを見たんだと思う。だからこの場から去った」


 商会に報告をするためという理由は、ここまで連絡していないことを見るに嘘だろう。




「どうして私を見て去ったんだ?」

「それはオンカラ会長と出会えば、嘘が暴かれて自分が商会に連れ戻されることが分かっていたからです」

「……? 当然だろう、ヘレスは商会長である私の秘書だ。連れ戻すも何も、商会は帰ってくる場所だ」

「ええ。ですがそれでは今のヘレスさんは困るんですよ。だって――――」


 私はその可能性を――早速打たれていた手を指摘する。






「それでは命令を遂行出来なくなるじゃないですか」






「なっ……!?」

「それは……」

「なるほどねえ……既に一本取られていたってことかい」


 会議で話していた三人はすぐにその意味を察知する。


 ヘレスさんが王国にいたという時点で怪しむべきだったのだ。

 王国にいる人のことを、そして彼女自身この異世界で二番目に魅了スキルをかけられたという事実を。


「…………」

 どうしよう、今からでも追ってその身柄を確保するべき? いや、ヘレスさんは商業都市で最初居酒屋にいたとき周囲に全く気づかれなかったほどの隠蔽スキルの持ち主だ。

 だからオンカラ会長に見つからずに神殿を出ることが出来た。今さら追ったところで捕らえられないだろう。




「命令とは……まさか王国を支配した者の正体は……。彼がそんなことをするはずがないと、嘘だと思っていたが――」


 オンカラ会長のところまではまだ情報の真偽について、確証高い物が届いていなかったようだ。私はその人の名を呼ぶ。




「はい。王国を支配した魔王、サトル君。ヘレスさんはその手の内にいるんだと思います」




 本気の意味をその身で思い知る。

 想像していたよりも一手も二手も速い。










 二日後、王国。

 王都の中心、かつては王城と呼ばれ、現在は魔王城と呼ばれるその建物。

 最上階に位置する謁見の間にて。




「潜入調査してきたユウカさんたちの動向について報告します」


 休み無く行軍して独裁都市から王都へと帰還したヘレスは、現在の主の前で膝を付く。




「ああ、聞かせてもらおう」


 その主……サトルは座ったまま尊大な態度で先を促した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ