137話 力
「『竜の咆哮』」
「くっ……!」
ガランが発した衝撃波を空中にて紙一重で避けるユウカ。
その背中にしがみつく俺もすぐ近くを通るゴウッ! という音にヒヤヒヤする。
「こっちもお返しよ……!! 『竜の咆哮』!!」
ユウカが衝撃波を放つが、既に距離を十分に取られていて攻撃が迫る前に余裕を持って避けられる。
「っ……でも、この隙に……」
竜の翼で飛び続けるのもどうやら体力がいるらしい。
一旦、学園の建物の屋上に着地して少しでもユウカは休めようとして……床と近づくにつれ大きくなる自分の影が不自然に蠢いた。
「ユウカ……! こっちに来ている!」
「分かってる!」
「『影の束縛』!!」
ユウカは着地せずに急上昇。こちらの身体を絡め取ろうとする影からどうにか逃げる。
「ちっ……逃したか」
術者、影使いのカイは舌打ちすると、また影に潜んだ。
戦いが始まってすでに十数分。
先ほどから同じような応酬の繰り返しだった。
やつら駐留派、復活派混成チーム四人の役割は明確だった。
まず俺を抱える竜闘士のユウカには同じく竜闘士のガランをメインに当ててきている。
リオはどうやらエミに追い回されているようだ。
魔族レイリは魔法を使ってその両者のサポートをして。
影使いのカイは影に潜みチャンスを伺いながら、遊撃や奇襲でユウカとリオどちらとの戦いにも絡んでくる。
立ち回り方はとても慎重で、まず第一に俺たちの逃走経路を封じ、協力されないようにユウカとリオを分断してきて、絶対に深追いをしてこない。遠巻きに削り続ければいずれは勝てるという算段だろう。
俺たちは学園の上空を広く使いながら、どうにか逃げられないかと試すが上手く行かないところだ。離されているためリオが現状どうなっているかも分からないがあちらも手こずっているだろう。
当然地上の学園は騒ぎとなっていて、戦っている俺たちを何事かと見上げている生徒たちの姿が散見できる。不用意に介入する者も巻き込まれた者もおらず、直接的な被害は出ていないようではあるが。
「『竜の震脚』」
「なっ!? ……ぐっ!」
飛行経路を読まれ上昇するタイミングで上から衝撃波が降ってくる。回避が間に合わずユウカに攻撃がかする。
「ユウカ!!」
「大丈夫……だから!」
ガランは攻撃の手を緩めない。続く追尾エネルギー弾をユウカはどうにか縦横無尽に飛行して回避する。俺はしがみつくだけで精一杯だ。
「………………」
武闘大会でのユウカとガランの力はほとんど同じだった。なのに今回こうも攻防に差が出るのは、ユウカが俺を背中に乗せているからだ。
丸々人一人分の重りを付けているのも同じで、そんなデバフを受ければ差が出て当然。
しかし、敵の目的が俺である以上安全地帯はどこにもなく、こうしてユウカは俺を守りながら戦わないといけない。
「サトル君が気にする必要は無いんだからね」
俺が自己嫌悪するのを感じ取ったのか、ユウカは戦いの手を止めないまま言う。
「大丈夫、私はサトル君から告白の返事を聞くまで絶対に倒れないから」
告白……あんなにドキドキした出来事も今はすごい昔のことのように感じられる。
「それで……もしよければ、私の理想……お互いがお互いを思い合う関係をサトル君と築きたいんだ」
戦場に似合わない願望の吐露に……。
「っ……」
俺は動揺していた。
その理想が俺と完全に一致していたからだ。
こんな偶然あるだろうか?
いや、あるはずがない。
だとしたら……これは運命だ。
果て無き未来を同じ思いを持った二人で歩む……そんな姿を幻視する。
そのためにもこんなところで躓くわけには行かない。
「俺だってこの学園で遊んでたんじゃねえぞ」
そうだ、授業で教わり放課後何度も練習したプロセス。大気中の魔素を集めて、魔力に変換し、魔法として放つ――。
「『火球』」
成功した。
火の玉一つがガランに向けて飛んでいく。
衝撃波や多量のエネルギー弾が飛び交う戦場で何とも貧弱な攻撃だが、これで倒せるなんて当然思ってもいない。だが防御なり回避なりして少しでも隙が出来れば――。
「『竜の息吹』!!」
俺の思いも儚く。
ガランは迫る火球を特に気にも止めずエネルギー弾を放った。
そのため直撃した火球は……特に影響は無さそうだ。竜闘士の魔法耐性が完全に打ち消したのだろう。
「サトル君、しっかり掴まっていて!」
魔法を放つため片手を離していた俺にユウカが忠告する。俺はその言葉に従い掴まったところで、ユウカがエネルギー弾を避けるために飛び回って。
「痛っ!」
今度は一発当たってしまった。
しかしユウカは避けきれないと悟った瞬間に背中ではなく正面から当たるように調整したようで俺は無傷だ。
「………………」
俺はどうしようも無いほどに無力だった。
少しでも戦う力があればユウカの負担を減らせるのに。
現実には全くの役に立たなくて……そんな俺を庇うせいでユウカが傷付いていく。
お互いがお互いを想い合う……愛さえあれば何とでもなると、そんな言葉がまやかしであることは今日日、子供でも知っていることだ。
俺の自惚れでなければユウカは俺のことを思ってくれている。俺だってユウカのことを思っている。
だがそれだけではどうにもならない現実が目の前に存在している。
……俺にユウカの隣にいる資格はあるのだろうか?
俺に力さえあればこんなことにならなかったのに。
大それたことは望まない。
俺の手の届く範囲だけでいいんだ。
ユウカを守るための力が欲しい。
『どうしたの、お兄さん?』
どこからか声が聞こえた。
幼女の、すっかり聞き慣れた声。
「すまん、今忙しいんだ」
この幼女とはこの数日間幾度と無く話してきた。話すことで俺の気が楽になることもあった。
だが、今がそんな場合でないことくらいは分かっている。
『ええー、せっかく繋がったからお兄さんといっぱい話したいのに』
「だからすまんって、また後でいっぱい話してやるから」
『もう、今話したいのに』
声しか聞こえないが、幼女がぶうたれる姿が想像付いた。
そんなことより現状をどう打破するかだ。俺の魔法が全く効かずに絶望仕掛けたが、ユウカが頑張っているのに俺だけ諦めるわけには行かない。
俺に力があれば楽だったが、無いものねだりをしてもしょうがない。どうにか糸口のようなものでもないか思考して――――。
『ねえねえ、お兄さん』
「ああもう、だから何だ!」
『聞き間違いかと思ったけど……お兄さんちょっとおかしなこと言ったよね?』
「…………」
話すことを止めない幼女に俺は無視をしようとして。
『力が無いって言うけど…………お兄さんの中には、私を封印したあのお姉さんの力があるよね?』
「……え?」
到底無視できない言葉が飛び込んできた。
『だってそれを起点にリンク出来たはずだし』
俺の中の力……魅了スキル……女神と一緒の力…………女神が封印したのは………………だとしたらこの声の主は……。
「おまえまさか……っ!」
『私のことはいいから! お兄さん立て込んでるんでしょう?』
幼女の声が聞こえた瞬間、俺の心の中に不思議な感覚が起きて――――。
……アア、ソウダ。
コノコエノショウタイナンテドウデモイイ。
『お兄さんには力がある。なのにどうして使わないの?』
俺の力は人を狂わせるから。
『だから遠慮するの? 他にも同じような懐かしい力を感じるけど……みんな全然遠慮してないよ』
同じ力……そうだ。カイやエミはもちろん、ユウカとリオだって異世界に来て授かった力を存分に使っている。
なのにどうして俺だけ、魅了スキルだけは遠慮しないといけないのか。
……いや、違う。魅了スキルが本領を発揮すれば他とは桁外れの力で――。
『お兄さんの大事な人を守るんでしょ! なら迷っている暇は無いって!』
………………。
………………。
………………。
「アア、ソウダナ」
俺のやるべきことが明確になっていく。
迷うことはない。
ユウカを守る。
これ以上傷つかせない。
そのためならば――――。
ガチャリ、と。
そのときサトルの心のリミッターは外れた。
否、外された。
「サトル君! さっきからどうしたの!!」
ユウカは戦闘しながら、サトルに対して呼びかける。
先ほどから独り言が止まらないサトルに対して、流石に無視できなくなったのだ。
「ユウカ。今から指定するポイントに向かってくれ」
しかし、サトルはその心配に応えず、ユウカに指示する。
その声を聞いて悪寒が走った。
いつもならサトルの声を聞くと安心するはずなのに……どこか違うように感じられたからだ。
「……分かったっ!」
その違和感が気になりながらも、ユウカはサトルの指示に従う。
意図は全く掴めない。それでもサトルの指示を信じる。それがユウカという少女だ。
そうしてやってきたのは図書室から望める中庭の上空だった。
「あの人たち……」
「竜闘士……?」
「もう一方は……」
眼下にこちらを見上げる女子生徒たちの姿がユウカの目に入った。
この時間だと……確か実戦科コースの人たちが模擬戦をしているんだっけ。私たちの戦いに気が付いて手を止めているみたいだけど。
実戦科というだけあって、生徒たちの実力はそれなりにあるはずだ。この数の生徒たちが味方してくれたらこの戦いも五分かそれ以上に戻せるだろうけど……全く関係ない人たちを巻き込むわけにも行かない。あまり近づかないようにしないと。
そう思って。
「ここだ」
背中のサトルの呟きが耳に入った。
ここって……ちょうど女子生徒たちが真下に入ったけど……それが何の……。
「まさか……ねえ、サトル君! 止め――」
その瞬間、サトルの意図を察して制止の声をかけることが出来たのは世界中を探し回ってもユウカだけだっただろう。
急いでその場を離れようとしたが――もう遅かった。
魅了スキルの効果範囲は周囲五メートルしかない。
しかし、光の柱として現れる効果は上空にも……下空にも伸びる。
つまり眼下の女子生徒たちも圏内で。
「魅了スキル、発動」
瞬間、戦いとは無関係の少女たちをピンク色の光が染め上げた。
次が6章最終話の予定です。




