14話 行く末に祝福を
リーレ村に着いた夜、俺たちを歓迎して行われている宴。
そんな中、俺、ユウカ、リオは、村長のタイグスと息子のイール相手に話を始めた。
最初に口を開いたのはユウカだ。
「まずお礼を言わせてください。私たちに渡世の宝玉を譲ってくださり、旅の資金までも工面してもらって……本当にいただいても良かったのでしょうか?」
「ほっほっ、気にするで無い。女神の遣いの使命なのじゃ。宝玉はおぬしらが持っておいた方がいいであろう。宝玉が無くとも、女神像さえ残っておれば信仰の偶像として成り立つ。
資金だって教会への寄付金を取っておいたものじゃ。なら女神の遣いのために使っても文句は無かろう」
懐の深さを見せるタイグス。
今の話は夕方ごろにパーティーが決まり、地図でどこに向かうか決めた後、タイグスが突然言い出したことだった。教会で見つけた渡世の宝玉はそのまま持って行っていいということ。そして教会に集まっている寄付金から、俺たちの旅の資金を援助すると。
渡世の宝玉は代表してユウカが受け取り、旅の資金は出来上がった8つのパーティーで分配することにした。女神教は廃れた宗教でもう寄付金も少ないとタイグスは謙遜したが、それでも分配して尚、およそ二週間は過ごせるだろうという額らしく、先立つものがない俺たちにはありがたかった。
「とはいえ資金援助出来るのもこの一回きりなので、尽きたら自分たちで稼いでもらうしかないですね。……まあ皆さんのステータスからすれば楽に稼げるでしょうが」
少しやさぐれているのは、村長の息子イール。
宴の前に話をしていた俺たちのステータス確認を行ったのだが、どうやら俺たちのステータスはこの異世界基準でもかなり高いらしい。
「伝説の傭兵も持っていると言われる『竜闘士』の職に、その他有用なスキルを多数持っているユウカさん。覚えている呪文数が、学術都市の大魔術師に迫る勢いのリオさん。唯一、職が『冒険家』で親近感も沸いたサトルさんも『魅了』なんて聞いたこともないスキルを持っていて、ここにいる人だけでもすごい人ばかりじゃないですか。あーあ、俺もその内一つでも持ってれば、楽に就職出来たのに」
「全く。おぬしのそういう性根が見抜かれて、採用され無かったんじゃろうな」
「うぐっ……痛いところ突くなよ、親父」
どうやら就職に困っているらしいことは聞いていたが、イールさんは俺たち異世界召喚者が持っているスキルが羨ましいようだ。
ちょうどスキルについての話題に移ったので俺は質問する。
「しかし……やはり魅了スキルというのは、これまで確認されたことがないスキルなんですね?」
「そうじゃな、儂ももう長い間生きておるが聞いたこともない」
魅了スキルがこの世界にありふれていたら、それぞれが欲望の限りを尽くして社会がまともに回らないだろう。だから俺はレアなスキルだと踏んでいたが、どうやら当たっていたようだ。
にしても齢80は過ぎていそうで、過去の話からして色んな体験をしているタイグスさんが知らないと言うのだから、レアどころかこれまでこの世界に魅了スキルの使い手は俺だけしかいないと見るのが正しいのだろう。
となると、どうして俺がそんなスキルを持っているかは気になるところだが……ふむ。
「魅了スキルによってサトルさんは、このリオさんとユウカさんにも好意を抱かれているって話でしたよね。いやー羨ましいです。どんな命令も聞くって事は、あんなことやこんなこともしたんですか?」
イールが実に下世話な話を振ってくる。言動が軽い青年だ。
「してません。ユウカとリオに対しても暴発みたいなもので……俺はこれ以降、この魅了スキルは渡世の宝玉を集めるためにしか使わないつもりです」
「うむ。真面目な青年じゃな。うちのせがれのような者が、強大な力故に身を滅ぼしかねないスキルを持たんで良かったわい」
タイグスが感心するように頷く。
「何だよ、親父。いいじゃねえか夢見るくらい。俺だって魅了スキルがあれば大勢の女がかしずくハーレムを作って……」
「それを聞きつけた欲深い者に殺されかけて、力で従うように言われるオチじゃろうな」
「うえっ、そうか。厄介事も背負いそうだな。なら、噂にならないくらいの規模でハーレムを作って……」
「おぬしがそのように欲望を制御できるわけ無かろう」
「……ぐっ。くそっ、言い返せねえ」
イールがタイグスにぐうの音が出ない正論をぶつけられる。……しかし鋭いな、今の懸念は正に俺を襲ってきたカイのことを言い当てている。
「でも渡世の宝玉を集めるために魅了スキルを使うってどういうこと?」
ユウカが初めて聞いた考えに疑問を呈する。
「ああ、言ってなかったな。渡世の宝玉が人の手にあるって聞いて思いついたんだ。例えばもし女性が渡世の宝玉を持っているなら、俺が魅了スキルをかけて譲るように命令するだけで手に入れることが出来るだろ」
「そ、それは……」
「渡世の宝玉は価値ある宝石だと思われています。正面から譲ってもらうのは大変とは先ほども話してましたが……まさかそのような方法があるとは」
ユウカは絶句し、リオも若干引いている。
「まあ、その反応も分かるさ。つまるところ俺のやろうとしていることは強盗だしな」
「そうだよ!! そんなことやっちゃ駄目だって!!」
「……ですが、そうやって一概に否定する方法でもないと思いますよ。金を積んで譲ってもらえるならやりやすいですが、例えば渡世の宝玉が親の形見になっている人なんていたら、譲ってもらうのは困難です。そういうときはサトルさんの魅了スキルの強引さも必要だと思います」
ユウカとリオ、二人の考え方の違いが如実に現れる。
「まあなるべく犯罪はしないようにするって。普段は円滑にゲットするためのサポートに使うくらいだ。そういう強引な手段は最後にする。これも元の世界に戻るため、ひいては世界を救うためなんだ」
「世界を……うーんいや、でも」
「私はいいと思いますよ」
世界を救うという大義名分に、ユウカも揺れる。リオは賛成のようだ。
と、三人の会話に割り込むタイグスが割り込む。
「これこれ、全く儂の前で堂々と犯罪相談をするでない」
「あ、タイグスさん」
「女神教の教主としては犯罪に手を染めることは賛成出来ぬ」
「でも、親父よう。サトルさんの言うことも一理あると思うぜ。大体元々女神教のものだったんだ。それを取り返すって考えればいいんじゃねえか?」
タイグスは反対するが、イールが援護してくる。
「取り返す……? うーむ……そうか。……そう考えると……悩ましいが…………」
イールの言葉に顎に手を当て考えるタイグス。少しして口を開いた。
「少年も言っていたように、なるべく犯罪にならないように手段を尽くすこと。それでもやむを得ぬ場合は……女神教最後の教主として、そなたの行動を赦そう」
「お墨付きか。ありがたいな」
これで女神の遣いとしての行動の正当性が保証された。
「……分かった。でも、ズルは駄目だからね。私が見逃さないんだから」
タイグスが折れたことで、ユウカも折れる。
「分かってるって。そもそも魅了スキルのことを余り多くの人に知られたくないんだ。目立つような行動は避けるって」
多くの人に知られれば、その中にカイのように俺の魅了スキルを手に入れようとする者が現れるかもしれない。だから、元から目立つような犯罪をするつもりはなかった。
俺はふと気になったことを聞く。
「というわけでそんな感じで集めるとして……でも、やっぱりどうして女神像に渡世の宝玉が使われていたのかは気になるよな」
「……そうですね、どこの教会も同じだったということは、誰か指示したものがいたということです。もしかしたらその方は渡世の宝玉の価値を分かっていたのかもしれません」
「そうじゃな。ワシは宝玉について知らんかったが……その昔、女神教の中枢にいたものなら知っておってもおかしくはない。といっても組織も崩壊して久しいから、知っておった者も亡くなっておるじゃろう。知識を記した書物などが残っておればいいが……」
「そういうのが見つかったらありがたいんだけどな」
この村に来て分かったことも多いとはいえ、未だに渡世の宝玉が何個あって何個集めれば元の世界に戻れるのか、大昔に起きて今また起きようとしている災いとは何なのか、なぜ渡世の宝玉を集めることが世界の危機を救うことになるのか、など疑問は尽きない。
「まあ難しい話はここらへんで良かろう。今宵は宴、そろそろ若人らしく飲んで食べて騒いではどうじゃ?」
話が一段落付いたところで、タイグスが提案する。
「そうですね、お言葉に甘えさせてもらいます。ちょっとみんなに挨拶して回ろうかな」
「私もそれに付き合いましょうか」
ユウカとリオは一礼すると、未だ続いている騒ぎの中心に向かう。
「っと、俺もそろそろ手伝いに戻らないとやばいか。……あーでも若いからってこき使われるんだよなー、嫌だなあ」
イールも実に気が進まない様子でその場を離れる。
残ったのは俺とタイグスだけになった。何となくこの場を離れるタイミングを逃して、どうすればいいか迷っていると、タイグスの方から口を開いた。
「少年、おぬしは少女たちと一緒に行かなくていいのか?」
「あー……二人と違ってみんなと挨拶するような仲でも無いので。明日からしばらく会えないって言ってもそれでという感じで……まあなのでそろそろ空き家に戻って寝ようかと」
「ふむ、これが近頃話題のドライな若者といったやつなのか?」
「あ、こっちの世界でも問題になってるんですね」
この世界に来てから何度も同じようなことを思っている気がする。
「しかし……」
「……?」
こちらを見ながら考え込んでいるタイグス。じゃあこれで、とは言い出しにくい雰囲気だ。
少し経って、タイグスは俺に対する評価を話した。
「先ほどは真面目な少年と言ったが……どうやらそうではないようじゃな。大きな歪みを抱えておるのに、それを表面上は取り繕って過ごしておる。実に危うい状態じゃ」
「っ……!?」
タイグスの言葉に俺は大きな衝撃を受ける。
「良ければ事情を聞いても……」
「どうしてそんなこと話さないといけないんですか?」
感情が制御できず、ありったけの拒絶の意がこもってしまう。
「……それもそうじゃな。いやはや出過ぎたことを言った、忘れてくれ」
気まずそうに頬を掻くタイグス。
俺の事情を表に出したつもりはないが……年の功と教会の神父といった立場から見抜いたってところだろうか? だとすれば流石である。
「いえ……こちらこそすいません」
思わず憤ってしまったことを俺は反省して謝罪する。
「ですが、俺自身でどうにかするつもりなので大丈夫です」
「そうか……やはり余計な言葉だったな。女神教の神父として、そなたの行く末に祝福を願おう」
「ありがとうございます」
一礼して俺は空き家に向かった。




