135話 告白
『ずっと……ずっと昔からサトル君のことが好きだったの!!』
好き。
好意を伝えるその言葉はこの異世界に来てから魅了スキルにかかっているユウカの口から何度も聞いたことがあった。
今やその嘘は暴かれたというのに……また聞くことになるとは。
正直に言って、一番最初に浮かんだ感情は困惑だった。
だから。
「すまん、ユウカ。俺ちょっと状況が分かっていなくて……整理させてくれないか」
「うん、いいよ。何だかんだ唐突だったことは自覚しているし」
ユウカは微笑を浮かべながら頷く。先ほどまでの怒気は霧散しているようだ。
「まず……俺のことを好きって、魅了スキルにかかったフリを続けようとしている……わけではないんだよな?」
「もちろん。これはスキルに操られていない私の純粋な気持ち」
「ずっと昔、異世界に来る前から俺のことを好きだったから……だから魅了スキルの『元々対象が術者に特別な好意を持っている場合、このスキルは効力を発揮しない』に触れてかからなかった……ってことだよな?」
「そういうこと」
ユウカは優しく肯定する。
気持ちを打ち明けられて、俺もそこまではすぐに察することは出来た。
ここまではほとんど確認作業で……しかし、その先が本当に分からない。
「でも……俺はユウカと異世界に来てからしか関わってこなかったはずだ。学校にいる間はそれこそ一言もしゃべらなかったはず。
それなのに俺を好きだなんて……おかしいだろ?」
「違うよ」
「え?」
「私とサトル君は一度だけ話したことがあるんだよ」
「……本当か?」
記憶を遡ってみてもまるで覚えがない。
「あれは一年くらい前のことだったかな。あのころの私は誰からも好かれようと必死だった。……いや、誰かから嫌われることに怯えていたんだと思う」
嫌われることに怯える……俺とは真逆で、普通にありふれた思い。
「とにかく八方美人で会う人に合わせて仮面を付け替えて……ついさっきと全く反対の考えを言っていることもよくあることだった。でも当然のことだけど、そんな一貫性の無い人は嫌われやすくて……私何しているんだろうな、って悩んでばかりだった」
今でこそ学級委員長を務めて教室の人気者のユウカだが、昔はそうではなかったらしい。
「そんなときのこと、私はしょぼくれながら教室を歩いていて、ちょうどサトル君の席の前を通りかかった。サトル君は本を読んでいて全くこっちに注意を払っていない様子だった。
私もそのころは……失礼かもしれないけどサトル君のことは全然眼中になかった。……いや、ちょっと違うかな。いつも独りでいるサトル君の姿にこうはなりたくないって思っていた」
ユウカは申し訳なさそうに言うが、別に普通の感情だと思う。孤独が一般的に避けたいことなのは俺にだって分かっている。
「だから特に気にも留めることなく通り過ぎて……後ろからボソッと『そんなに人間関係に苦労して馬鹿みたいだな』って聞こえて。
慌てて振り向くとサトル君はちょうど本に目を落とすところで……直前まで私のことを見ていたことから幻聴じゃないことは分かった」
ユウカが状況を具体的に教えてくれるが……それでも俺には覚えがなかった。
いや、ありすぎたと言うべきだろう。
嫌味や皮肉を本人に聞かれないようにつぶやく……周囲の人間を馬鹿ばかりだと思いこんでた俺はそんな馬鹿なことをよくやっていた。
その内の一つ、ユウカに対してのものが聞こえてしまっていたのだろう。
「最初はそんなこと言われてイラッとした。私の努力も知らない癖に何言ってるんだって。……でもその一方で私の心の中にストンと落ちるものもあって。
そんな言葉を言ったのがどんな人なのか知りたくなって、それからしばらくサトル君のことを目で追っていた。見ている内にサトル君は独りぼっちかもしれないけど、どんなときも自分を貫いて生きていることに気づいた。
どんなに周囲に人がいても、自分の定義が迷子になっている私とは反対で……私もそんな風になれたらいいなって思うようになった。
そうして自分を貫くように生活するようになって……もちろんケンカする事になった人もいた。離れていく人もいたけど、それ以上に私の周囲に人は増えた」
これまでの旅を通じて、俺はユウカによって自分を変えられた。
だが、それよりも前にユウカは俺によって変わっていたようだ。
「今の私があるのは……全部、全部サトル君のおかげ。私に大事なことを教えてくれた……そんなサトル君のことが好きなの」
ユウカの告白が終わる。
「すまん、それだけ聞いてもそのときのことしっかり思い出せねえ」
「いいよ。別にそれはただのきっかけでしかないし。今の私はそれ以外にもたくさんサトル君の好きなところを持っているから」
「…………」
「それより……その、返事は? 私、サトル君に告白したんだけど」
「……ああ、そうだな」
好きだと告白されて返事をする。
迷うべきはYESかNOであるべきだ。
なのに俺は……この期に及んで、ユウカの言葉が本当なのか嘘なのか悩んでしまっている。
人を信じられるようになって俺の中から無くなったのだと思っていたが……告白されて、人の好意を意識したことで再び鎌首をもたげたのは、今や呪縛となった恋愛アンチだ。
ユウカの話が全部もっともらしい作り話で、返事をした瞬間に嘘でしたーって言われて、俺なんかが好かれる訳なくて…………。
「………………」
顔を上げていられない。
だんだんと俯いてしまう。
今度こそ傷を負わないように。
心の自己防衛がユウカの告白を否定していく。
別にユウカのことが嫌いなわけじゃないんだ。想いを打ち明けられた今も、信頼できる人物だという評価に変わりはない。
……このまま聞こえなかったことに出来ないだろうか? たぶんユウカのことだから、俺が無かったことにしたら合わせてくれると思う。
そうだ、どうして告白に答えてシロクロはっきりさせないといけないんだ。
いいじゃねえか、今まで通り同じ目的を共にする仲間ってことで。
現状を維持すれば誰も傷つかないで済む。
「そんなの嫌だ」
それが自分の口から漏れ出た言葉だと気づくのに時間がかかった。
……そうだ、トラウマに飲み込まれていてすっかり忘れていた。
伝説の傭兵によって引き出された俺の後悔、反転して願望。
それは――お互いが心の底から愛し合う関係を作ること。
ユウカとなら俺の理想の関係を作れるはず。
いや、ユウカと作りたい。
だったら傷つくことを恐れて現状維持していちゃ駄目なんだ。
ユウカの気持ちに応えないと。
俺の気持ちを示さないと。
覚悟を決めて俺は顔を上げたところで――。
「サトル君……!!」
突然、ユウカが抱きついてきた。
「何を……!?」
「『竜の翼』!!」
驚く俺に対して、ユウカは竜の翼を生やして俺を抱えたまま飛び上がる。
返事を待つことに我慢できなくなったユウカが行動に移したのかと、一体何をするつもりなのかと。
そんな思考は――。
先ほどまで俺たちの立っていた位置に着弾する衝撃波と地面から突き出した黒い槍を見て真っ白になった。
「………………え?」
あれは……おそらく俺たちを狙った攻撃だろう。ユウカは間一髪で気づいて俺を抱え回避したのだ。
でも、一体誰が……。
「どういうつもりですか?」
少し離れた場所に着地したユウカは臨戦モードに入りながら威嚇する。
その視線の先にいる襲撃者は。
「伝説の傭兵……ガラン……?」
ほんの数時間前に俺の悩みを打ち明けて、真摯に相談に乗ってくれたその人。
……そうだ、さっきの衝撃波は竜闘士のスキルによるものだ。ユウカ以外の竜闘士となるとこの人しかいない。
でも何で俺たちに攻撃を…………いや。
「流石に戸惑っているか。まあ傭兵でも同じ日の内に敵対するのは珍しいことだ、恥じることではない」
ガランはあくまで仕方ないというニュアンスではあるが、依然として臨戦態勢を解く気配はない。
その様子を見て本当に敵なのだと、俺は理解した。
「………………」
元々帰還派と復活派で敵対する関係だ、いつかこうなることは分かっていた……でも、ここまで早いとは。
状況が動いたということだとしたら一体…………ヒントがあるとしたら…………先ほどの攻撃、衝撃波と同時にもう一つの攻撃が…………黒い槍、あれは、あの材質は、見覚えがある。
影で造られた槍だ。
「どうやら気づいたようだね」
ガランの影から人が浮かび上がった。その姿は俺にとって因縁深い相手。
「カイ……っ!!」
「やあやあ、久しぶりだね。武闘大会以来か」
俺たちと袂を分かったクラスメイト、異世界で授かった力で好き勝手することを選んだ駐留派のリーダー、影使いのカイ。
「どうしておまえがここに……!?」
「おいおい、今さらそんな疑問がいるのか? 当然、君の魅了スキルを奪いに来たに決まっているだろう?」
「ちっ……懲りないやつめ」
「それよりもっと気にすることがあると思うけど」
一々気に障る言動のカイだが……確かにそれ以上に気にしないといけないことがあった。
最初の攻撃、影に潜んでいたこと、そして今も隣に立っていること。
どうしてカイとガランが行動を共にしているのか。
駐留派と復活派はどちらも俺たちの敵だが、しかしその両者だって宝玉を奪い集める目的上、敵対関係にあるはずだ。
なのにこの事態は……。
「まさか……おまえ、復活派と手を組んだのか!?」
「ああ、そうさ。全ては目的を達成するためにね」




