134話 男
『ユウカ……おまえ本当は男なんだろ?』
サトル君のその言葉を、ユウカこと私の脳は完全に理解を拒んでいた。
オマエホントウハオトコナンダロ……って、どういう意味だっけ?
「大丈夫、大丈夫。全部分かってるから」
思考停止した私に対して、サトル君は理解者面をしている。
「魅了スキルの効果対象は『魅力的な異性』だ。俺が魅力的だと思う人でも同姓ならかからないのは、観光の町のバーテンダーで明らかになったことだ」
バーテンダー……? あー、そういえばあの女装していた……。
「えっと、つまり私も女装している男だと思われているわけ?」
「その通りなんだろ?」
したり顔のサトル君。
いや私は正真正銘、本物の女性なんだけど……。
「これが男の顔に見えるの?」
自分の顔を指さしながら聞く。
「ああ、中性的な美少年なんだろ?」
好きな人から容姿を褒められているのにちっとも嬉しくない。
どうすればいいのか全く思いつかないでいると、サトル君は解説を始めた。
「本当のところユウカは大富豪の生まれなんだろ? それで家の古めかしいしきたりのせいで男なのに女のフリして生活しないといけなかった。そういう設定の物語は何作品も読んだことがある」
普通の家の生まれなんですが。
というか私詳しくないんだけど、そんな特殊な設定の物語が何作品もあるものなの?
「とはいえ、男が女のフリをしたところでそんなに上手く行くのかという疑問が浮かぶだろう。トイレだったり、体育の着替えの時間だったりで普通ならすぐに状況は破綻するはず。
だが協力者がいればその可能性は減らせる。
そう、リオだけはユウカが男だってことを知っていたんだ。リオのやつユウカの事情を元から知っているって言ってたしな、うんうん」
勝手に協力者にされ話に巻き込まれるリオ。
「リオの家系は代々ユウカの家系に仕えているんだろ? ユウカとリオ、お嬢様と近侍の関係でありながら、妹と姉のような関係で育ってきた二人。リオはユウカの学校生活をサポートするために同じ学校に入学したんだ」
リオが姉なんだ……まあ私が姉って柄じゃないけど。
「……ん? そういえばリオの家は大富豪だって聞いたことあるな。……そうか、誘拐対策に対外的にはリオとユウカの立場を入れ替えているのか。なるほど計算されている」
サトル君の計算が怖い。
「しかし、そんな折りに俺たちは異世界へと召喚されて俺が魅了スキルを暴発させてしまった。男であるユウカには魅了スキルがかからなかったが、そのことを明かしてしまうと今まで男として生活してきたことがクラスメイトにバレて大問題になってしまう」
いや、みんなは普通に私がサトル君に好意を持っているんだ、って考えると思うけど。
「だからユウカは男であることを隠すため、魅了スキルにかかったフリをするしかなかったってことだ」
ドヤ顔で解説を締めくくるサトル君。
全く間違っているのに妙に筋が通っていて自信満々に言い切られると信じてしまいそうになる。
「だからこれからは男同士……ははっ、改めて口にすると恥ずかしいけど、親友としてよろしく頼むな」
サトル君は右手を私に差し出す。
「………………」
サトル君の誤解は私にとって都合の良いことなんだと思う。
これに乗っかれば今までのような生活を続けることが出来る。
魅了スキルにかかっているせいだからとしていたところを、私は男だからと置き換えればいい。男だから仲良くしようよだとか、男だからこれくらいのスキンシップ普通でしょだとか。
もちろんサトル君には嘘を吐いてしまっているけど、それにまた気づかれるまでは同じように過ごすことが出来る。
対して否定したらどうなるか。
当然のことながらどうして魅了スキルがかからなかったのかという疑問が再燃するだろう。
そうしたらサトル君も私が元から好きだったのだと気づくはず。……流石に、うん、きっと。
つまり告白したも同然で……今までの関係では絶対にいられない。
もしOKされれば晴れて恋人同士だ。今までよりも深い関係をサトル君と築けるようになる。
サトル君とは異世界に召喚された当初よりは心が通じ合っていると思う。そう考えるとOKされる可能性は高いと考えたいが……しかしそれが恋愛的なものなのかと聞かれるとよく分からない。
サトル君が持っている感情が親愛だったり、冒険の相棒的なものでしかなかったとしたら致命的だ。告白が断られる上に、サトル君は恋愛にトラウマを患っている。好意を持つ私が得体の知れない何かのように見えてきて距離を取って接するようになるだろう。
そんな賭けに出るくらいなら……ここは安全に……。
『だったら少女も後悔しないように』
「………………」
伝説の傭兵ガランのアドバイスが思い起こされる。
後悔ならこの数日間の内に数え切れないほどしてきた。
どこかでサトル君に本当のことを打ち明けられなかったのか、このまま仲違いしたまま終わるなんて嫌だ、と。
サトル君の手を握れば、いつかまた同じ後悔をすることになるだろう。
いや、それだけじゃない。
男として親友として一緒にいるなら、サトル君が誰かと恋人になったとしても私は文句を言うことも出来ない。
独裁都市の姫様は未遂だったけど、今後もそんなことが起きないとは限らないのだ。
だからといって動けば絶対に後悔しないとも限らない。
告白を断られて気まずくなって……決断した私に後悔するかもしれない。
それでも……同じ後悔はしないで済む。
どっちにしろ後悔するかもしれないなら……より積極的な方に、前向きな方に。
それが私の考え方だ。
だから……私は今の感情に素直になって。
「ねえ、サトル君」
「おう、ユウカ」
「歯を食いしばってくれない?」
「………………え?」
「ふんっ!!」
「痛っ!!?」
サトル君の頭にゲンコツを落とした。
竜闘士の全力で殴ったらヤバいのでかなり手加減して、それでも痛みを感じるくらいには力を入れて。
「ふぅ……スッキリした」
「何するんだよ、ユウカ!?」
サトル君が頭を押さえながらこっちを睨む。目尻にすこし涙が浮かんでいるところを見ると、よっぽど痛かったようだ。
「何したのかって……分からないの?」
「分かんねーよ!? どうして差し出した手の返しにゲンコツを落とされるんだよ!?」
「私、怒ってるんだよ」
「怒るって…………俺に?」
サトル君は自分を指さす。
「当然! だってこんな美少女に対して『本当は男なんだろ』なんて侮辱言われたんだよ!? 酷いと思わない!? 私はどこからどう見ても女に決まっているじゃない! どうして男だって思うのよ! 何が悪いの……胸なの、胸なの!? 男にも間違えられるくらいの胸の大きさだって言いたいの!?」
溜まった鬱憤が爆発して噴き出す。
「え、えっと……でも、だったらどうして魅了スキルは……」
サトル君はすっかり私に怯えながらも気になることを聞いてくる。
ずっと前から夢描いていたものとは全く違った。
一方がキレていて、片方が怯えていて。
女に言わせるのもマイナス。
勢いで口走ったような感じになるだろうこともマイナスだ。
リオが誘導してくれたこの場所、沈みゆく夕日の背景が本当最低限のムードを保ってくれている。
それでも臆病者の私がこの機会を失ったら永遠に口に出来ないだろうことは想像が付いたから。
だから私はその想いを伝える。
「ずっと……ずっと前からサトル君のことが好きだったの!!」




